自由都市エーベ

46話 研鑽せし者。天無辺

 天異界の宙域を船ちゃん3号が動力炉を唸らせながら進んでいた。ココが製作した浮遊型魔動器は本日もすこぶる良好だ。その淡白く発光する船体の甲板で、ペルンは足を組んで苦しそうにうめいていた。

 つんつん、とココが寝ているペルンの頬を突っついている。


「んが!?」


 突然に目を見開くペルンに驚いてココは尻もちをついてしまった。「おー!起きたね」とお尻を手でぱんとはたきながらペルンをまじまじと覗き込む。


「ココ?なんだべよ?」

「んーとね。ペルンちゃんが航行中に居眠りだなんて珍しいって思って。もしかして、どこか調子が悪かったりする?」

「ああ、大丈夫だべ。まあなんつーのか……たまには居眠りも悪くはねえべよ」


 その言葉を聞いても未だ不満げなココを背にして、いつもの彼の場所―――船首に向かう。が、彼は足を止めココに改めて向き直った。


「大丈夫だべ。ココが心配するような体の不調ってのはねえべよ。それよりも、早いところ飯にしたいんだべした~」


 と、おどけた調子で腹をさすった。


「そっかあ。お昼まであとしばらくあるけど、今日は早めのご飯にしようー」


 そう言ってぱたぱたと船の炊事場に向かって駆けて行った。その後ろ姿を見ながらペルンは先ほどの夢を思い出す。

―――ユングフラウ・ニ―ベル。貴方の夢ば見るなんて、何百年振りだべか……。

 ペルンは空を仰ぐ。


 浮島を離れてから2日が過ぎていた。先日のココの重大発表は自由都市エーベに行くこと。そこでノインとペルンの腕を直して、さらに人形体の機能を強化する。そして、なによりも重要なことは『下天』する魔動器を完成させることだ。そのためには、情報と物資が集約する自由都市に行くことが一番だと考えるのも当然だった。なにせ狭間に行くきっかけを与えてくれたのも自由都市エーベの情報であったのだから。

 それに、ノインとペルンの腕を完全に修復することは、ココの家に備え付けられている魔動器設備では力不足だったのも事実。ココは基礎的な部品をあらかた作り終えて、それらを統合させる魔動器を製作するためにも大きな都市にある鍛冶場の装置を使用する必要があった。


 ココは、これらの目的を網羅的に解決するために自分たちの家ごと自由都市エーベに引っ越しするという大胆な案を実行することにしたのだった。

 ペルンは航行中の甲板から天異界の星々を眺める。ペルン達が存在しているのは天異界の最下層。頭上に輝く天異界の強者は階層跳躍により高位の存在となって、天の一角を占めている。

 船首近くの甲板上ではユリが刀の型を咲かせていた。その型はペルンのそれとは異なり大きく円を描くような流れる太刀筋。ペルンは彼女の太刀姿を見るのは何時ぶりぐらいだろうか―――と思っていると、別の声が彼を呼び止める。


「ほう?起きたか。夢でうなされておったぞ。ココを無用に心配させるでない」


 船の船首に立つリヴィアが、ペルンの存在に気付き言葉を投げてきた。ばつが悪そうにペルンはそっぽを向いている。「うむ?」いつもの軽口が聞こえてこない彼の反応を怪訝に思いながらも、リヴィアは船首から甲板に降り立った。

 同じくペルンの姿を目の端に止めていたユリは、彼が完全に覚醒したのを知り刀を鞘に納めた。


「ペルンさん、起きたのですね。どうです?久方ぶりに私と手合わせをしませんか?」


 ユリの少し高揚した声音。浮島を離れたことで彼女の気持ちが高ぶっているようだ。型の稽古をしていたのもその影響だったのだろう。

 ペルンは自分の技をユリに試すのも悪くはないと腰に提げた刀の柄をちょんと叩くことで肯定を示す。リヴィアは両人の邪魔にならぬよう船の縁に移動していく途中で、ちりちりと肌を刺す殺気がリヴィアの髪をざわつかせる。

 既に二人は互いの間合いのせめぎ合いをしていたのだ。「ノインが居れば勉強になったかもしれんの―――」リヴィアのふとした呟きが、両者の初手をひきだした。


 紫電一閃。


 そう形容するのにふさわしいユリの白刃が放たれた。それはペルンの肩口から胴までを切り落とすほどの斬撃。ペルンはそれを上手く鍔迫り合いに持って行く。ペルンがそのせめぎ合う力を起点にして反撃しようとした瞬間に、互いに弾けてユリは間合いを取り直す。


「なかなかの上達ぶりです、ペルン」

「へえ?ユリから褒められるなんて、今日は雪でも降るんじゃねえべか」


 ユリには余裕の表情が伺える。それに対してペルンは攻めあぐねるように軽口を叩き、刀を鞘に納めて抜刀の構えを取った。そして、すべて力をその一刀に込める。


「天無辺・散成かえつ

「天無辺・鴻冓こうご


 ペルンの技は散成かえつ。それは全ての有形を散り散りに分かつ技であり、大悟に至らんとする者のみが終わりなき研鑽の果てに扱える絶技だ。それに対して放たれた剣技も同じく絶技。ユリの技―――鴻冓こうごはペルンの技を相殺するものであり、全てを取り結び圧殺するもの。


 両者の技を見て唸るのはリヴィア。「まさか、ペルンが『無辺』に到達していようとは……天異界最下層の存在でしかない者が、しかも実存強度がたかだか1.000程度が扱える技ではないぞ」と頭を抱える。ユリが無辺を使用できるのは当然であったが、生きし物ではない魔動人形のペルンが六道真慧の技を、しかも無辺を扱えるなどと誰が信じようか?


「おいおい、多少は効いてくれねえと俺の立つ瀬がないべよ」

「ふふ。切れのある良い技です。それでは此方の番ですね。私の本気を受けて頂きましょう!」


 ペルンの顔が引き攣ったような気がした。ユリの雰囲気が、がらりと変わり周囲の空気が凍てついていく。両者の立つ甲板は静寂に包まれ―――


「あー!!甲板で剣技なんて、船ちゃん3号が怪我しちゃうよおおおお!!」

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