34話 天初示・雨刹断

 ノインは森の一角に狙いをつける。その場所が邂逅地点だ。そこに原始術法を叩き込み魔獣たちの混乱を生じさせようと思う。彼は原始術法を使うためにエーテルを手のひらに集めノインは演算処理を開始した。


 原始術法『火粘弾』


 イメージ構成は広範囲を焼尽し、対象にまとわりつき燃やし続ける炎だ。

 魔獣の群れに接敵した。ペルンが刀を鞘から抜き放つと同時にノインは原始術法を放った。


 原始術法によって形成された火粘弾は放物線を描き魔獣の群れに降り注ぐ。

 魔獣たちはその本能から魔術の存在を瞬時に知り、落下点に居ることを避けるように左右に分かれていくが、その火粘弾もその動きに追随するように分裂し、無数の破片となって魔獣たちに降り注いだ。


 その攻撃は魔獣の表皮に付着し持続的なダメージが与えら続けていく。


 混乱が魔獣の群れを支配していくが、リーダー格の咆哮がそれを掻き消す。その一声によって瞬時に引き締められ、群れ全体が見事に統制されていく。その咆哮にノインは微笑んだ。


「僕を呼んでいるのですね。ええ、分かりました。今すぐに参ります」


 ノインは鉄棒を握りしめて全速力でその群れのリーダー格に駆けて行くのだ。

 と、

 ノインに襲い掛かろうとしていた中型魔獣―――鋸牙狼イバラの首が飛んだ。


「俺の畑ば荒らしに行くんでねえ」


 畑の方角―――ココがいる場所に向かって行く一団。その先頭にいた魔獣を切り捨てた。「畑の肥やしさ、してやんべえよ」と、ペルンに狙いを定めた魔獣が飛びかかるための溜めをつくった瞬間に刀を合わせて魔獣の首を悉く切り落としていく。実存強度でペルンよりも強大だった魔獣たちの首は元に戻ることなく、絶命した。


 天ノ則あまつのことわりを無視する光景に、ノインは何が起きたのかすぐに現実を呑み込めない。実存強度で劣っているペルンがなぜ強者である魔獣を手玉に取ることができたのか。エーテル支配度から考えれば実存強度が「0.1000」以上離れていればダメージは現実とならずに無効化されてしまうはずだ。しかし、ペルンの刃は確実に魔獣の首を切り裂き、その命を断っている。


 ペルンがゆらりと体を右に左に傾ける度に魔獣たちの首を刀が削ぎ落としていく。彼の足元に積み重なる魔獣の屍は10頭に届かんばかりだった。


 ノインはその光景を見つめ、そして理解した。


「殺意が砕かれ殺戮されていく命は、こんなにも趣深いのですね」



 リーダー格を守る鋸牙狼達を鉄棒でなぎ倒して、その急所を連樹子で突き刺していく。ノインは大型魔獣の咆哮を見やる。そこにはリーダー格の魔獣を守るように鋸牙狼が陣を成していた。ノインは自らが構える鉄杖に連樹子を這わせる。連樹子を出す左手は表面が少し爛れてきていた。連樹子がノインの体にダメージを与え始めてきているのだ。もちろん、彼が使用している鉄棒も劣化が進んでおり、おそらく今回の戦闘で使い潰すことになるだろう。


 紫刹雷リラ・ブリッツ


 リーダー格の大型魔獣が放った複合魔術Ⅰ式の制御式。その制御式により生み出された紫雷撃がノイン目掛けて突き刺さっていく。ノインは鉄棒を地面に突き立て、連樹子で自身を幾重にも巻きつけ防御の姿勢をとった。なんとか魔術を連樹子に喰わせることで魔獣の雷撃を防ぐ。


 その防御の姿勢をとるノインに対して鋸牙狼が間髪入れずに牙を剥きだしにして襲い掛かっていく。その魔獣たちがノインの眼前に達したとき、彼は間髪入れず原始術法を放った。


 原始術法『紫雷槍』


 それは先ほどの鋸牙狼が放った魔術を真似たもの。ノインは演算処理で原始術法を放つ。それは彼の魔術が魔獣を焼いていく。

 ノインの周りに6頭ほどの屍の山ができていた。


 その屍から結晶石を手刀で取り出して砕き、これまでの戦闘で消費したエーテルを回復する。残る魔獣は大型魔獣だけだ。


「陸鬼が大将とは、恐れ入るべ」


 ペルンが大型魔獣―――陸鬼の眼前にいた。彼は刀を鞘に納めて抜刀の構えを取る。それを見たノインは周囲にいる魔獣に対して原始術法を放つ。


 原始術法『火電津』


 炎の波が陸鬼を除く全ての魔獣を飲み込んでいく。実存強度でノインよりも劣る魔獣たち、その全てが真っ黒に炭化した。

 ペルンもまた剣技を放った。


天初示てんはじ雨刹断あまいず


 強靭な一刀が鋸牙狼の下あごを割り頭蓋を砕く。そのペルンの剣技から放たれる黄炎が魔獣の体の内側までをも焼き尽くしていく。燃えながら陸鬼はそのまま数歩だけ後方に下がった後、尻もちをつくように倒れ動かなくなった。 


 ノインはペルンが倒した陸鬼が完全に動かなくなったことを認めると、魔獣群の屍を見渡した。


「殲滅のようじゃの」


 リヴィアがココを抱いてやって来ていた。ユリも傍らに同行している。

 リヴィアに抱かれているココは未だ深い眠りについていた。ノインたちが戦った戦闘の音さえも彼女の眠りを覚ますことがなかった事実に、彼は胸が押しつぶされてしまう。それほどまでに系譜浸食のダメージは深かく、ココに多大な負担を強いたのだ。彼は自分の仕出かした行為を悔いた。

 そのノインの気持ちを吹き飛ばすかのようなにペルンの大声が掛けられた。


「ほれ!ノイン。黙って突っ立てねえで、エーテル結晶石ば取るんだべよ!んでよ、見でみろや、俺はこんなにいっぺえ集めだべ~」


 ガハハハッとペルンは、両手にエーテル結晶石を抱えてノインに見せつけている。ペルンの結晶石は魔獣から取り出したものだ。ノインは彼の笑い声に呵責が吹き飛ばされるのを感じた。「そうですね、エーテル結晶石を取り出さないと」と返事をしたのだった。


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