2話 狭間の闇。それは出会い


 ずっと同じ風景を見続けている。


 いつからここにいるのだろう―――数百年前から?……いや、数千年前からずっとこの場所に居続けているのかもしれない。


 自分には手もなく足もなく、世界に触れ得る身体も五感も有してはいなかった。ただ、世界に時折淡くゆらめく陽炎を観つめながらずっとこの場所に居続けている。

 世界は連綿と続く輪廻。その輪廻に世界に存する全てのものが生まれ出で、そして死して還る。それがこの世界の法則なのだ。


 自分には記憶がない。しかし、自分に対して絶え間なく命じてくる声がある。本能さえもがその通りに動くのが正しいのだと、囁いていた。


 ―――が、知ったことではない。


 『声』が示す正しき道など取るに足らない、まやかしだ。たとえ自由がなくとも自らが選択したものこそが最善の輝きを放つ。そう突き放していると、今度は『声』が自分に熾烈な痛みを与えてくる。しかし、それさえも無視して再び世界のエネルギーの流れに意識を向けた。



 エネルギー。



 それは世界を流れるエーテルのことを示す。そのエーテルの流れは、大きな波の様であったり、小さく揺れる陽炎のような螺旋だったりと多種多様なカタチを見せてくれていた。

 この世界はエーテルに満ちている。このエーテルが物質となり生命となって、世界にあふれる。そして万物の死と共に再びエーテルに還ってくる。それが世界の在り様だった。



 ただ、今日のエーテルの流れは荒れ狂うかのよう。すべての生命を蝕み、切り刻み、霧散させる大きな渦が生じていたのだ。それは数十年かに一度の頻度で生じるエーテルの大渦。自分はこの大渦を幾度となく見てきている。この大渦は、すべての物質を、生命を破壊し尽くし、エーテルに還元させる蝕みの渦だ。だから、このような場所に一切の生命は近づくことはない。決して近づくことはないはずなのだったが――そのエーテルの大渦のなかを弾むように明るく小さな波が近づいてくるのを感じたのだった。



◇◇◇



 星屑の輝く夜陰のなかをココは大きな頭陀袋を引きずりながら歩いている。


 彼女に背負われている大きな頭陀袋は、砂浜にできたココの小さな足跡を押し消していく。蛇行しながらも続いていく、その砂浜にできた軌跡は暗闇の中で何かを探しているかのようだった。


「ペルーン!!どう?そっちは結晶石落ちてるー?」

「小さいのしか落ちてねーけど。というか、新種の種がねえべよ……」

「まだまだ、始まったばかりだから良く探せば見つかるのです!」


 目当ての物がなくてペルンの意気消沈な姿があった。それでも彼は結晶石を摘まんでは袋に入れている。ココも足元を注意深く見つめてエーテル結晶を拾い上げる。そして念入りに鑑定作業を始めるのだ。


 今日は数十年に一度の「鎮めの日」。この「鎮めの日」には魔物の活動が減退する。だから、ココとペルンはこの狭間の深き場所までやって来ることが出来た。


 この場所は狭間の中でも最果てに位置する「白亜の海岸」と言われている。この地はココが住む天異界と彼方にある現世界との間隙で、多種のエーテル結晶が漂着するところでもあるという。


 ペルンは鑑定を始めているココをそれとなしに見やる。彼女の腰まで伸びたブロンドの髪が背中に背負われている頭陀袋の間から見え隠れしていた。熱心にエーテル結晶を拾い集める姿に目を止め、それからペルンは周囲を観察する。狭間にはより獰猛な魔獣や妖異が闊歩しているはず。だが、やはり鎮めの日にはその姿さえもなく気配も感じられない。空は暗闇に飲み込まれつつあり、星の光さえ届かなくなってきていた。

 ペルンは頭を掻いて、浜辺を見渡した。


「どこまで行っても岩場と砂だらけ。草木一つすらも見当たらねえってことは、種なんかあるはずねえよなあ……」

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