ナナシ 神様の規約本 その12

「これと、あとこれも、似合うんじゃないかな。」

「ミュウ、そんなにたくさん着れない、私。」

要件もできたので、マリアを連れて、当初の予定通り服屋にやってきた。ミュウは嬉々として、マリアに様々な服をあてがっている。まるで、新しい玩具を手に入れた子供のように、着せ替え人形で遊んでいる感じだ。俺は服装に無頓着という程ではないが、やはり女子のファッションセンスはよく分からないというのが本音なので、マリアの事をミュウに任せて、自分の服を見繕っている。

「あの、私は、どうすれば、いい、でしょうか。」

手持ち無沙汰になっているハチが困って話しかけてきた。店内は撮影禁止である。

「お前も一緒にマリアの服を選んでやればいいんじゃないか。」

「その、私、には、マリアの、服を、選ぶ、権利、無いです。」

人見知りか?ハチが、ミュウの楽しんでいる所に割って入れる訳も無いか。しかし、ミュウが新しいものに興味津々で、ハチをそっちのけなのは頂けない。しっかり面倒を見ろよ、と言ってやらなければならない。あれもこれもと服を抱えた、ミュウに話しかける。

「言っておくけど、そんなにたくさんは買えねーからな。」

「そうなの?」

「服屋でも始めるつもりかよ。一つに決めろ。」

「一つだけ?こんなにたくさんあるのに?」

「マリアだって、そんなに大量にもらっても困るだろ。そうだよな?」

マリアに目配せすると、

「ミュウ、一つでいい。それを大切にしたい、私。」

きちんと意図を汲み取ってくれる。思ったより利発な子供なのかもしれない。

「選ぶ、『選ぶ』、ね…。」

ミュウは大きく首を傾げて、過剰に何か悩んでいる。ひとしきり悩んでから、抱えた服の中から一着を引っ張り出した。

「じゃあ、これにしましょう。」

取り出したのは、白地のTシャツで、前面中央に大きく『This is T-shirt!!』とプリントしてある。

「だせー。」

ちなみに、どれを出されても何かしら難癖をつけるつもりだったが、さすがにこれはひどい。さらによく見れば、サイズもマリアには大きすぎる。

「服のセンスも無いな、お前は。」

「そんな事ないでしょう。これ、ほら、よく分かんないけど、なんか分かりやすい。」

よく分からないのはお前の言い分の方だ、というのは放って置いて、本題に入る。

「このままお前に任せたら、ろくな事にならねーのは分かったよ。ハチ、お前もそう思うだろ?」

「ミュウちゃん、が、選んだ、物なら、良い、です。」

「じゃあ、これ、お前が着てみるか?」

「…いいえ、遠慮、します。」

「そもそもこいつ、買い物の仕方さえ知らなそうだからな。手伝ってやってくれないか。」

少なくとも美的感覚はハチの方がましだろう、多分。いつも通り、ハチは困惑して言葉に詰まっている。しかし、ちらちらとしきりにその辺りの服とマリアを見比べている。もしかして、服飾に関心があるのか。期待できるかもしれない。

「どうせなら、マリアもこんな罰ゲームみたいなやつよりは、もう少しマシな格好がしたいだろ。」

「ミュウが選んだ服もカッコいいけれど、私には似合わない、きっと。それに、ハチ、も選んでくれたら、すごく嬉しい、私。」

マリアは、意外と処世術に長けてるのかもしれない。

「…分かり、ました。」

少し考えてハチが渋々と引き受けた。ひとまず、マリアの事を任せてみる。ミュウはと言えば、さっきのTシャツをまだじっと見つめている。…こいつ、自分で着る気かよ。

 ハチは手早く服を見繕うと、マリアと試着室へと向かう。中で何かやり取りをしていたようだったが、盗み聞く訳にもいかない。しばらくして、着替えたマリアがひょっこりと出てくる。色合いは薄い赤を基調に、緑と白を加えた、大人しい牧歌的な服装である。似合ってはいる、と同時に、なるほど、『十二月二十五日』を多少喚起させる。マリアに、ある程度印象に残る姿をさせるのも、お互いに好ましい要素だと考えられるだろう。とりあえず、褒めておく。

「いいんじゃないか。」

「うん、すごく気に入った、私。」

「じゃあ、そいつを買ってだな、そろそろ待ち合わせの時間だ、サンタと合流するか。」

「サンタ?」

「もう一人、連れがいるんだ。そいつの名前だ。」

「いい人?」

「悪いやつじゃないよ。」

正直だし、思いやりもある。人かどうかは別として。その事については、そもそもマリアにも色々と質問するべきなのかもしれないが、刺激したくないし、覚えていないだろう、と高をくくっておく。会計に向かう事にするが、ハチに立ちふさがられる。

「約束、です。ミュウちゃん、に、服を、買って、下さい。」

ハチが忘れる訳も無い。眼差しが真剣で、やはりハチにとっては重要な事らしい。これくらいの事を茶化して、たまにある極限状態になられても困る。

「仕方ねーな。」

俺は『This is T-shirt!!』を手に取った。


 服屋から出ると、少し日も暮れ始めている。はっきりと時間を決めていた訳では無いので、急ぐ必要はないのかもしれないが、俺としては、サンタの事は少し気掛かりで、マリアに会わせてみたいとは思っている。問題はネネコだ。果たして、ネネコとマリアが鉢合わせてもいいのだろうか。俺はマリアの方をちらっと見る。目が合ってしまうと、マリアは少しはにかんで、俺に向かって頭を下げた。

「ありがとう。…お礼を言いたいのに、私、名前も知らない。」

「俺はナナシだ。」

「ありがとう、ナナシ。」

「別に、もともとここには来るつもりだったんだ。暇つぶしで、だけど。俺もいい考えは出してやれなかったしな、その埋め合わせだ。」

「ううん、きっと、見ず知らずの人にこんなに優しくしてもらったの、初めて、だと思う、私。だって、そうでなきゃ、忘れるはずないもの、こんなに嬉しいのに。」

初めて会った時より、だいぶ表情豊かになっている。今が落ち着いた本来の状態なのだろう。

「だから、ナナシ、私が覚えている事、できれば聞いて欲しい。」

「何も覚えていないんじゃなかったのか。」

「…何か、恐ろしい事をしてしまったんじゃないかって言い出せなかった、私。」

少なくとも、それが吹聴して回るような事ではないのは想像がつくし、虚偽は不問にしておこう。マリアは表情を曇らせて、言うまいかと少し逡巡している。が、

「信じられないかもしれないけど、」

と切り出した。

「私、人間ではないのです。」

知ってた。

「私には不思議な力があります。人の記憶を消す事ができるのです。でも、私も誰かの記憶を消した事を覚えていられません。詳しくは思い出せないけれど、多分、その事で誰かに追いかけられてた事だけは、覚えてる。はっきりと覚えている事は、気が付いたら私の腕が、血で真っ赤だった事。誰かに相談したかったけど、誰かに会うと、もしかしたら、同じ事が起こるんじゃないかって、怖い。一人でいれば、誰かを傷つける事なんて、無いから。」

マリアが息を吐く。勇気を、振り絞っている。

「ナナシ、どうすればいい、私。」

やはり関わるべきではなかった。これは、おそらく最後通告だ。ここで拒絶しなければ、彼女の言う『迷惑』は、俺の身に実際に起こりえる。得体のしれない存在には、まっとうな理由をつけて距離を置くのが当然だ、我が身が可愛ければ。俺の答えは決まっている。

「任せろ。俺が何とかしてやるよ。」

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