ナナシ 神様の規約本 その5
次の日、朝からハチが休んでいた二〇五号室に全員が集まる。愚兄が話を仕切ろうとする。
「えー、まずは自己紹介やな。ナナシの兄だけど、何か質問ある?」
俺たちの中で、こう言われて質問をするのは、おそらくミュウしかいない。
「なんで裸だったの?」
「そこからかー。宅配便かと思って、つい、な。」
「あんまりボケない方がいいぞ。真に受けるからな。」
「リラックスできるいうか、その方が色々と都合がええからかなぁ。」
真面目に答えられても困るが。
「なんで地面の下にこんな建物があるの?」
「お、ええ質問や。説明しよう!ワイのカルマ能力『創造主の予定表』について。」
「おい。」
「ええって。この子も『お仲間』なんやろ。なんとなく分かるわ。別に隠す理由も無いし。ワイには、どんなものでも創りだせるという能力がある。けど、もちろん条件はある。材料と時間と動機が必要なんや。そうやな、例えば、犬小屋を創ろうとする。そうしたら、まず材料、木でもプラスチックでもええんやけど、材料だと思える構成する物、設計図とかもあるとええな、そういうものが必要になる。次に時間、これは必ず一週間かかる。日曜日に犬小屋を創り始めたのなら、できるのは来週の日曜日になる。逆に言えば、飛行機を創ろうが、高層ビルを創ろうが、一週間でできる。最後に、これが一番重要なんやけど、動機が必要になる。動機になるもの、犬小屋を創るなら、犬が必要になる。別に屋根や柱にするわけやない。犬がいなければ、犬小屋自体必要ないという理屈や。せやから、犬小屋は、今は創れん訳やな。動機が強ければ強いほど創造の精度も上がる。こんなもんやろか。」
「どんなものでも創れるなら、犬も創ればいいんじゃない?」
「お前、天才か。」
「じゃあ、こうしよう。『犬を創ってはならない。』」
「あ、なにすんねん、ええアイディアやったのに。」
「いいか、こいつに妙な事を吹き込むなよ。狂人なんだから。例えば、この地下の建物、創るために何をしたか、言ってみろよ。」
「住んでたアパートに火を付けた。全焼やったな。防災完備の新しい家、を創る動機が必要やった。今は反省している。」
強力な能力に聞こえるが、動機付けと精度の部分が厄介で、すでにあるものが壊れるくらいしないと、ろくなものができない。要するに、相当に困らないと使えない訳で、困る前になんとかできるなら、そちらの方がいいに決まっている。
「地下に創ったのは、秘密基地っぽいからや。他に住む家がイメージできへんかったから、アパートになってしもた。けど、ここは会心の出来やで。材料が良かったかな。」
「じゃあ、『ダイク』にしましょう。」
「え?なに?」
「あなたの名前。」
「どういう事?」
「好きに呼ばせてやれよ。ダイクさん。」
「…もしかして、この子の付けた徒名で呼び合っとるんか。ええっと、お名前は?」
「私の名前?ナオエ ミュウといいます。呼ぶ時は、ミュウ、でも、ミュウちゃん、でもいいけど。」
そういえば、フルネームを初めて聞いた。昨日、聞いたような気もする固有名詞を、聞かなかった事にしたい。
「ナナシ君、これは一体どういう事なの?」
「偶然だ。」
「ま、まあ、気にしても仕方無いけども。」
どうも厄介者ばかりが集まっているようだ。ハチだけは、そうでないと思いたい。希望的観測である。
「そっちの女の子は?」
「…自己紹介、」
「ハチ、だ。無理に、自己紹介、はしなくてもいい。わがままなお嬢様の世話係、だな。」
「ああ、メイドさん、ね…。」
「面倒だし、その認識でいい。」
「で、そっちの人が、サンタ、と。」
「…サンタ、自分のカルマ能力の事、説明してくれないか?」
「自分の言った事は常に必ず信じてもらえる。(以下、嘘、ツケナイ。質問、コタエル。)」
「おk、把握。」
一通り、自己紹介も終わった。次の問題はこれからどうするか、だろう。ミュウが提案をする。
「トランプとか、オセロ盤とか、ここにはないの?」
「無いなぁ。紙とかあれば、創れるかもしれへんけど。必要なんか?」
「そんなもの創るのに、一週間も使うなって。どうせこいつはただ遊びたいだけだよ。」
「えぇ、飽きてもうたんか。もっと色々質問、受け付けるで。」
「それならバックギャモンか、この際、モノポリーでもいいんだけど。」
「ねーよ。」
「…せや、遊びたいだけなら、ちょうどええのがあるわ。」
ダイク、は少しの間部屋から出ていくと、どこからかノートパソコンを持ってくる。
「これに色んなゲームとか入ってるから、それで遊べばええんちゃうかな。」
「何、これ?」
「なんや、知らんのか。こいつはやな、」
ダイクがパソコンについて、簡単な使い方などを説明する。ミュウは案外すんなりと理解をして、早速ソリティアをしている。放って置こう。
「そんで、ナナシ君、これからどうするつもりや。」
話を再開しようとしたその時、グゥと誰かの腹の音が鳴った。…ハチだ。真っ赤になっている。
「…。」
「ハチ、腹が減ったのか。」
「いえ、あの、」
「ダイク、ここって食べ物はあるのか。」
「そりゃあるけど、さすがに五人分は無いなぁ。ピザでも頼もか。」
こんな所まで届けに来るのかよ、秘密基地じゃないのかよ、というのはスルー。
「…いや、何か適当に買い出ししてくる。当分は世話になりそうな気がするしな。」
「ええんやで。じゃ、とりあえず第一目標は、空腹を満たす事に決定や。」
何一つ重要な事は決まっていない。
俺とハチとサンタの三人で、買い出しに行く。言い出した俺が行くのは当然だが、ミュウが「ハチと二人で行ってきたら」と言い出して、ハチがついてくる事になり、車の運転ができないのでサンタもついてくる。ダイクも一応、運転はできるのだが、出不精なので同行を渋る。ミュウにもう少し詳しくパソコンの事を説明する事にして、二人が留守番である。
登山道を下り、三人で停めてあった車に乗り込む。
「そういえば、行ってこいと言われたハチはともかく、サンタはあいつのそばにいなくてもいいのか。」
「ナナシの方が心配だ、と思う。」
「心配されるのは癪だが、お前と口論はできないしなぁ。…許すぞ。」
「あの、道、案内、します。」
ハチが珍しく話に割って入ってくる。再び引き回されるのは御免といった所だろうか。あんなにぐったりしていても、周辺を駆け回った事を覚えているらしく、ハチの案内で今度はあっさりと市内にまで戻ってきた。ひとまずコインパーキングに車を停める。
「さてと、何か食べたい物は、…サンタ、お前は腹減ってるのか?」
「空腹感はない。甘いものならば食べたい、と思う。」
「そういえば、甘党だったな。」
微妙な所だ。食べる必要があるのか、とは聞かないでおく。果物が食いたいなら、それでいいじゃないか、という事にしておこう。
「ハチは、食べたいものはあるか?」
「パン、と、牛乳、です。」
「パンは監禁されてる間、よく食ったからな。別のものにしないか。」
「えっと、」
ハチが困惑する。もしかして、他の物を食べた事がない、とか。いや、食べた事はあっても、他の物の名前は知らないというのもあり得るか。
「よし、じゃあ、甘いものでも適当に食べ歩いてみるか。」
商業地区まで少し歩いていき、露天でクレープとアイスクリームを買う。アイスをサンタに、クレープをハチに手渡す。
「クレープって、知ってたか。」
「知らない、です。」
「口に合えばいいけどな。」
ハチが恐る恐る一口食べる。
「おいしい、です。」
「そいつは、よかったな。」
そう言ってから、俺ははっきりと今の自分の感情を理解できた。俺はハチの事を、哀れだ、と思っている。自分が最も向けられたくない感情をハチに向けている。自己嫌悪だ。俺には他人を、可哀想だ、なんて思いたくない理由がある。
「ハチ、不満とかあるんだったら、絶対に言えよ。」
「え?」
「いや、違うな。もっと自分に自信がある所を見せて欲しいというか、…俺につまらない気を遣わせるな。」
「…迷惑、ですか。」
「迷惑って程じゃないけど。そうだな、例えば、今、悩みとかないのか。解決できれば、もう少し堂々とできるかもしれないだろ。」
「…私、が、ここに、居ても、いいの、でしょうか。」
想像より闇が深い。そもそも俺もどうかしている。つい口を滑らせてしまったが、そんな事を聞いてどうするつもりだったのか。これこそ自分が最も知らないでいたい事だろうに。他人を哀れまないで済む方法は、自分が一番不幸になるしかないのか。
「ナナシ、あまりハチを唆さない方がいい、と思う。」
黙って聞いていたサンタが、見かねたのか、いきなり口を開いた。
「ハチは自分には理解できない程、よく考えている、と思う。余計に迷っているけれど、いつかハチ自身で納得できる答えを出す、と思う。」
意外だった。サンタが諭すような事を言った事と、ハチを信頼しているような口ぶりに、結構驚いた。二人の関係性こそよく分からない。
「…信じるぞ。」
都合よく信じて、自主性に任せる事。それがひとまずハチを哀れまないで済む方法だった。
もう少し離れた場所に大きな商店街を見つけて、即席食品や、菓子、酔い止めの薬などを買う。手分けして持って、さっさと帰る事にしよう。帰り道、来た道とは違う薄暗い路地を見つける。露店のある通りから迂回してきたから、おそらく近道だ。
「こっちだ。近道しよう。ハチ、方向は合ってるよな。」
「合ってます。」
三人で路地に入る。しばらく行くと、
「消去。」
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