ナナシ 神様の規約本 その1
次の日、昨日食べ損ねた食事をするために、隣の部屋へ。すると、食卓にすでについている男がいた。セイギと呼ばれていた、あの男である。
「よお、昨日は悪かったな。怪我はなかったか。」
俺はまた靴を脱ぐと、顔面めがけて飛び蹴りをかます。当たったが、まるで手応えがない。
「挨拶だ。」
「鍛え方が足りないんじゃないか。」
案内したハチの様子をうかがう。さっきからずっとうつむいていて、どんな表情をしているのか分からない。どうする、部屋に戻るか。
「そう、警戒するな。今日は殺しはなしだ。なんなら、お前のカルマで『殺せない』にしたらどうだ。」
挑発されている、というかこれは実験されている。
「無理だよな、『全く同じ制約』は二度と使えないんだろ。」
ブラフだ。表情に出さないようにする。本当は、全く同じ、でさえない。
「『自分も守らなければならない』から、憎い俺も殺せなくなるしな。」
これは、俺がさっきからいちいち靴を脱いでいるから、確信されている。
「俺もお前と道連れは御免だ。けれど、お前みたいなクソガキがお嬢様の近くにいる事はやはり我慢できない。だから、お前をここから出してやる。」
「え?」
「出たくないのか?」
「勝手に閉じ込めといて、出ていけっていうのはおかしいだろ。」
「どうしてお前はここにいる?」
「お前らが連れてきたんだろうが。」
「なるほど。」
なんか、話が噛み合わない。
「どうして連れてこられたか、お前はどう説明された?」
「結婚しろとか、言ってたけど。」
「結婚?…あの人の考えている事はよく分からないな。」
溜息をついている。同感ではある。
「何も知らないお前に、今の状況を教えてやる。」
「長くなるのか?」
「お前次第だ。」
「なら、聞きたくない。」
「…なめてんのか。」
「どうせお前に都合がいいように話すんだろうが。そんなもの信用できないし、そもそも最初からお前自身が信用できない。」
「確かに、一理ある。しかし、カルマ付きはどうしてこう、人の言う事を聞かないのか。面倒だな。…これから言う事は、俺の独り言だ。そこで何か食べてろ。」
空腹には勝てないので、テーブルにはつく。
「まずはお嬢様の立場からだな。物分かりの悪いガキにも分かりやすく言うなら、俺達の組織の中に、お嬢様に能力を使わせたくない派閥、仮に監禁派と呼ぼうか、と、積極的に能力を使わせたい派閥、こっちは解放派だ、がある。大まかに分ければ、お嬢様をどう扱うかこの二つの派閥で争っている。お嬢様ご自身が、外に出たがらない事もあって、監禁派が優勢ではある。が、少し前に監禁派の代表が一人のクソガキを部屋に入れる事を提案する。リスクの分散だとか説いていたが、どう考えても胡散臭い。しかし、解放派としては、不確定要素に頼らなければいけない程旗色が悪かったし、名前の一つでもつけられれば御の字という事で、結局可決された。俺は反対したんだがな。個人的に調査して、そのガキがカルマ付きではないかという事を突き止めた。その能力の危険性を証明できれば、解放派は味方にできる。そうなれば、少なくとも、お前をこのまま部屋に置いておくことはなくなる。」
「亡き者にして、か。」
「…そのガキにはすでに名前が付けられているから、そんな無茶はできないだろう。」
話に解せない部分があったが、興味も無いので問い質さなかった。俺が何者かに存在を疎まれていて、もしかしたら命まで狙われていているのかもしれないが、規則か何かに守られている事は理解できた。俺が気に食わないのは、『守られている』という一点のみだ。物分かりのいいふりをして、受けて立つ。
「具体的にどうすればいいんだ。」
「この施設には、お前以外にもカルマ付きが幽閉されている。その一人を利用する。詳細は機密を含む。俺は信用してもらう側のリスクと割り切れるが、お前はどうする。」
そんな風に言われてしまっては、それは、
「話してくれ。」
「なるほど、少しお前の扱い方が分かったよ。まずは、ハチの協力が不可欠だ。お前から命令してくれないか。予想だが、お前の言う事なら従うと思っている。」
「どうやって?」
「協力しろ、と言えばいい。」
「…ハチ、協力してくれるのか?」
ハチは顔を上げない。
「…嫌…です。」
「駄目じゃん。」
「ハチ、俺はお前が監禁派と接触したことを知っている。解放派は、知ってるんだよなぁ?」
ハチが身を縮ませる。
「お前の返事は決まっているんじゃないのか?」
「……協力、します。」
「次に、お前にはハチの案内で、」
「いや、今なんか脅しただろ。昨日は蹴とばそうとしたし、そういう所が信用できねーんだよ。」
「…カルマ付きに、良識を問われるとはな。実を言えば、お前の今後の処遇に関する審議がすでに刻一刻を争う段階だ。あまり手段を選んでいられない。これから、この部屋を出て、実験室に向かってもらう。残りの説明は移動しながらしよう。時間が惜しいからな。」
「今から行くのか。」
「ハチに任せれば大丈夫だ。」
ハチはいつからか、小さく例の奇声を呟いている。状況的に、呪いの言葉に思えるそれが終わると、ゆっくりと顔を上げて俺を見つめる。そして何かを決心したように小さく頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます