第77話 三度目

――――三日後、ブラキニア城屋上。


「アル、あの煙はなんだと思う? 炎上した建物の煙じゃないだろ」

「狼煙、だろうな」


 ザハルはブラキニア全土を見渡せる城の屋上に居た。三日も掛けて進行と停止を繰り返していたディスガストは、北のダーカイル城へと進路を変更した後に停止。様子を伺う為に周囲を確認していたザハルは、ウエストブラックより上がる狼煙を確認していた。


「先日、反乱の兆しがあるとの報告が入ったがそいつらだろう」

「混乱に乗じて国を乗っ取ろうってか? おもしれえじゃねえか。どう思う? アル」

「オレはウエストブラックの貧困層の連中じゃないかと踏んでいるが」

「だろうな。困ったもんだぜ、自分らの置かれた立場ってもんを理解してねえ。オレは何の為に戦っているんだか。それに乗っ取った所でその先の考えなんてあるのかよ」

「北のスハンズ王国は、まだ現五黒星ごこくせいが行方不明だという事を知らない筈。仮に反乱が成功したとしても、北から直ぐ攻めて来る事は無いだろう」

「ああ、二代目五黒星か。父が行方知れずになったと同時に消息を絶ったままだったな。ありがたい事だ、名前だけで敵国を威圧する事が出来る。だが、父同様に生死は確認しておく必要があるな」

「さて」


 アルはゆっくりと立ち上がり、ザハルの肩に軽く手を乗せた。


「少し遊んでくるか」

「アル、出過ぎた真似はするなよ」

「問題無い、少しあしらう程度だ」


 アルは重力に身を任せる様に、城外へと飛び降りていった。


「さて、もう少し様子を見るか。恐らくアイツは八基感情ポルティクス……」

「少し前の異様な雰囲気はもしかしてあれかしらぁ?」


 唐突にザハルの後方から艶めかしい声を発する一人の女性。暗がりでハッキリとは確認できないのだが派手な打掛、足元には真っ赤な鼻緒に漆黒の高下駄を覗かせていた。


「何故お前がここにいる」

「そう邪険に扱わないで欲しいものね。アタシが何処に居ようと自由でしょ? アタシは縛られるのが嫌いなのよ」

「質問の意図が分からない訳じゃないだろ」

「あら、お見通しかしら? アタシは先に出しゃばったヘイトちゃんの様子を見に来たのよ」

「ヘイトだと? 何故、上位体ファーストが二人も同じ場所に来る。お前達は互いに干渉しないんじゃないのか」

「ええ、勿論。だけど主の意向に背いてもらっては困るの。念の為よ、ね・ん・の・た・め」

「それにお前ら八基感情ポルティクスはブラキニアにも不干渉の密約を交わしているはず。何故あの怪物は攻撃をしてくる」


 ザハルは背を向けたまま、遠くに鎮座している《嫌悪》のディスガストを見据えていた。


「先日の刻が止まった様な感覚、貴方なら知っているのかと」

「……質問に質問で返すな」

「少なくとも目の前の感情昇華フローした者では無さそうね。まあ良いわ、昔からの誼で伝えておこうと思って」

「何をだ」

鍵の石板キープレートの一つの所在が掴めたそうよ」

「何ッ!?」


 ザハルは慌てて後ろを振り返ったが既に謎の女性の姿は無く、カラリカラリと高下駄の音だけが響く。


「ああん、その反応は快感だわぁ。場所はナインズレッド、確かな情報筋からよ」

「チッ。よりによってあそこか……」

「礼はツケておくわ。見つかると良いわね、ウフフ。アタシは暫く観光でも」

「気味の悪いババアだぜ……」


 高下駄の音は優しく木霊しながら徐々に遠退き消えていった。


 

――――ウエストブラック 反乱軍陣営。



「狼煙は上がった! 黒軍こくぐんは北に向かった怪物に釘付けの筈。一気にセントラルへ侵攻し、ザハルの首を殺るぞ!」


 カエノら反乱軍は一斉に声を上げ、セントラルに向け走り出した。取り残されたリム達は、猛った反乱軍を制止する事が出来ず今後の行動を思案する。


「で、どうする?」

「この反乱、到底成功する様には思えないのだがな」

「だよなー。どんな準備をしているか知らないけど、ちと早計な気がする」

「とりあえずオレ達の目的はザハルだ。このままセントラルへ同行する他無いだろう」


 日は沈み緩やかな風は、蹂躙され燃えた街々を揺らめかせる。そんな中、先頭を走っていた反乱軍の一人が前方の人影に気付く。


「なんだお前! 市民じゃねえな?」

「反乱軍か」

「ああ? だから何だってんだよ! 俺達はこのままブラキニアを制圧する。邪魔するなら容赦しないぜ」

「邪魔……か。そうだな、ブラキニア自体に思い入れは無いが、この国を落とされては少々都合が悪いんでな」

「いくぞ!」

「待てお前ら! そいつはザハルの側近、アルだっ!」


 少し後方に居たカエノはアルの存在に気付き先頭を制止しようとしたが、言うが早くアルによって切り捨てられてしまう。


「もう少しまともな戦力を揃えてから反乱を起こすべきだったな。おい、ここに反乱軍の主導者はいるか」

「くっ……」


 カエノは躊躇った。ここで名乗りを上げれば即座に切り掛かってくる可能性があった。今殺されてしまっては計画に支障を来す事は明白。


「まあいい、どの道ここに居る連中は全て反乱軍なのだろ? 数を減らすに越した事は無いな」

「ま、まずい……」


 右手の長剣を地面に引き摺りながらジリジリと迫ってくるアル。反乱開始と同時に壊滅する事だけは避けたかったカエノは覚悟を決める。


「反乱軍のリーダーはオ――」

「リーダーがオレって言ったらビックリするかー? アル、だっけか?」


 カエノの前に出たのはリムだった。続けて並び立つミル、ドーム。遅れてタータがミルの後ろからにこやかに手を振っている。


「何故お前らがここに!」

「さーてどーしてでしょーか?」

「灰色の……とオルドール、それに放浪娘、何故お前まで一緒にいるんだ」


 ミルの後方から顔を覗かせるタータは不機嫌そうに答えた。


「タータのパンツ見たから嫌い。それにブラキニアよりこっちのお城の方が食べ物美味しかったもん♪」

「パ、パンツぅ!? おのれ! このオレを差し置いてタータのパンツを見るとは!」

「リムっちは裸見たけどね!」

「ええ!? あれは不可抗力であってお前がいきなり脱ぎだしたからだろ!」


 呆れ顔のアルは話を遮る様に剣を構えた。


「お前らの茶番に付き合っている暇は無い。誰でも構わないが反乱軍のリーダーがお前とは少々意外だったよ」

「そりゃどうも。意外性ナンバーワンの美少年になりたくてねっ!」

「そうなの!? リムちん」

「いや、真に受けるなよ」


 リムとミルはいつもそうだ。自分達の世界に入ると中々抜け出さない。例え敵対する人物が目の前に居ようともお構いなしだった。


「ごちゃごちゃと五月蝿い奴らだ。遊ぶつもりで出向いたが気が変わった。おい、白軍はくぐんの犬。三度目の正直と行こうか。お前とはお預けばかりだ」


 ドームに剣を突き立てるアルの左手は、既に溶岩の様に高熱を帯び臨戦態勢だった。


「いいだろう。オレも少しばかり落ち着かなくてな、動きたい気分だった。おい、カエノ。こいつの標的はオレの様だ。先に行け」

「あ、ああ。助かる」


 カエノ達反乱軍はアルを警戒しつつも、迂回しセントラルブラックへと走っていった。


「兄や、大丈夫?」

「……」

「自信無さげじゃねえか! オレも一緒に居てやるよ」


 リムはドームの隣に並び立ち、右腕をぐるぐると廻す。


「ミル、お前の目的はザハルだろ? アイツらと一緒に先に行ったらいいんじゃないか? お兄様はオレが守るぜ」

「おお、頼もしい弟子だ! それじゃ任せたッ☆ タータん一緒に行こ―!」

「うん♪」


 アルの横を素通りしていくミルとタータだったが、アルは気に留める様子も無くゆっくりと剣を構えた。


「行くぞ犬」

「その呼び方を改めてもらわんといかんな」


 リム、ドーム対アル。戦闘開始。

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