第76話 不味い果実

 辺境の村にて少女ノン・クロッカが嫌悪に感情乖離フローし、ウエストブラックを急襲。まるで紙風船が圧力に逆らう事無く潰れる様に、いとも簡単に踏み耕されていくテント。反乱軍を含む住人達は成す術が無かった。蹂躙される自分達の居住地を呆然とただ見つめる。


「チッ! なんなんだアイツは!」

「カエノ! ウエストブラックの駐屯兵がこっちに来るよ!」

「みんな、武器を隠せ! 今見つかると厄介だ!」


 しかし武器の隠蔽は間に合わず、集まって来たウエストブラック駐屯兵に見つかってしまう。


「お前ら! なんだその武器は!」

「い、いや。西の山が騒がしかったもんで。何かが攻めて来ると思ったんだよ」

「そうか。それしてもあの怪物はなんだ!」

「それを調べるのがあんたらの仕事じゃないのか。こっちが聞きたい位だよ」

「んぐ、仕方ない。だがお前達、事態が収拾した後はその武器類は没収する!」

「ああ」


 駐屯兵はよもや反乱を起こされようとは思ってもいないだろう。今はそれどころではない。謎の怪物による唐突な侵攻に遅れをとり、状況を把握する事で手一杯である。

 易々と侵攻されたとなれば、己の身も危うかった。どう報告すれば良いのか、どう言葉を発すれば罰を受けずに済むのか。そんな事ばかりが頭を過っていた。


「先ずは状況の把握を優先しろ! ザハル様は今ブラキニア城の筈、急ぎ一報を入れろ! ノースとサウス、それにイーストの駐屯地にも連絡! 現在ウエストブラックに謎の巨大怪物が侵攻! 抵抗空しくセントラルへ進行している! 行け!」

「ハッ!」


 カエノは指揮を執る兵士を見ながら唇を噛み締めていた。


「こんな奴らに任せておくからだ……おい皆、集まってくれ!」


 カエノの呼び掛けに反乱軍が集まる。


「恐らくあの怪物は黒軍こくぐんの手には負えない。混乱に乗じて旗を上げるぞ。まだ準備が整っていない連中にも伝えてくれ。怪物と黒軍の状況を見つつ、待機場所はそれぞれのリーダーに一任。三日後だ。三日後にここウエストからの狼煙を待て。合図が確認でき次第、直ちに進行を開始。いいか! 一般市民には手を出すな。計画の邪魔になる様なら多少の傷みは伴ってもらうが、決して殺すなよ! だが黒軍兵は容赦するな!」

「おうよ!」

「お前ら! そこで何をしている! 市民の救助を手伝え!」

(チッ! 何が市民だ)



――――帝都セントラルブラック ブラキニア城玉座の間。



「報告ッ!! ザハル様!」

「なんだ騒々しい」


 一人の兵が、ザハルの元へと駆け付け即座に膝を付く。


「し、失礼しました! ですが!」

「いいからなんだ」

「ウエストブラックが得体の知れない巨大怪物の侵攻を受け壊滅状態。現在怪物は速度を緩めたものの、ここセントラルブラックへ向かってきているとの事です!」

「なに? 住人の被害は」

「駐屯部隊はほぼ壊滅状態。現在、ノースとサウスの兵がセントラルに集結中です!」


 気怠く緩んでいたザハルだったが、その顔は一変し今にも衛兵を刺し殺しそうな程に鋭くなっている。


「オレは、住人はどうかと聞いているんだ!!」

「も、申し訳有りません! 街の被害も甚大な為、恐らく相当な死傷者が出ていると思われます」

「……お前、こっちに来い」


 衛兵は息を飲みゆっくり、ゆっくりとザハルの元へと歩みを進める。衛兵は知っていた。ザハルが自身の元へ寄らせる時は、大概何か良くない前兆だった。そう、今までその光景を見て来た者なれば分かる。ただでは済まないのだ。

 玉座に座るザハルは、目の前まで来た兵士をゆっくりと見上げ、鋭い視線で貫く。


「ザハル様……」


 衛兵の額からは脂汗が滲む。直後、ザハルは胸ぐらを掴み上げ、玉座の間に怒号を響く。


「部隊の状況を伝えるのは当たり前だ。だが、国の宝である民の状況を『多分』だと!? ふざけるのも大概にしろ!!」

「も、申し訳ありません!! 直ちに正確な状況を調査させます!」

「てめえが調べて報告すんだよ!!!」

「は、はいいい!! 直ちに!」


 兵士を軽々と投げ飛ばしたザハルは、怒り心頭していた。これが父ガメルの作った今の黒軍なのかと。父の言っていた国の宝とは何なのか。何故兵に擦り込まれていないのか。

 ザハルは近くに直立していた兵士を呼び付ける。


「おいお前……この国の宝はなんだ」

「は、はい! 国民です!」

「その通りだ。民がオレ達を食わせてくれている。だからオレ達が民を守る事ができる。違うかッ!!」

「そ、その通りです、ザハル様!」

「いいか、よーく聞けよ。オレへの報告は戦況と都市、人民の被害を同等にしろ。曖昧な報告は許さねえ」

「承知しました! 直ちに全軍へ伝令致します!」


 急ぎその場を後にする兵士の後ろ姿を確認し、玉座に深く座り込み溜息を付くザハル。


「おい、ザハル。最近まともに食べていないんじゃないのか? 妙にイラついているぞ」

「構わねえよ。一日二日オレの飯が無くなった分、ウエストで食える奴が増える」

「……」


 アルは一旦その場を離れ、少しの後にザハルの元に戻り赤く艶やかな果実を投げ付けた。


「何の真似だ」

「王族が栄養失調で倒れたなんて聞いたら、お前の宝とやらが嘆くぞ」

「……フンッ。余計な」


 ザハルはシャクリと果実に齧り付く。


「クソが……不味いぜ」

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