第74話 感化

――――時は進み 色暦二〇一〇年 ウエストブラック。


「行くぞカエノ!」

「ハハ! いつでも来な、ハル!」


 ハルらに出会ってから五年後。十三歳になったカエノと同じ歳のハルは、剣の稽古に励んでいた。幼いながらにひたすら鍛錬に励む二人はみるみると上達していった。

 幼い彼らはウエストブラックの住人に、反乱軍を結成すると豪語していたが鼻で笑われていた。しかし、彼らが毎日の様に鍛錬に励む姿に心を打たれた人間が一人、また一人と手を挙げて来たのだ。剣術を嗜んだ男や治療の知識がある女。


 みんな心の中では思っていたのだ。自分達の苦境は諦めるしか無いのか、周りの人間は顔色ばかり窺い声を上げようとしない。集団による同調圧力によって誰もがその場凌ぎの相槌を打った。

 だがこうやって体現しようとしている若者がいる。歳を重ねた周囲の住人は恥ずかしい思いだった。自分達にもまだ何かできるか。良くしようと思う事は悪い事では無い。変えられる可能性があるならばもう一度、そうサイロの様な志を持ってもいいのではないか。黒軍こくぐんに頼る事無く、自分達の力でこの国を変える。そう思う様になってきていたのだ。


「うひゃーお前には敵わねーな、ハル」

「オッサン、まだまだだぜ」

「そんな事言ってもよ。お前より上のカエノが居ちゃあ挑んだところで返り討ちだぜ」

「はあ!? オレの方が上だ! カエノはオレの次だバカ野郎!」

「あた、あたた! 叩くな叩くな!」


 気付けばカエノはハルをも凌ぐ剣術を体得し、反乱軍一の技量を持っていた。勿論ハルは納得してはいないのだが、度々行われる模擬試合では八割方カエノに軍配が上がる。


「いい? リユー。そう、深呼吸してゆーっくり想像するのよ」

「こ、こう?」


 リアはリユーに色操士しきそうしとしての才能を見出し、色力しきりょくの発現の特訓をしていた。


「ゆーっくり目を閉じて、暗闇に何かをイメージするの。なんでも良いわよー」

「イメージイメージ……風……」

「そう! じゃあその風をどんどん大きくしてみよっか」

「風、風……」


 リユーの周囲に微風が吹き始めた。次第に強くなり、パタパタとテントの端が風に煽られ始める。


「はいストップ!」

「ハッ」


 風はゆっくりと収まり、リユーの額からは汗が垂れる。


「できた! リア姉ちゃんできたよ!」

「うん! 良い感じ!」


 二人は手を取り。喜び合っていた。


「あっちも順調そうだな。オレ達も負けてられないな、ハル」

「ああ、もう一戦行くか」

「あ、待て。今日は山へディンゴ狩りの日だろ? そろそろ支度しようぜ」

「そうだったな。おいリア! リユー! 支度しろ、山に行くぞ!」

「はいはーい」



――――ウエストブラックから西の山間部。



「アサメ、もう少しよ! 頑張って! あそこに明かりが見える」

「待ってヨルナ……もう、無理」


 二人の少女が息を荒げて必死に走っていた。躓きながら、小枝に頬を切られながら必死に走っていた。



――――――



「ここにも爪を研いだ跡がある。まだ新しいぞ」

「シッ! 何か聞こえる……足音だ!」


 ディンゴの駆ける音がカエノ達に近付いてくる。


「来やがったな食料め! 大人しくやられろってんだ!」

「いくぜ、ハル」


 飛び掛かるディンゴに剣を突き立て、ディンゴの腹部を貫く。ディンゴは集団で行動する筈だが、何故か一体しか襲ってこなかった。カエノ達がそんな疑問を抱くも束の間、側面に潜んでいた数体のディンゴが、後方に居たリアとリユーに襲い掛かる!


「リア!!」


 ハルが決死の思いでリアを庇う。涎まみれのディンゴの牙がハルの右腕に噛みついた。


「んがあああ! クソったれええ!」

「グルルルルル。グアアアアアア!!!」

「ハル! 後ろだ!」

「くっ! マジかよ!」


 もう一体のディンゴも同様にハルに迫る。


「リアに……近付くんじゃねえ!! オルァアア!」

「ハル!」


 倒れ込んだリアに覆い被さる様に、二体のディンゴに両腕を噛まれたままのハルが吠える。


「リアに……近付くんじゃああねぇえええええ!!!!」


 倒れたリアにハルの血が滴り落ちる。ハルの怒号に怯む事無く、腕を食い千切ろうとするディンゴ。ハルは食い込んだ牙の激痛に耐えながらディンゴを振り回した。


「んくそがぁああああああああ!」


 遠心力に耐えきれず飛ばされた一体のディンゴが、そのまま木の枝に串刺しになり絶命する。ディンゴが離れ自由になった右腕で剣を拾い、左腕に噛みつくディンゴを突き刺す。


「はぁ、はぁ、はぁ。大丈夫か、リア」

「バカ! こっちのセリフよ! 待って、今応急処置するから! 五分咲きハーフブルーム!」


 桜が舞い、ハルの両腕に花びらが覆い始める。どういう作用が起きているのか、少しの後に剥がれ落ちた花弁。傷は癒えてはいないものの、既に出血は止まっていた。


「あり……がと……」


 ハルは緊張が解けたのか、そのまま気絶してしまう。


「とりあえず急いで帰ろう。リユー! ディンゴを引き摺ってこれるか?」

「あ、うん」


 帰路を急ぐ一行に再び迫る足音があった。


「た、助けて! アサメが!」

「な、なんだ!?」

「お願い! 野犬に襲われてるの!」


 既に息も絶え絶えに泥だらけの少女がカエノ達の前に現れる。


「チッ! リア! ハルを頼む! 君、一緒について行ってくれないか? アサメとやらの方向を教えてくれ、必ず連れ帰る!」

「わ、分かった!


 カエノは少女の指した方向へ急いで走って行った。

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