第67話 カエノ

――――ホワイティア城より出発して三日目。


 一行は負傷した村人を商人に任せ、早朝よりブラキニアへ向け出発した。陽の差し切らない木々の間を、道ともならない獣道をひたすらに歩いた。先頭をひた歩くドームの背中を見てリムが囁く。


「なあミル。ドーム……寝てないだろ」

「うん、一緒に起きてたよ」

「お前もか!?」

「うるさいぞお前ら。もうブラキニア領内なんだ、目立つ行動は控えろ」


 リムは渋々口を閉じ歩き出したが、暫くして小声ながらも再び口を開く。


「なんかお前らおかしいぞ、どうした昨日から」

「……兄やはね、多分昔を思い出してたんだと思う」

「昔?」


 ミルは口に咥えていた植物の茎を吹き捨て、新しい茎を千切ってはまた口に運ぶ。


「ミル達の村がホワイティアに襲撃された時、ミルと兄やは崩れた家の中に居たの」

「……」

「暗くて、狭くて、寒くて。兄やはずっとミルを抱いて温めてくれてた」

「うん」


 やけに真剣な話にリムは流石にふざける気にはならなかった。


「多分ね、昨日の人とミルを重ねたんじゃないかなって。家に挟まれて気絶して。何日かは分からないけど、ずっと一人で居たんだ。漸く助けてもらえたって夜の暗がりは怖いと思うの。だから近くに居るよ、暗くないよって言いたかったんだと思う。だからミルも兄やと一緒に居た」

「なんか……わりぃ」

「いいって事よ☆」


 一生懸命生きている、真っすぐに生きている。少なくともこの兄妹は。自身らが置かれている苦境、思いを更に増やしたくないのだろう。それは優しさだけなのか、絶望にも近い経験をしてきた彼らは、何故そんな世界に希望をもって生きるのか。二〇〇〇年も変わる事が無いこの世界に彼らは何を求めているのだろうか。富、栄誉、安寧どれも一時に過ぎなかった。そんな世界に彼らは何を探しているのだろうか。リムには見当がつかなかった。


「まだ着かないのかあ? もう足がガクガクだぜ」

「はいリムっち、掴まって♪」


 一番体力の無いリムは既に限界に近い。だが誰も背負って歩ける程の巨躯でも無い。タータは何とか頑張っているリムへ自身の杖を差し出し引っ張り歩こうとした。


「ガメル出そうぜガメル。アイツ身体デカイし背負ってくれるんじゃねえか?」


 その言葉を聞いたミルが立ち止まる。非常に配慮の無い言葉だと、言った後に気付いたリムだったが既に遅かった。


「出せば……」

「あ、いや冗談だって! 悪い悪い。つい、な。どうせ触れる事出来ないんだし」

「リムっち!!」


 タータに思い切り杖で叩かれたリムはもう口を開かない方がいいだろう。故郷の仇、その元凶がリムの身体の中にいる、しかも何もする事が出来ない。オルドールの二人は口には出さなかったが、察するは容易な筈。

 リムは楽観的に安易な発言をしてしまう事もしばしばあった。それはミル達にどう聞こえているのだろうか。仕方の無い事、過ぎた事にいつまでも腹を立てるなと、それとも常にその復讐心を忘れるなと、そう聞こえたのだろうか。


「ミル……わる――」

「いいから行くよリムっち!」


 リムは無理矢理タータに引っ張られ、謝罪の言葉も告げる事ができず先を行く。


「リムっちはちょっとハッキリし過ぎかなって思うよ」

「いや、悪かったよ」

「次言ったらお尻に杖ぶっさすからね♪」

「お、おう……」


 なんとも下品である。未知の領域であるその穴への異物混入は是が非でも避けるべきだろう。


「見えたぞ。あそこは……恐らく帝国の西に位置する貧困層の街、ウエストブラックだろうな」

「ネーミングセンスよ! まんまじゃねえか」

「うるさい、行くぞ」

「へいへい」


 そこにはいくつか倒壊した家屋があった。その他にも家らしき物はあるが、生活する上での必要最低限といった造り。灯された明かりも薄暗く、ゴミの山からは時折崩れ落ちる音。所謂スラム街と言っても過言では無い。


「帝国つっても所詮末端はこんななんだな」

「ウエストは特に酷いと聞く」


 足元の泥まみれなった鉄くずを拾い上げ、微かに読み取れる彫刻を見つめるドーム。


「サイロここに眠る。か」


 それは埋葬されたであろう兵士の折れた剣だった。


「墓荒らしにでもあったか、それもとまともな墓すら無いのか」

「普通こんな場所に兵士の装備品なんかあるか? もしかしたら例の迫害にあった兵士は他にもいるんじゃないのか?」

「一人だけという訳ではあるまい」

「それはサイロのもんだ。返してくれ」

「ッ!?」


 スラム街から一人の若者が歩いてきた。いかにもみすぼらしい姿の青年の目には敵意があった。黄色の髪はバサバサになり、くすんだ色になっている。


「ああ、すまない。偶々拾った物だ。盗ろうなどとは思っていない」


 ドームは折れた剣を青年に渡す。


「お前ら、ここのもんじゃねえな」

「ああ、たった今着いたばかりだ。オレはドーム、ドーム・オルドールだ」

「オルドール……? 聞かねえな」

「こっちは妹のミル、後ろの女が仲間のタータだ」

「んでオレはリム・ウタ」


 リムを見た途端に青年の目の色が変わり、サイロの折れた剣で身構える。


「お前……! おい! 皆来てくれ!」

「どうしたカエノ!」


 カエノと呼ばれた青年の呼び声で辺りの民衆がぞろぞろと集まり始める。


「お前、その角。ブラキニア一族だな……よくもノコノコと!」

「……はい?」


 青年カエノは、有無も言わさず折れた剣でリムに襲い掛かった。

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