第65話 焚かれた火
「それはタータの!! タータのなのッ!」
「わーかったわかった! やるから喚くな!」
何本もの木の串に刺されたディンゴの肉は、焚火に翳され程よい香ばしさを漂わせていた。タータの前に焼かれていた肉を取ったリムは、現在敵意を向けられている。
「一本取られた位でなんだよ、もう」
再び焚火に手を伸ばし、別の肉を取ろうとしたがそれもタータに阻まれてしまう。
「それはミルっちの! リムっち自分の分はもう食べたでしょ!」
「食べてねーよ! 全部お前が持ってってるんだろうが! ほんと食い意地だけは一丁前なんだよ!」
猛スピードで口を動かし、肉を咀嚼するタータの目は戦場にいる兵士そのものだった。一本、また一本と無くなっていく肉にリムは追いつけず、食べた量は未だ一本。対するタータは既に五本を平らげ、両手にも一本ずつ持っている。
「お母さんが言ってた! 食べ物を盗る人は悪い人だって! めっ!」
「……」
「よくお食べになるお嬢さんですな。まだ沢山ありますのでご遠慮無くどうぞ。角の生えたお方、簡単ではありますがモルのスープも御座いますので」
商人は更に肉を持ってきては、焚火に刺していく。簡易の鍋には様々な野菜が煮込まれ、少量ではあるが肉も入っていた。
「モルのスープ!! オレはそれでいいや! おっちゃんありがと!」
――――――
各々が食事を終え、既にタータとミルは寄り添い合って寝ていた。
「まだ寝るのかよアイツら……」
「余裕がある内に寝ておくのも大切だ。そっとしといてやれ」
「お前はいいのか?」
「少し夜風に当たるついでに周囲を見まわってきてから落ち着こうと思っている」
「そうか、強いんだな」
「何がだ」
「んいや、別に」
軽く微笑んだリムを余所目に、ドームはゆっくりと立ち上がり歩き出していった。リムは優しく響く焚火の音を枕に、地面に横になり夜空を見上げる。
(やっぱここってあそこなんだよなあ。でも完全に一致してる訳でも無いし、それにオレがここに飛ばされた理由も分かんねえ。ただ飛ばされるだけなら姿形も変わる必要なんてないし……あれって春の大三角だよなあ)
夜の星々を見つめ、目に入る星座を見ていた。現代の地球となんら変わらない空、星座の位置も変わりは無いだろう。勿論リムは詳しくは無いのだが、星が好きな当人にとっては煌めく星達は非常に魅力的だった。何を語る訳でも無く只々佇み、しかし己はここだと言わんばかりに明滅を繰り返し主張する。周りを邪魔する訳でも無く、ただ明滅を繰り返す。
「星……か。オレも死んだら星にでもなりてえな」
「何を訳の分からない事を言っている」
「ほえ?」
「独り言とは思えない程に聞こえていたぞ」
周囲の見回りを終え戻ってきたドームは、リムの隣に座り焚火に木をくべた。
「いやな、オレが以前いた世界に似てるんだよここは」
「ほお。でその、お前の居た世界はこっちと似て戦争が繰り返されていたのか?」
「……」
リムは自分の居た世界を思い出していた。勿論戦争が無かった訳では無い。だがリムの、夢太の住む国は比較的平和だった。戦争とは無縁で、毎日のリーマン生活に追われ過ごす日々。朝起きて夜まで働き、家に帰ればコンビニで買った弁当を平らげてテレビを見る。そん何の変哲も無い毎日を繰り返していた。
「なあドーム、この世界の未来ってどこにあると思う?」
「そうだな……誰かが
「本当にそう思うか?」
「何が言いたい」
「
「だから何だと言うんだ。今更そんな話をした所で歴史が変わる訳でも無い」
「もう二〇〇〇年以上経っても変わってない現状を見て、ドームはまだ未来が変わると思ってるのか?」
「……」
焚火の音が返事をした様に思えたリムは続ける。
「リリが言ってた。「貴方は秘めている」って。それが何なのかは分かんないんだけどさ、こうやってリーマンの鎖から解かれたオレは何ができるんかなって」
「そのリーマンとやらは分からんがお前の力は確かに異質だ。この世界に何か変わるきっかけを与えるかも知れない。だが、それは昔からだ。転移者は何か特別な力を持っていると言われてきたが、結局何も変わっていない。お前も、そんな変わらない転移者と同じなのかも知れない」
「そうかもな……でもオレはこの世界に来てから誰かの下に付く、そんな呪縛から解き放たれた気がする。自由に生きていけるなら、なんか世界位変えてみようかなって大それた事を思ってみたりしてな。この力があればこの世界で生きていける気がするんだ」
両の手を夜空へと伸ばし星々を掴もうとするリムを見つめ、ドームは鼻で笑う。
「そんな事が出来るならやってみろ。オレだって現状に満足している訳では無い。もしその様な大それた事が出来るのならオレは協力しよう。既に助けられた命だ、お前を主だと思っている訳では無いが恩人として助力はする」
「ああ、その言葉だけで嬉しいよ」
既に夜は更け、役目を終えた焚火は静かに煙を吐き出していた。まるでリムの空想に溜息を付く様に。
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