第56話 本題に入ろうか

――――ホワイティア城 玉座の間。


 ロンベルトとの戦いから数日が経ち、皆の傷も多少は癒えていた。唯一目立った外傷を負っていないのは、エミルとリムのみ。

 エミルは玉座に溺れる様に座っていた。行方の知れない姉の帰りをただただ祈り待つ。いつも玉座の隣に立っていたロンベルトの姿も無い。

 執政としてホワイティアを纏めていた二人が居ない中、突如迫り来る政治の壁。彼女に民を纏める力はあるのだろうか。彼女自身も自問自答を繰り返しながらここ数日を過ごしていた。

 そんな事など気にも留めない様子でリムが、喜々として玉座の間へとやって来た。


「見て見てーエミル! どうこの服! ロンベルトが置き土産をしていってくれたよ!」

「あら、またなんとも言い難い服ですね」

「まともな服が欲しいって言ってさ、ちょーっと注文したんだよね。んふふー、いいだろー」

「かなり目立つけど、それで旅に?」

「ああ、どうせオレはこの世界じゃ目立つ存在なんだろ? ならいっその事思いっきり目立ってやろうかなって思ってね」


 無邪気に笑うリムにエミルは微笑ましい表情で見つめていた。


 暫くは柔道着姿だったリムだが一変してかなり目立った容姿となっていた。

 身体全体に纏うは膝まである漆黒色のロングコート、首元には真っ白なファーが付いており高貴さや威厳を醸し出している。袖口にもファーがあしらわれているが、首元と同じ白色では無く灰色だった。

 ゆったりとしたパンツは羊羹色ようかんいろと言われる暗いグレーの色。

 脛まである革製のロングブーツはこれまた黒く、正面で交差している白い靴紐が目立っている。


 全体が暗めのトーンで統一されており、所々に使われている白がアクセントとなっていた。しかし、装飾の類は一切無かった。

 この世界には似つかわしくない。と言いたい所ではあるが、転移者による現代技術の流入がある以上奇抜なデザインが無い訳ではない。


「ピピピーっとこんな風にしてって言ったら意外と完成度が高かったよ!」

「動物の体毛、白色の物はホワイティア山頂付近に生息するディンゴの亜種ですね。白い体毛は平地にはいませんから。その灰色のは……?」

「知らなーい。灰色の毛ってあるー? って聞いたら付いてきたから何かの生き物だとは思うけどね」

「灰色の体毛を持つ生物はなかなか珍しいですから」


 クルクルと見せびらかす様に回る姿はまるで女の子。髪の毛も長く、美少女とは言い難いが可愛らしい面持ち。しかし、釘を打っておこう。ミル達の前に幾度となく晒しているはれっきとした男である。


「んでさ、話があるんだけどみんなを集める事って出来るかな」

「ええ、此処に来る事くらいは大丈夫でしょう。衛兵さん、みんなを呼んで来て頂けますか?」

「それには及ばん」


 扉に立っていたのはドームだった。ザハルによって破壊された玉座の間の扉、一応は簡易的に修理されている。が、現状は玉座の間と廊下を隔てるには粗末である。


「ミル達もそろそろ来るだろう」

「あら、兄様。早いのね」

「そう呼ばれるのは少し違和感があるな。妹とはいえ一国家の代表であるお前に兄様とは」

「代理ですー! でも事実ですよ、兄様」


 エミルはとても嬉しかった。囚われていたこの国が解放され、記憶が改変されていた為、兄の存在を知らなかったのだ。それが今や生き残った一族の、唯一の家族である。ドームは相変わらずぶっきらぼうな表情ではあるが、内心は相当安堵している。


「兄やー来たよー☆」

「来たよー♪」


 遅れてやってきたのはミルとタータだった。タータはドラドラに弾き飛ばされた程度で、そこまで目立った外傷は無かった。

 しかし、問題はミルである。ロンベルトの色力しきりょくによる光の刃に幾度となく晒され、相当な深手を負っていた筈。だが左脚と右腕のみに包帯が巻かれているのみで、とても重症とは思えないほど回復していた。生物の自然治癒力を高める治癒色操士ちゆしきそうし、如何にこの世界では大切な存在かを体現していた。


「ミル、もう大丈夫なのか!?」

「ヘヘヘ。リムちんが助けてくれたからだよー☆」

「オレは何もしちゃいねーよ」

「いいの☆」


 腕をぶんぶんと振り回し快復を見せつけるミルだったが、右腕に痛みが走ったのか一瞬顔を歪ませた。


「ミルっち! まだ早いから! もう少し大人しくしないと」

「タータん、ありがと☆」

「ノル様、ご自愛下さい」


 更に後からやって来たダンガは全身包帯に包まれ、松葉杖に身体を任せて歩く姿はなんとも痛々しい。ダンガもミルも重症には変わりのない筈だが、何故かダンガの治りが遅い。左腕を切断されているとはいえ、ここまでの違いには理由があった。


 治癒色操士による治療は、基本的に治癒を目的とする色力を対象に流す事。言わば生命力を分け与えているのだ。しかし、単純に治癒する側の生命を削る訳では無く、色力を生命力へと変換させる事に長けた人間が治癒色操士となる。治癒する側も余程でない限り、命を危険に晒す訳では無いのだ。

 生命力へと変換された色力は対象へと流れ込み、その対象が色力に呼応する形で生命力を増幅し自然治癒力を高めている。

 しかし、ダンガは己の力として色力に目覚めていない。簡単な理屈である。色力が低いが故に生命力に呼応する色力が少なく、自然治癒力が色操士に比べ低い。一般人となんら変わらないのだ。


「腕、無くなっちゃったね!」

「ミル! やめなさ――」

「でも、ありがとうね。エミル姉ちゃんを助けてくれた事☆」


 エミルはリムに言われた事を思い出した。守るべき役目の人の気持ちとは。


「勿体無いお言葉ですノル様。私の腕如きで一国を救う力の足しになったのならば本望」

「その名前はやめてって言ったでしょ!」

「すみません」


 満足気なリムと目が合ったエミルは、目を瞑りゆっくりと静かに深呼吸した。


「ダンガ、私からもお礼を言わせて下さい。私を助けて頂いた事、ひいてはこの国を救う一端を担ったのです。深謝します」


 その言葉を聞いたダンガは、深々とエミルに頭を下げる。身体の傷みなど吹き飛ぶ思いだった。


「さて! 当事者達も揃った事だし、本題に入りたいんだけどいいかな?」


 改めて話を切り出すリムは少々気怠そうである。ゆっくりと右手を前に出し、淡い光の玉を形成する。


「まずは挨拶してもらえるかな。お、ね、え、さ、ま」

「雑な紹介です事」

「ッッッ!!?」


 そこに現れたのは、現白王はくおうであるリリ・ホワイティアだった。

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