第46話 本の眠る場所

――――ホワイティア城 地下牢へと続く階段。


リム達と分かれたミルは囚われたエミルを探す為、地下牢へ降りていた。以前リムが囚われていた地下牢である。


「エミルー! エミル姉ちゃーん!」


 明かりの無い階段をゆっくりと降りていく。相変わらず冷え切っており、陰湿な雰囲気である。


「ミル!? 私はここよー!」


 階段を下りてくるミルの声を聞き、牢の中から声を張った。


「エ、エミル様! お静かに願います! ロンベルト様より厳重にと命を受けておりますので!」

「なんでロンベルトなのよ! 私を捕まえる理由が分からないわ!」


 徐々に近付いてくるミルの足音に、牢の番をしていた衛兵が剣を抜き構える。階段を下り切ったミルの目に入って来たのは、鉄格子に掴まり衛兵に訴えかけているエミルの姿と、剣を手に取り構える動作に入っていた衛兵だった。


 ミルは一瞬にして顔つきが変わり、姿を。コンマ数秒である。衛兵の腕は宙を舞い、後方に回り込んだミルは、衛兵の喉元に短剣を突き付けていた。

 ミルの目にはエミルに対し切り掛かろうとしていた様にしか映らず、間髪入れずに飛び込んだのだ。


「動かないで。誰の命令?」


 ミルも酷である。剣が握られた手は腕ごと切り落とされ、尚且つ首をも跳ねようと脅しているのだ。苦痛に顔が歪んだ衛兵は、反抗などできる筈もない。


「う……命だけは。ロ、ロンベルト様です。ここにいらっしゃるエミル様をお守りする様にと」

「守る? エミル姉ちゃんを殺そうとしているのは君達だよね?」

「な、何を仰いますミル様。野蛮なディンゴや黒軍こくぐんを殺しはするも、エミル様を手にかけるなんて恐れ多いです……っ!」


 そう、一般の衛兵は何も知らないのだ。ホワイティアの野望は、全てロンベルトとシラルド二人によるもの。今のホワイティアは全てロンベルトに踊らされているのである。

 ミルは反抗の意思が無いと分かると衛兵の拘束を解いた。深手を負った衛兵はグッと右肩を抑え壁へとへたり込む。

 ミルは牢にかけられた南京錠の鍵を差し出すようにと衛兵を促した。


「ミル? 今お姉ちゃんと……?」

「ん? そんだよ☆ ミルの大切な姉ちゃん☆」


 エミルも同様に記憶が改変されてしまっている為、ミルの言葉が全く理解できずにいた。

 ミルは錠を外し、エミルを救出する。白星はくせいの泉で白星オルディアから聞いた事、オルドール家崩壊から今までの事をエミルに伝えた。


「そ、そんな!? ロンベルトがそんな事を!?」

「うんー、正直信じられない事も多いんだけど、ミル達の先祖だっていう白星様が言うんだもん☆」

「オル……ディア様ですか。でも言われてみれば私達、似ているかも知れませんね! 瞳の色も同じだし」

「でしょ? だから姉ちゃんを助けに来たんだよ☆」


 エミルの手を引き牢を後にしようとするミル。しかし、エミルは負傷した衛兵をそのままにできる筈も無かった。履いている白のロングスカートを無造作に引き千切り、衛兵の傷口をしっかりと塞ぐように強く宛がう。


「うっ! エミル様。申し訳御座いません。私共はロンベルト様、いやロンベルトに……」

「いいの、喋らないで! ミルと対面して命があるだけでも幸運に思いなさい」


 代理と言えど、現ホワイティアの当主となっているエミルは、冷静に優しく衛兵に声を掛ける。


「ごめんね☆ こんな非常時に剣を抜くのが悪いんだよ☆」

「は、はひぃ」


 頭の後ろに両手を回し満面の笑みを浮かべるミルだが、このスイッチの切り替わりが怖いのだろう。


「姉ちゃん行くよ! 上で兄や達が待ってる☆」

「ええ、そうね。貴方はここでじっとしていなさい。後で救護を寄越します」


 応急手当を終え、エミルは衛兵の身体をゆっくりとさすった。


――――エミル、難無く救出成功。




 時を同じくして、場所は一階巨大図書室。


「おい! おっちゃん! 図書室のおっちゃん! どこだ!」


 既に図書室内へと侵入していたリムとタータだったが、シラルドの姿は見当たらない。妙に静まり返った図書室には、明り取りの窓から陽が差し込み、埃がゆっくりと舞っている。時刻は夕刻前。既に一日の半分以上は経っているのだが、図書室の本達は未だに眠っていた。誰に起こされる訳でも無く、ただひたすらに眠りについている彼らは、己の意思では起きない。


「しっかし、さっきから身体の調子が悪いんだよなぁ」

「リムっちどうしたの?」

「いやね? 何故か色力しきりょくが使えないんだよな。なんだろう、この城に入ってからなんだよなあ」


 リムは両の掌を開けては閉じ、を繰り返している。


「ホッホッホ。何をされているのですかな?」


 気付けば図書室の入口には、多数の衛兵を従えたシラルドの姿があった。


「おお! 探したよおっちゃん! エミルはどこだ?」

「エミル様ですか? はて、存じ上げませんなあ」


 シラルドは片眉を吊り上げ、白々しい顔をする。


「ま、そう言うと思ったんだけどね! とりあえず吐いてもらおうかな!」

「ええ、分かりました。エミル様は地下牢におられます」

「え? 呆気無いな」


 思いもよらない即答に思わずズッコケてしまいそうになるリム。


「勿論、簡単には通しませんがね。行きなさい、衛兵達!」

「だろうね」


 次々と衛兵達が剣を抜き、声を荒げてリムとタータへと切り掛かって行く。


 ホワイティア城大図書室、リム、タータ対シラルド。シラルドの掛け声によって始まる……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る