第32話 下山の準備

――――ホワイティア城 巨大図書室。


「おーい、爺さんやー!」


 リム達は白星はくせいの泉への地図を得る為、図書室の司書である老人を訪ねていた。普段から人が立ち寄る事が無い白星の泉は、地図にのみ記録として残っている。一般人が訪れた所で意味の無いただの泉、憩いの場としては少々不気味なのだ。


「はいはい、なんでしょう。ミル様も御一緒でしたか」

「ミル様……? あ、えっと白星の泉までの道のりを記した物ってあるかな。近辺の地図でもいいんだけど」

(コイツ、周りから怖がられてるのかな。衛兵といい、この爺さんといい。あのキレた感じは凄みがあったけど、ただのガキだしなぁ)


 リムは所々でミルに対する周りの反応が気になっていた。確かに霧の悪魔ミスティデビルと恐れられ、兄妹揃ってホワイティア随一の腕となれば畏怖もされるであろう。しかし、リムには何か。そう、何か別の違和感があった。


「白星の泉で御座いますか。少々お待ち頂けますかな」

「ありがとう、助かるよ。おいお前ら! 静かにしてろよ!」

「はーい☆」


 ミルとタータへ遊ばぬ様に釘を打ち、立ち並ぶ本棚を物色し始めた。


「他にも仕入れたい情報が山ほどあるんだけど、何かと忙しかったからなあ。今の内に少しでもこの世界の情報を仕入れとこ」


 手に取ったのは「虹の聖石」と書かれた書物。


「ふむふむ、赤緑青。三原神さんげんしん……か。三原色ってやっぱり基本的な物だよなぁ。この世界の礎を築いたとなれば、神と呼ばれても不思議じゃないか」


 三原神の誕生からこの書物が書かれるまでの歴史を見た。緑王りょくおうの暴走、青王せいおうの布告。虹の聖石レインボーウィルを求めた各色勢しょくせいの争い。


「なかなかに荒れてるんだな」


 その隣にあったのは「鍵の石板」と書かれた書物。


「鍵? 石板? これはなんだろう」

「いやはや、リム様もこの世界に興味がおありですか」


 書物に手を伸ばした時、司書が地図を抱えて戻ってきた。黄土色に変色した地図はとても古く、端が所々破れ、湿気の所為か若干萎びてもいた。


「お恥ずかしい限りで御座いますが、この様な物しか無く」

「いやいいんだ、助かるよ」


 リムを司書机へと促し地図を広げる。


「ここが現在地のホワイティア城。白星の泉はここより北西の位置、この辺りとなります」


 地図に描かれているのは簡易的な城や山、森や川等。司書は会話をしながら指で都度その場所を指していく。


「城は山頂にあります故、西へ下山する事になります。麓にはパインリーという村がありますので、そちらで再度手荷物の準備をして頂く事が望ましいかと」

「でもドーム達がいるからあの巨鳥に乗っていけば一瞬じゃないかな」

「いいえ、そうはいきません。白星の泉は魔物が寄り付かないのです。巨鳥も所詮は魔物で御座います。近辺の飛行は拒むでしょう」

「ほーん」

「麓の村からは徒歩で移動する事になりますのでお気を付けて」

「分かった! あ、この地図借りてもいいかな?」

「ええ、構いません」

「ありがとう!」


 老人の司書は会釈をし、ニコリと微笑んだ。


 パタパタパタパタ……。

 リムは聞き覚えのある音に頬をヒク付かせた。察した通りである。


「おーまーえーらー!! 遊ぶなって言っただろうが!」

「うるさくしてないもん! 今うるさいのは叫んでるリムちんだもん!」

「屁理屈を言うなー!」


 綺麗に並べられた本達がリズミカルに音を奏でていた。


「ほんと……もう。すみません」


 リムは司書へ深々と頭を下げ、ミルとタータを図書室から引き摺り出した。


「ほら行くぞ、ドームが待ってるだろ」

「へーい」


 静かに遊んでいたミルとタータは怒られた事が不満だった。しかし当初の目的、白星の泉への遠出の為、渋々諦める。


「地図は手に入ったのか」

「とりあえずね。爺さんに聞いた話だと、白星の泉の周辺は魔物が嫌うんだってさ。だからイーグも飛ばないだろうって」


 ある程度の準備を済ませていたドームが図書室の入口で待っていた。


「ああ、イーグも魔物だからな。恐らくオレの頼みも聞いてくれないだろう」

「とりあえず麓にパインリーって村があるんでしょ? そこまでなら飛んでもらえるよね?」

「ああ、問題無いだろう。とりあえず行くのなら早い内に下りて準備を進めるぞ。飛べばそこまで時間は掛からないがそこからは徒歩になる。準備も含めてパインリーで一泊しよう」

「ほいほい」


 リム達四人は城門へ向かう為、城内を歩き始めた。


「アタシいっちばーん☆ ひょーい」

「あ、ミルっち待ってー! タータもいっちばーん♪」


 相変わらずのミルは、埃を立てて城内を走っていった。後に続きタータも二つの小玉スイカを揺らしながら駆けていく。


「はあ、なんだか先が思いやられるよ」

「そう言うな。アイツなりに気を紛らわしているんだ」

「ああ、分かってるよ……」


 リムからすればミルの後ろ姿は、まだ心の傷が癒えず必至で逃げている様にも見えた。




――――ホワイティア城 ロンベルト居室。



 ロンベルトの居室は簡易のベッドと木製の机のみ。仮眠室の様に質素で生活感がまるで無かった。明り取りの窓が一枚あるのみで照明は置いていない。

 そこへ図書室の司書が訪れていた。


「ロンベルト様、彼らが泉へと向かう様です」

「やはり目を付けたか」

「はい、どうも黒法師くろほうしが絡んでいる様ですぞ」

「……」


 窓の外を見つめていたロンベルトは、眉間に皺を寄せ険しい顔をしていた。目を瞑り俯き、深く考える後ろ姿は重苦しい雰囲気である。


「いかがいたしましょう」

「黒法師は放っておけ。シラルド、とりあえずお前は今まで通りで良い」

「はい」


 シラルドと呼ばれた司書は会釈をし、ロンベルトの居室を後にする。


「不味いな……」


 ロンベルトは右手を出し、手の平に現れた小さな光をぼんやりと見つめていた。

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