第13話 追いかける者
精霊は自然への
とある龍の子が趣味でまとめた記録には水の精霊の根源は海だと記されていた。そこから雨となり、川となり、湖や池となり世界に分かれて存在している。もともとがひとつの存在だったためか水の精霊は各々の意識が繋がっていた。
遠く離れた地の出来事も他の種類の精霊は答えることができないのに対して、水の精霊は個体差はあれど皆答えることができた。
花彩池に住む精霊は水の眷属。彼が「西市に迎え」というからにはそこに解決の糸口があるのは確定している。
だから玉鈴は蒼鳴宮に戻り、すぐに義遜に外出届を提出した。妃として行くのではなく、宦官での城下の視察という体なのですぐに許可がでた。
市内での護衛は
久しぶりに家族と会うことができて玉鈴が少し浮き足立ちながら紅焔城と泰清路を隔てる
「なぜ、ここに?」
玉鈴は腕を組み、目の前で怒り心頭に発する少年を見下ろした。
場所は貴陽門前。今まさに市内に出ようとした時、遠くから「柳貴妃!!」と名を叫ぶ明鳳が走り寄ってきた。宦官姿なのでその名を呼んで欲しくなくて玉鈴は淼の腕を引き、無視して門をくぐろうとしたが「そこの目に包帯を巻いた宦官!」と細部まで指摘されたので嫌々立ち止まる。
明鳳は全心全力で走ってきたのだろう。玉鈴の元に着いた時には肩で大きく息をしていた。心なしか顔色も悪い。
「な、なんで、……俺を、置いていく……」
息も絶え絶えに文句を言う明鳳はいつもの亜王としての真紅の
その格好を見るからに明鳳もついてくる気満々なようだ。玉鈴は嫌そうに顔を歪めた。
「僕らが西市に行くのは仕事だからです。そこにどんな危険があるかは分からないので貴方を連れて行くことはできません」
「……い、嫌だ!」
「お仕事はどうしたんですか? 遊ぶ暇はないのでは?」
「やっぱりお前だったのか! 丞相が押し付けてきた書類が異様に多かったから不思議に思ったのだ」
「声を抑えてください。周囲に聞かれます」
玉鈴は声をひそめて囁いた。
「誰から聞いたのですか?」
「才の娘だ」
聞いたというよりも脅したのだろう。翠嵐は未だ明鳳を恐れているのでもしかしたら今頃泣いているのかもしれない。慰めになるかは怪しいが何かお土産を買って帰ろうと玉鈴は心に誓った。
「亜王様もご一緒するというのなら義遜様に届けを出しにいきましょうか」
行く気満々な様子に、強く言い聞かせても無駄だと悟った玉鈴は
「いや、それは駄目だ。そんなことをしたら連れ戻される」
「貴方はこの国の王です。御身に何かあれば高舜様が悲しみます」
父の名を出され明鳳は押し黙る。
「僕から義遜様に話しておくので一旦、戻りましょう」
「ね?」と優しく問い掛ければ明鳳は唇を尖らせたまま頷いた。
義遜は今頃、
どの過去が一番、義遜の心を
義遜の姿を視野にいれるやいな、明鳳は素早く玉鈴の背に隠れる。危機察知能力が高いな、と玉鈴はある種の感動を覚えた。
「先程言った言葉、忘れていないな!」
「覚えていますよ」
玉鈴はできる限り文官達から明鳳の顔が見えないようにいつも以上に腕を広げながら拱手をした。明鳳が身に纏うのはいつもの装いとは正反対の質素な衣服だが近くに来られると亜王だとバレる可能性がある。
「なんの騒ぎですか?」
義遜は玉鈴の前にくると短い言葉を投げかけた。視線は玉鈴と捉えた後、その背に隠れる明鳳に注がれる。
「申し訳ございません。騒ぎすぎました」
「ええ、私が呼ばれるぐらいには騒いでいましたね。三人でお出かけですか?」
「柳貴妃様の命で西市に買い出しです」
「そうですか。お気を付けなさい」
「御意に」
玉鈴が頷けば義遜は文官達を引き連れ、去っていった。
三人の姿が遠くなり、会話も聞こえない距離になると明鳳はすぐさま玉鈴の背後から飛び出した。
「おい、丞相に説明するのではないのか?」
「義遜様は知っているようでしたよ」
「あれでか? 護衛を増やせとでも言うのかと思ったが何も言われなかったな」
「義遜様は淼を信用していますから」
「淼?」
「尭の弟で、豹嘉の兄です。会うのは初めてでしたね」
玉鈴が手招きすると淼は気まずそうに近寄ってきた。
背丈も似ていたので尭だと思っていた明鳳はまったく知らない相手であったことに驚いた。顎に手を当て、不躾な視線で観察すると「似ていないのだな」と呟く。
「あいつはそんな柔らかく笑わない。顔は似ているが雰囲気もまったく違うな。お前達は双子か?」
歳下であれ亜王から声をかけられて淼は言いづらそうに視線を彷徨わせる。玉鈴に視線で助けを求めるが「大丈夫」と頷かれたので意を決して、唇を開いた。
「お初にお目にかかります。鹿丞相の補佐をしております。淼と申します。亜王様の
「双子か」
明鳳は鼻を鳴らす。じろじろと観察していたがすぐに興味は失せたらしく、貴陽門を指差した。
「さあ、行くぞ!」
急に走り出すので残された二人は慌てて小さな背中を追った。
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