第13話 手紙と桐箱


 それから一週間が過ぎたが蒼鳴宮に動物の死骸が放置されることはなかった。


 代わりに玉鈴の元に届いたのは彩娟からの書簡てがみと小さな桐箱きりばこが一つ。書簡には次のように記されていた。




『親愛なる柳貴妃様。


 庭園には梔子くちなしの花が開花の時期を迎えました。真っ白な蕾が花開き、まるで雪が降り積もったようです。

 冬のような光景は見ていて楽しくて、私が侍女と護衛兵を伴い、庭園を散策していた時のことです。嫌がらせを行った妃が尋ねてきました。


 彼女はひどく憔悴しょうすいしていましたが柳貴妃様から言付かった言葉を伝えたところ、安心したようです。自分の行いを悔いて、彼女から柳貴妃様にお詫びの品を預かりました。


 また何かありましたらすぐお知らせいたします。


 それから今度、梔子の花を鑑賞する宴を催します。柳貴妃様のご参加、心よりお待ちしております。


 羊彩娟より』




 桐箱を開けるとなかには大粒の青玉サファイアが輝く耳飾りが納められていた。

 玉鈴は耳飾りを摘み上げた。不純物も少なく、鮮やかな色は青玉のなかでも特に希少価値が高そうだ。

 目を凝らしてみるが耳飾りにはなんの呪詛も込められていない。彩娟がいう通り、本心からのお詫びなのだろう。


「よかったのですか?」


 耳飾りを眺めていると尭が声をかけてきた。


「ええ。彼女も無駄な嫉妬をしなくて済みます。これで一安心ですね」


 耳飾りを桐箱にしまい微笑む玉鈴とは反対に尭はやや納得いかない様子を見せる。


「自分は流石に今回の件は罰を受けさせた方がいいと思います」


 ここまで頑ななのもまた珍しい、と思いながら玉鈴は「いいんですよ。対象は僕ですから」と首を左右にふった。

 対象が他の妃嬪や宦官なら流石の玉鈴も見て見ぬふりはしない。見つけ出し、それ相応の罰は受けさせる。


「もっと御身おんみを大切にしてください」

「していますよ」


 尭はけわしい表情を浮かべる。


「していないから言っているのです」


 ため息混じりに呟かれた言葉に、玉鈴は苦笑を返した。


「貴方達が思っている以上、僕は丈夫です」


 丈夫という単語に尭は「どこが」と顔をしかめた。


「貴方は本当に顔にでますね」

「そうですか」

「ええ、そうですよ」


 書簡と桐箱を大事に抱え込むと玉鈴は保管室へ置きに行こうと立ち上がった。

 ゆっくりとした歩みで回廊を歩いている時、背後から聞こえる慌ただしい足音に玉鈴と尭は顔を見合わせる。


「またサボりですか?」

「サボりとはなんだ! 休憩だ!」


 明鳳の登場に玉鈴と尭は「またか」という顔をした。どうせすぐ、義遜によって連れ戻されるのによく諦めないものだ。

 明鳳は二人の元にくると玉鈴が手にもつ書簡と桐箱を見て不思議そうに目をくるりとさせた。


「これは?」

「羊淑妃様から書簡をいただきました」


 ぴくり、と明鳳の眉がはねた。


「犯人が分かったのか」

「いいえ、分からなかったようですよ」


 書簡を持ち上げ、玉鈴は困ったように笑った。


「ただ、もうこのような騒動は起こさないと反省しているみたいです」

「……そうか」


 犯人を捕まえると言って息巻いていた分、明鳳は拍子抜けした様子をみせた。見るからに肩を落とす。


「ええ。これで一件落着ですね」

「お前がいいならもう何もいうまい」

「ならこれで解決です」


 明鳳と尭は、はあ、と大きなため息を吐いた。お互い、顔を見合わせると無言で頷き合う。


「お前も苦労をしているのだな」

「まあ、……はい」

「今度、美味いものでも持ってきてやろう」

「楽しみにしています」


 この騒動である種の友情が芽生えたのか意気投合する二人を尻目に、今度は玉鈴が目をくるりとさせた。

 けれど、何も言わない。大切な部下に友人ができるのはいいことだ。例え相手が我が儘で傍若無人でも。


「俺は庭園の四阿あずまやにいるから何かあったら呼べ」

「ごゆるりとお過ごし下さい」

「そうするさ」


 勝手知ったるなんとやら。明鳳は庭園へと向かって歩き出した。その小さな背が見えなくなると玉鈴と尭はまた回廊を歩き出す。





 蒼鳴宮で起こった動物遺棄事件はこうして幕が下りた。

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