第11話 下級妃からの相談
「遅くなりました」
中へ一歩足を踏み入れた玉鈴は艶やかに微笑した。
「お待たせしましたか?」
「いいえ、私も先ほど来たばかりです」
彩娟は榻から立ち上がると拝礼しようとした。
それを片手で制すると玉鈴は再度、座るように促した。
彩娟が腰を下ろしたのを確認すると自分も反対側に座る。
「急に書簡を出してすみませんでした」
「いいえ、亜王様の耳に入る前に知れて良かったです」
途端、彩娟の美貌が歪んだ。まるで何かを堪えるような表情に、玉鈴は不思議そうに首を傾げた。
「どうかしましたか?」
「いえ、その……」
言いにくそうに彩娟は両目を伏せた。
「亜王様の耳に、入ってしまって」
ややあってから彩娟は答えた。
玉鈴は嘆息すると首を左右に振った。
「どうせ無理に聞いてきたのでしょう」
「ええ」
「内容は知っていますか?」
「いいえ、まだです」
それはよかった、と玉鈴は胸を撫で下ろした。
「名前は決して明かさないでくださいね。彼は直情家ですからその時の感情のままに行動に移してしまいます」
「分かりました」
「では、移動し——」
回路を慌ただしく駆ける足音が嫌に大きく聞こえた。
「——ようかと思いましたがここで話をしましょう」
玉鈴がいい終わるのと同時に扉が勢いよく開け放たれた。その勢いに負けたのか限界を迎えたせいか扉を支える蝶番が壊れて、左の扉が回路側に倒れた。
派手な音をたてて床に転がる扉を指差して明鳳はきっと目尻を釣り上げた。
「危ないぞ! もっと丈夫にしろ!!」
「貴方がもっと手加減すれば壊れなかったんですよ」
扉を壊されたことで玉鈴は苛立ちを隠さず吐き捨てた。これで明鳳によって蒼鳴宮を破壊されたのは何度目だろうか。八度目以降からは億劫になり数えるのは止めたため明確な数字は分からないがきっと両手両足の指では足りないはずだ。
じっとりとした目つきで睨まれた明鳳は顔をさあっと青くさせた。
「修理すればいいんだろう!!」
「そういう問題ではありません」
「だいたい、ここがボロすぎるのが問題なんだ!!」
自分の非なのに建物のせいだと明鳳が喚くので玉鈴はわざと大きくため息をはいた。
「いい加減にしてくれませんか?」
「……お、俺は悪くないぞ」
「ならば誰が悪いのですか?」
消え入りそうな声で明鳳は「……建物」と答えた。
「貴方が来てからほぼ毎日、何かしら壊れている気がするのですが?」
棘のある言い方だ。
しかし、それは真実であるため明鳳は反論せずに押し黙る。実際に自分が壊した物は花瓶や帳、細々とした物を含めれば多岐にわたった。
明鳳が無言を貫くので玉鈴は問い詰めるのを止め、扉を持ち上げてどうするか迷っていた尭の名を呼んだ。
「それは邪魔にならないところに移動してください」
「分かりました」
流石の尭でも扉を一人で運ぶのは大変だろう。玉鈴は腰をあげようかと考えたが、軽々と扉を運ぶのを見て手伝うのを止めた。幼少期に去勢された玉鈴と違い、成人してから去勢を施した尭は宦官だが肩幅は広く、筋力もある。非力な自分が手伝うと申し出ても断られることは今までの経験から分かっていた。
扉が壁に立てかけられたのを見届けてから玉鈴は明鳳に視線を移した。
「これの修繕はもちろん亜王様がしてくださいますよね?」
有無を言わせない言葉には重みがあった。明鳳は生唾を飲み込む。
「もちろんだ」
「ならいいです」
「いつまで立っていないでこちらに座ってはどうですか?」
促されるままに明鳳は腰を下ろした。
「——で、何があった?」
叱られて意気消沈しているかと思ったが明鳳は気にしている様子を
射るような視線を受けつつ、彩娟は困ったように笑う。
「数日前からここに動物の死体が置かれていませんでしたか?」
こてん、と横に首を傾げると結い髪を彩る銀釵がしゃらりと音をたてた。
「犯人はお前か!?」
明鳳は勢い良く立ち上がると彩娟の肩を掴み、前後に揺する。それは秘密裏に調べているため、自分達以外では犯人しか知らないはずだ。混乱を招かないために口外することも禁じている。それなのに部外者である彩娟が知っているということは自分が犯人だと言っているようなものだ。
「違います!」
濡れ衣だと彩娟は慌てて弁解した。
「私はある妃から相談を受けたのです」
「妃?」
「はい。彼女は『柳貴妃様に嫌がらせをしたから呪われた』と私に相談しに来たのです」
彩娟は思い出すように視線を伏せた。
羊淑妃と柳貴妃は
昨夜、すすり泣く侍女を伴った下級妃もそうだった。「相談があります」と彩娟を尋ねた下級妃は立場上、気丈に振る舞っていたが今にも気を失いそうなほど顔を青白くさせていた。聞けば、亜王の寵愛を得る柳貴妃を引きずり落とそうと夜な夜な屠殺した生き物を宮に置いていたが今朝から動物の鳴き声が聞こえるという。犬や狐など様々な動物が同時に鳴き叫ぶが、辺りを調べても該当の動物の姿はおろか毛の一本も見つからない。そのため、下級妃は声は自分達が殺した動物で、その声が聞こえるのは柳貴妃の怒りを買い呪われたせいだと考えた。
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