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 集落ですれ違った人々に聞いてみても、少年が走って行ったという情報は得られなかった。それもそうだ。彼は風より速く走る。義弟は元来からのスプリンターであり、おまけに長い足だ。そのストライドのせいで、一瞬にして遠くに行ってしまうのだ。

 雪彦は十人目のおばあさんに頭を下げて、ふむ、と顎に手をやった。ここまで情報が出ないのなら趣向を変えてみるか。行こうとしていたおばあさんを呼び止めて「もう一ついいですか?」と尋ねる。

「ここにくるまで、突風に吹かれませんでした?」


 尋ね方を変えるだけで、おもしろいほどに情報が転がり出てきた。風のように走るのなら、風のことを聞けばいいのだ。

 義弟が起こしたと思われる現象は、つむじ風だったり神風だったり、いろんな名称が付けられていた。どれにも共通するのは、風が起きた範囲の狭さと、前触れもなく吹き荒れたこと。義弟は集落を一通り走っていたみたいだけれど、川遊びの帰りだという子どもたちに聞いたところ、山の方で突風が吹いたと言っていた。

 山の方、とは言っていたもののもう少し具体的な場所を聞いておけばよかった。下駄での登山はやや危なく、道の状況によっては進めない可能性も出てくる。行けるところまで、と雪彦は自分に言い聞かせて山に足を踏み入れた。蝉の声が一層強くなった。

 傾斜はゆるやかだったけれど、続けば次第に息が切れてきた。なんで下駄なんて履いてきたのだろうと、今更ながらに後悔した。足下は既に湿った土の地面に変わっていて、これ以上先は木の根が地表に出たり、大きな石がごろごろと転がっていたりしていた。

 浴衣の内側が汗でべたべたして、気持ち悪い。首筋に流れる汗を腕で拭う。木の葉で日差しが遮られている分、湿気が雪彦を襲った。目の前が二重に歪んだ。引き返せ、と身体が言っている。

「嵐志くーんッ!」

 ざぁっ、と風が吹いた。でもこれは違う。自然が起こした風だ。

「嵐志ーッ!」

 風に負けないよう声の限り叫んだ。返事はなかった。

 山から下りたとき、雪彦は日差しの強さに膝をついた。頭をハンマーで何度も殴られているみたいな痛みが襲い、蝉の声とは違う耳鳴りが聞こえ始めた。肩で息をして、顔を上げて雪彦は固まった。麻の浴衣。足は裸足で、熱いだろうにアスファルトをぺたぺたと歩いてくる。嵐志だった。

 どこいってたの? 心配したんだよ? 怪我はしてない? 傷跡は悪化していない? 大丈夫?

 言いたいことが口から出ずに、雪彦はたまらずに駆け寄って両手を広げた。それから、意識が切れた。「ゆき兄ッ!」とどこからか聞こえた気がした。

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