第520話 F級の僕は、エキセントリックな人物とオベロンとの会話を聞く


6月20日 土曜日14



「テオさん、あなたの想像通り、僕はあなた方がBrane-1649cと呼ぶ異世界、イスディフイと行き来する能力を持っています。僕がイスディフイと関わる事になったきっかけは……」

『待て!』


テオがいきなり、僕の話の腰を折ってきた。


『お前の物語はいらない。興味がない。そんなどうでもいい話で、俺の時間を浪費させるんじゃねぇ!』


テオが再び顔を寄せて来た。

何日も風呂にも入らず、歯も磨いて無い人間のみが発する事の出来るはずの、強烈な臭気がツンと鼻を衝く。

しかし、思わず顔を背ける僕に構わず、テオが叫び声を上げた。


『イスディフイには! どうやって行く!? 行けるのはお前だけか?』

「ですからそれを説明しようと……」

『高次元ローレンツ多様体を経由するのか!? それとも……特異点を通過して、直接、イスディフイに飛び移るのか!?』

「高次元ローなんたらって言うのはよく分からないんですが、僕がイスディフイとここ地球とを行き来する際使用しているのは、【異世界転移】というスキルです。それで今の所、僕だけが……」

『スキル!?』


テオは一言、言い放った後、狂ったように笑い出した。


『ハハハハッハ! ヒャハヒャハハハハ! スキル!? スキルか! 科学が解明出来ない現象も、魔法の言葉で解決だ! 昔は神様、今はスキル様! そういや、魔法も現実になったんだったな! おめでとう! ヒャハハハハヒャハ!』


う~ん……

ティーナさんは否定していたけれど、僕的にはこのテオという人間、絶対に頭のネジが20個位は吹き飛んでいるとしか思えない。


テオはひとしきり笑った後、真顔に戻った。

そして、ティーナさんに顔を向けた。


『こいつのスキルは解析したのか!?』


ティーナさんが肩をすくめて見せた。


『まだよ。解析するのなら、大型ハドロン衝突型加速器が必要よ。だけどあれはあなたも知っての通り、CREN(欧州原子核機構)の管轄だから、私達が秘密裏にアクセスする事は不可能なの』

『S級のくせに使えねぇな! いや違うか……使えるS級なんかそもそもいやしねぇ。おい!』


テオは再び僕に向き直った。


『俺を今すぐイスディフイに連れて行け!』

「だから僕のスキル、世界を越えて移動出来るのは、僕だけなんですよ」

『嘘つけ! じゃあアレはなんだ?』


テオが指差す先には、オベロンが浮遊していた。

オベロンはまだ、自分の身体の臭いを確認中だ。


「彼女はオベロンという、イスディフイに住む精霊達の……」

『あいつはなぜ、お前と一緒に世界の壁を越える事が出来る? あいつもそういうスキルを持っているのか?』

「持っていないと思いますよ。僕にも理由は分からないんですが、僕が【異世界転移】すれば、必ず彼女も一緒に、世界の壁を越えるみたいです。もしかすると、僕と契約した事が関係しているかもですが……」


最後の部分は、もちろん僕の勝手な想像だ。

だけど本来、イスディフイの住人たちは、エレシュキガルに創造された時、“世界に縛られた第486話”とかで、世界の壁を越える事は出来ないのだ、とオベロン自身が語っていた。

ならば、【異世界転移】のスキルを持つ僕と契約する事で、オベロンはその制約から脱する事が出来ている、とも解釈出来るわけで。


そんな事を考えていると、テオが床にうず高く積み上げられたゴミの山に両手を突っ込み、ゴソゴソ何かを探し始めた。

数秒後、ゴミの山から引き抜かれた彼の手には、形も大きさもルービックキューブ位の、しかし黒い立方体が握られていた。

見た目は、僕が持つ『ティーナの重力波発生装置』とそっくりだけど、ただ一点、その装置には、丸いボタンが一ヵ所ついていた。

そしてテオがそのボタンを押した。

途端に、オベロンが反応した。


「ん? なんじゃ?」


オベロンは束の間キョロキョロ辺りを見回した後、テオの手の中にある、黒い立方体に目を止めた。

同時に、テオが叫んだ。


『ビンゴ! お前、重力波を感知出来るな? もしかして、重力子も操れるのか? どうなんだ!?』


オベロンが怪訝そうな顔になった。


「いきなり何の話じゃ? というか、今、重力波を発生させたのはお前か?」

『そうだ。俺だ! 俺様だ! スキルや魔法が幅を利かすこのクソッタレな世界で! スキルも魔法も使えない俺が! 天才の俺が! この装置を作り出した! 重力波を発生させる装置を、ここまで小型化出来たのは、世界でただ一人! この俺だけだ!』


もしかすると、僕の持つ『ティーナの重力波発生装置』、実際に製作したのは、目の前で意味不明に勝ち誇っているこの男なのかもしれない。


『それで重力子は!? どうなんだ? 操れるのか!?』


オベロンが、若干うんざりしたような雰囲気になった。


「なんでわらわがそんな質問に答えねばならん? それよりお前! 風呂位入ったらどうじゃ? わらわの可愛い鼻が、このままひん曲がってしまったらどうしてくれる!?」

『風呂? 風呂だと!? 俺の貴重な時間をそんなくだらないモノに費やせと? お前は? 本気でそう言っているのか!?』

「Stop!」


ティーナさんが声を上げた。


「今日はこの辺にしておきましょ」

『待て! 勝手に話を止めるな!』


しかしティーナさんは、構わず英語でテオに言葉を掛けた。

幸い、彼女が床に投げた双方向音声通訳装置がきっちり仕事をしてくれているらしく、彼女の言葉は、日本語に翻訳されて僕にも理解出来た。


『テオ、タカシは世界でただ一人、異世界に渡る事の出来る人間よ? 彼と仲良くしておかないと、今後、異世界イスディフイ産の物品、入手出来なくなるかもしれないわよ?』

『クソアマ!』


テオが叫んだ。


『お前の魂胆は分かっているぞ! だがな、残念だったな。装置も! 検査も! 分析も! お前の要求に答えられるのは、世界広しといえども、俺だけだ! そうだろ?』

『それはその通りね』

『だったら! 俺の機嫌を損ねるな! 俺を脅そうなんて考えるな! 俺の望みを叶え続けろ!』

『いつもそうしているでしょ? で、今日は一つ、お願いがあるの』

とうときS級様のお前が? いやししきF級如きの俺に? 何を願う?』


ティーナさんが、オベロンを指差した。


『あのコに新しい服を仕立ててあげて欲しいの』

『服?』

『ええ。光学迷彩の戦闘服。あなただったら、既存の装備を改修して、彼女にぴったりなサイズに調整する事って可能でしょ?』

『いいだろう。その代り!』


テオがオベロンを指差した。


『こいつをもう少し詳しく調べさせろ!』

『分かったわ』

「こりゃ!」


テオの要求に、ティーナさんは力強く頷きを返し、オベロンは分かり易く慌て出した。


「何が悲しうて、わらわが、こんな臭くて礼儀をわきまえぬ原始人に調べられなければならんのじゃ? 勝手に安請け合いするでない!」

『少し位いいじゃない。光学迷彩の戦闘服が手に入ったら、こっちの世界でもう、ウエストポーチや着ぐるみにもぐり込んでジッとしておく必要、無くなるわよ?』


いやティーナさん、さすがにそんな事位では、オベロンも首を縦には振らな……って、あれ?


「ぬぅ……確かに“うえすとぽーち”から解放されるのは、魅力的な話じゃ」


どうやらウエストポーチの内部は、こいつにとって、僕の想像以上に不快指数が高かったらしい。


「仕方あるまい。少し位ならこの原始人の調査とやらに付き合ってやらぬでもない。ただし!」


オベロンがびしっと指をテオに突き付けた。


「こやつが直接、わらわに触れぬ事が条件じゃ!」

『安心して。実際に調べる時には、私がちゃんと立ち会ってあげるから。あ、調査に協力してくれたら、追加で色々面白い場所にも連れて行ってあげるわ』

「本当か!?」

『ええ、本当よ』


ぎらついた笑顔のテオに、満面の笑みを浮かべたティーナさん。

オベロンが一時の快楽――面白い所に連れて行ってあげるという“口約束”――に負けて、悪魔の選択をしようとしている気がしないでも無いけれど、ここは皆の自由意思を尊重して、僕は口を閉ざしておこう。



話が一段落ついた所で、ティーナさんが僕達に声を掛けてきた。


「それじゃあ早速、計測を始めましょうか」


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