第483話 F級の僕は、オベロンの倫理観を再確認する


6月18日 木曜日34



「これ、返しておくよ。明日起きたら、これで連絡取り合おう」


僕の手の中の『二人の想い(左)』に気付いたアリアの表情が、パッと明るくなった。


「取り返してきてくれたんだ! ありがとう」


アリアはニコニコしながら、早速自分の左耳に『二人の想い(左)』を装着した。

そしてそのまま、僕の顔をじっと見つめてきた。


ん?

何だろう?


と、アリアがややむくれた雰囲気になった。


「ちょっと! つけてないじゃない!」

「つけてないって、何の話?」


アリアが僕の右耳を指差した。


「二人の想い。ちゃんと念話で連絡取れるか試そうとしたのに……」


なるほど。

アリアがさっき僕を見つめてきていたのは、念話で何か話しかけてきていたって事だったらしい。


僕はインベントリを呼び出して、改めて『二人の想い(右)』を取り出した。

そして自分の右耳に装着してから、念話で呼びかけてみた。


『アリア、聞こえる?』


目の前のアリアの眉がピクっとねた後、彼女からの返事が念話で届いた。


『タカシ……』


しかし彼女からの念話はそこで途切れ、同時に彼女の表情が、なんだかとてもにやけた感じに変化した。


「えへへ……」


今の念話のやりとり、特段、面白くも無かったはずだけど……?


少し(僕からすると)様子がおかしいように見えたアリアに、直接声を掛けてみた。


「どうしたの?」


アリアがハッとしたような顔になった。


「な、なんでもないよ!」

「ならいいけど……」


と、マテオさんが声を掛けてきた。


「な、タカシ、俺がなんであんな話を持ち出したか、大体分かっただろ?」

「あんな話って……」


ララノアをここへ連れて来てもいいけれど、僕の部屋に寝泊まりさせたら血を見る云々うんぬんって話の事だろうか?


首をひねっているとマテオさんが言葉を続けた。


「アリアはな、この三日間、お前をネルガルまで助けに行くんだ! って大騒……グフゥ!?」

「ちょっと、余計な事は言わないの!」


アリアが、マテオさんに蹴りを入れた。

それをみぞおちにまともに食らったらしいマテオさんが、床の上で悶絶した。

僕は慌ててマテオさんに駆け寄り、声を掛けた。


「大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫だ。こういうのは慣れているんだ」


……なんだかデジャブなやりとり。



やがて復活したマテオさん、アリア、そして僕等のやりとりを何故か生暖かい眼差まなざしで眺めていたクリスさんとノエミちゃんに見送られる形で、僕はエレンと共に、トゥマへと転移した。



転移した先は、あの裏路地のような場所であった。

周囲に人の気配も無く、静まり返った中、ただ冷たい冬の夜風が僕等の頬を撫ぜていく。


「色々ありがとう」


僕は改めてエレンにお礼を言った。

彼女は一瞬、キョトンとした顔をした後、すぐに微笑んだ。


「気にしないで。それよりあなたが元気になって良かった」

「うん。全部エレンのお陰だよ」


彼女は僕とメル“エレシュキガル”との関係を問いただす事無く、

ルキドゥスの地で、僕が何を体験したのかを深く追求してくる事も無く、

ただ黙って僕を手助けしてくれた。

彼女がいなければ、僕はこんなに早く、メルと本当の意味でお別れをする事は出来なかったはずだ。


しかしエレンは優しく首を振った。


「あなたは自らの力で乗り越えた。ただそれだけ」

「エレン……」


彼女の優しさが、僕にはとてもまぶしく感じられて……


「こりゃ!」


突然掛けられた声の方に視線を向けると、オベロンがふわふわ浮いていた。

せっかくひたっていた感傷を邪魔された形になった僕は、軽くため息をついた。


「……いたんだ」

「なんじゃ、そのぞんざいな態度は……わらわはおぬしと契約しておるのじゃぞ? おぬしの傍におるに決まっておろうが」

「でもさっきはいなかったよね?」


『暴れる巨人亭』では、オベロンの姿は見かけなかった。


「それはちと、調べモノ……では無くて、わらわは自由自在に姿を消せるのじゃ」

「じゃあ、さっきもいたの?」

「当然じゃ!」


腰に手を当て、無い胸を張るオベロンを見ていると、少し意地悪な気分になった。


「でもそれって、コソコソ隠れて僕等の会話を盗み聞きしていたって事、だよね?」

「そ、それは誤解じゃ! そもそもわらわはあの時……そう、消えている時は、おぬしらの声も何も聞こえなくなるのじゃ!」


オベロンの話の真偽はともかく、ここで無駄話をしていても仕方ない。


僕はエレンに向き直った。


「それじゃあ、そろそろ行くよ。明日起きたら連絡するから、落ち着いたら神樹の攻略、再開しよう」

「分かった。それじゃあ」



エレンが転移で去り、裏路地からシードルさんの屋敷に向かって数歩歩き出して……僕は立ち止まった。

そして、ふわふわ浮遊しながらついて来ているオベロンに、改めて視線を向けた。

僕と視線が合ったオベロンが、小首を傾げた。


「ん? どうしたのじゃ?」

「オベロンは精霊、なんだよね?」

「何を今さら……わらわは始原の精霊にして、精霊達の中でも王たる凄い存在じゃ、と何度も説明しておるではないか」


前より少しだけ、自己紹介がパワーアップ“凄い存在”追加している気がするのは置いといて。


「精霊って、この世界ではどう分類されるのかな?」

「どう分類、とは?」

「つまり、人間ヒューマンやエルフみたいな“種族”の一つなのか、モンスターの一種なのか……」


そう。

ここは、人間ヒューマン至上主義の帝国だ。

このままシードルさんの屋敷に戻って、オベロンを他の人に見られた場合、どう説明するべきか、あらかじめ決めておく必要がある。


しかし僕の意図を知るべくもない様子のオベロンは、不機嫌そうに口を尖らせた。


「なんじゃおぬし、人間ヒューマンやエルフごときと並べられるのも不快なのに、事も有ろうに、わらわにモンスターの一種かどうか聞いておるのか?」

「仕方ないだろ? 僕にとっては、精霊は未知の存在なんだ。言葉をわすのだって、お前が初めてだしな」


まあオベロンが本当に精霊だったら、の話だけど。


「むぅ……それもそうか」


オベロンは意外にあっさり機嫌を直した。


「仕方ない。おぬしにとって“初めて”の精霊であるわらわが特別に教えてやるが、精霊はおぬしら人間やモンスターなんぞとは、次元の違う存在じゃ。じゃから種族がどうとか、分類がどうとかという話は、そもそもが見当違いじゃ」

「じゃあこの国の人々に、オベロンについて聞かれたら、何と説明すればいい?」

「それはもちろん!」


オベロンが腰に手を当て、無い胸を張った。


「始原の精霊にして、精霊達の王オベロン、と紹介すれば良いだけの話では無いか」


……

少なくとも、このままでは僕の望む回答は得られそうに無い、という事だけは理解出来た。

仕方なく、僕はこの国帝国の現状――人間(と恐らくエルフ)以外の“種族”は基本的に奴隷にされる――について簡単に説明した。

しかし僕の話を聞き終えたオベロンは、やや意外な反応を見せた。

彼女は、不思議そうな表情で言葉を返してきた。


「それは知っておる」

「知っている?」


オベロンって、確か僕に出会うまで、年数は不明だけど、『精霊の鏡』に封印されていたのでは?

だからこそ帝国の現状にもうとくて、僕から見れば、やや的外れな答えしか返ってこない、と思っていたのだけど……


「この世界の事は、事前に色々調べたからのう」

「この世界? 事前に?」

「そうじゃ。わらわはエラいぞ? なにせ、自分でまにゅあ……あ、いやいや、ゴホン、とにかく、事前に色々自分なりに勉強したのじゃ!」


どうやって勉強したかはともかく、それならもう少し違った答えを期待したい所だ。


オベロンが不思議そうな顔のまま、言葉を続けた。


「それはさておき、おぬしは一体、何を気に病んでおるのじゃ?」

「何をって……だから、この国の人々がお前を目にして……」


オベロンが、やや呆れたような表情になった。


「この国で精霊が奴隷にされておる、なんて話は無かったはずじゃ。それに大体、精霊なんぞ、アールヴの連中でも使役できるのじゃ。じゃからわらわの事は、おぬしと契約を交わして実体化している精霊王オベロン、と説明すれば済む話ではないか?」


言われてみれば、そうかもしれないけれど……


「それに、もしゴチャゴチャ難癖なんくせ付けて来る連中が現れたら……」


そう、そこが一番の問題だ。

僕は基本、そういうごとからは距離を置きたいと考える人間だ。


「サクっと殺してやればよい。相手がどこぞの州総督であれば、街ごと滅ぼすのもアリじゃ。そうすれば、おぬしに難癖付けようなどと考える不埒ふらちやからは、この国からは消え去るじゃろう。なあに、わらわの力を使えば、街の一つや二つ、簡単に消し炭に出来るぞ?」


……今更いまさらだけど、オベロンの倫理観が明後日あさって方向に崩壊している事だけが、再確認出来た。


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