第482話 F級の僕は、アリアと再会する


6月18日 木曜日33



視界がゆっくりと回復していく。

彼女との泡沫うたかたの夢のような邂逅かいこうは終わりを告げ、月明かりに照らし出された大樹の残骸の傍に僕は帰って来ていた。

手の中には、熱も輝きも失った『追想の琥珀』が残されていた。

それを懐に戻したタイミングで、ほとんど同時に二人から声を掛けられた。


「おかえり」

「こりゃ! 一体、どこへ行っておったのじゃ? 心配したでは無いか!」


声の方に視線を向けると、優しい微笑みを浮かべてたたずむエレンと、腰に手を当て、若干むくれた感じで浮遊するオベロンの姿が目に飛び込んできた。

僕と目が合ったオベロンが、怪訝そうな表情になった。


「おぬし、その格好は……?」


格好?

言われて僕は、自分が『エレンの衣』を羽織っている事を思い出した。

オベロンにとっては、恐らく初めて目にするよそおい。


「ああ、これ?」


僕はエレンの衣のすそに軽く手を触れながら言葉を返した。


「エレンがくれたんだよ」

「ん? そうか、エレンが……じゃ無くて!」


オベロンが口を尖らせた。


わらわが聞きたかったのは、先程までそんな格好はしておらなかったじゃろ? って話じゃ!」


まあ分かっていて、わざと答えをはずしたんだけど。


エレンが声を掛けて来た。


「終わったの?」

「うん。ありがとう。君がここまで連れてきてくれたから、彼女と最後のお別れをする事が出来たよ」

「そう……」

「こりゃ! わらわを無視するでない!」


エレンは、それ以上の事を聞いてはこなかった。


「今からどうするの?」

「それでおぬし、彼女と最後のお別れとは、何の話じゃ?」


今から……


僕は少し考えてから、言葉を返した。


「とりあえず、ルーメルの『暴れる巨人亭』に連れて行ってもらってもいいかな? もう皆寝ているかもしれないけれど、アリアが無事かどうかだけでも確かめておきたいからさ」

「分かった」

「ほほう……あくまでもわらわを無視するという事な……」


僕は、空中に浮かぶオベロンを左手で素早くつかみ取った。


「な、何をするのじゃ!?」

「オベロンって、インベントリに収納出来ないかな?」

わらわをモノ扱いするでない! それと……は~な~せ~~!!」


僕の手の中で、オベロンが激しく身をよじった。

僕がぱっと手を離すと、オベロンは少し離れた場所に飛んで行った。


「おぬし、いくらわらわの契約者じゃからと言って、こんないたいけな美少女を、ほいほい鷲掴わしづかみするとは何事じゃ!」

「いや、無視するなって言うから、相手しただけだよ?」


オベロンは束の間、僕に探るような視線を向けてきた後、不思議そうな顔になった。


「おぬし……先程までとは違って、何かき物が落ちたような……」


言われてみれば、随分心が軽くなっている。

だからこそ、オベロンをからかうような余裕が生まれているのだろう。

僕は自分のふところの中に、そっと右手を差し入れてみた。

そこには彼女が残していった『追想の琥珀』が確かに存在していた。


「そろそろ転移する?」


エレンの問い掛けに、僕はうなずいた。



視界が切り替わった先には、懐かしい光景が広がっていた。

木造の簡素な造りのカウンター。

一階に設けられた宿泊者向けの食事スペース。

10日ぶりの『暴れる巨人亭』だ。

時差により、トゥマよりもさらに遅い時間帯――確実に日付が変わって2~3時間は経っているはず――のせいか、朝夕は宿泊する冒険者達で賑わうその食事スペースも、今は隅っこのテーブルを囲んで何やら話し込んでいるらしい数人の人物の姿があるだけだった。

僕等に気が付いたのだろう。

彼等が一斉にこちらに視線を向けて来た。

その中の一人、銀髪の少女が飛び跳ねるように席を立ち、僕目掛けて駆け寄って来た。

彼女はそのままの勢いで僕に飛びつくと、僕の胸元に顔をうずめ、しゃくりあげ始めた。


「ダガジ~~~」

「アリア、無事だったんだね。それと、心配かけてごめんね」


アリアがパッと顔を上げた。

せっかくの綺麗な顔も、今は涙でくしゃくしゃだった。


「そうだよぉ~。本当に心配したんだから!」


話しているとクリスさんに呼びかけられた。


「おかえり。思ったより随分早かったじゃないか。用事は済ませてきたのかい?」


声の方に視線を向けると、クリスさんと一緒にテーブルを囲む、マテオさんとノエミちゃんの姿も確認出来た。

皆、笑顔をこちらに向けてきている。

僕はアリアを優しく引き離しながら言葉を返した。


「はい」

「そうかい。それは良かった。そんな所に突っ立ってないで、こっちに来て座りなよ」



エレンも含めて席に着いた所で、僕は改めて皆に、ルーメルの魔法屋からネルガルのポペーダ山に転移第273話させられて以降の経緯を簡単に説明した。

僕の隣に座るマテオさんが、感心したような表情になった。


「それにしても凄い大冒険じゃないか。それで……」


マテオさんは、何故かアリアの方をチラチラ見ながら僕に顔を寄せて来た。

そして小声でたずねてきた。


「その奴隷のはやっぱり、ここへ連れて帰って来るのか?」


奴隷の……

ララノアの事だろう。

だけどなんでマテオさんは、わざわざ声をひそめているのだろう?

とは言え、僕も釣られてヒソヒソ声で言葉を返してしまったけれど。


「そうですね。ララノアはあっちネルガルが一段落したら、こちらルーメルに連れて来ようかと……」


今はまだ無理そうだけど、奴隷制度の存在しないこの街ルーメルで暮らせば、ララノアの気持ちも変わるかもしれない。

そして彼女が奴隷以外の生き方を選択したいと願う日が来れば、僕はただちに彼女を“解放”してあげるつもりだ。


「ナニナニ? 何の話をしているの?」


アリアが耳聡みみざとく、僕等の話に割り込んで来ようとした。

マテオさんが、何故か慌てた雰囲気で言葉を返した。


「な、なんでもないぞ? 気にするな」

「アヤシイ」

「怪しくなんか無いぞ?」


な? とでも言いたげな表情を僕に見せて来るマテオさん。


「? まあ別に隠すような……」

「タカシ!」


マテオさんは再びアリアの様子をチラッと確認する素振りを見せた後、いきなり僕の腕をつかむと立ち上がった。

そしてそのまま、僕を皆から離れた場所へと引きるようにして連れて行った。


「? どうしたんですか? いきなり……」

「タカシ」


マテオさんの表情は、いつになく真剣であった。


「奴隷のの件だけどな……連れて来るのはお前の自由だけど、その前にちゃんと、アリアに話、通しておけよ?」

「? それはもちろん……」


ここへ連れてくる前か後か、いずれにせよ、アリアには改めてきちんと紹介するとは思うけれど……?


「あと一言だけ忠告しておいてやるが、奴隷だからって、同じ部屋で寝泊まりさせるなよ?」

「もし連れて来ることが出来たら、しばらくは僕の部屋を使って貰おうと思っていたのですが、ダメでしたか?」


彼女自身の今までの行動から考えて、僕と別の部屋を用意したら、逆に不安感をあおるだろう。

昼間はどうせ一緒に行動するだろうし、夜は基本、僕は地球に帰るだろうから、ララノアに僕の部屋を使って貰っても問題は発生しないと思うんだけど……


「バッ、おまっ!」


マテオさんがヘンな声を上げた。

そしてわざとらしく咳払せきばらいをしてから言葉を続けた。


「悪い事は言わん。それだけはめておけ。比喩表現抜きで血を見るぞ?」

「?」

「俺にとってこの宿は我が子みたいなものなんだ。ここで、痴情のもつれで刃傷沙汰にんじょうざたなんて起こされた日にゃ……」


その言葉が終わる前に、僕等に近付いてきていたアリアが声を掛けて来た。


「ねえねえ、さっきから何二人でコソコソ話しているの?」

「おわっ!?」


ちょうど背中から声を掛けられる形になったマテオさんが、大仰おおぎょうった。


「ちょっと! 驚き過ぎ!」

「いやお前……俺はお前のためにだなぁ……」

「私の為? 何の話?」


アリアが首を捻り、同時進行で僕も首を捻っていると、クリスさんが声を掛けて来た。


「そろそろお開きにしないかい?」


そうだった。

夜も随分更けてきているはず。

アリアとマテオさんはともかく、クリスさんとノエミちゃんは相当疲れているはず。


「分かりました。それじゃあ僕はトゥマに戻りますね。明日起きたら……」


言いかけて僕は、『二人の想い(左)』を返してもらった事を思い出した。


僕はインベントリを呼び出した。

そしてそこから、『二人の想い(左)』を取り出した。

僕はそれをアリアに差し出した。


「これ、返しておくよ。明日起きたら、これで連絡取り合おう」

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