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第445話 F級の僕は、ユーリヤさんから受け入れがたい提案をされてしまう
第445話 F級の僕は、ユーリヤさんから受け入れがたい提案をされてしまう
6月17日 水曜日59
話を聞き終えたユーリヤさんの表情は、かつてない位険しいものになっていた。
「今のお話、他の方……例えば、ターリ・ナハやララノアには?」
僕は首を振った。
「その二人を含めて、まだ誰にも伝えていません」
「そうですか……」
彼女は少しの間何かを考える素振りを見せた後、再び口を開いた。
「ではこのお話、このまま他の方には、引き続き伏せておいてもらっても良いですか? 敵が、正確にこちらが打つ手の先を読む事が出来ると分かれば、気持ちが
ユーリヤさんの懸念はもっともだ。
勝利に対する信念が揺らげば、逃走、或いは寝返りを考える者も出るかもしれない。
「分かりました」
僕が
「アルラトゥが真実を告げているとすれば、情勢は極めて厳しいと言わざるを得ません。ですが同時に、私の中で
「ユーリヤさんの中で
「私が最初に違和感を覚えたのは、タカシ殿のご友人方が失踪した、との話を
あの夜、連絡が取れないまま、アリアとクリスさんのトゥマへの到着が遅れている事を知ったユーリヤさんが、捜索隊を出すと申し出てくれた。
「アリアさんは、確か
初日の捜索隊が持ち帰ってきた情報は、ユーリヤさんの違和感をさらに増大させた。
「初日の捜索終了後、参加していた冒険者のジャンナが奇妙な現象を確認した、と
僕は
彼女は自身が捜索を担当した地域から、一切の魔法的痕跡が人為的に消去されていた、と話していた。
彼女の報告を聞いたユーリヤさんは、二人の失踪に“エレシュキガル”が関与している可能性があるのでは? と口にしていた。
同時に、もしそうであるなら“エレシュキガル”の意図が分からない、とも。
「その後、タカシ殿に、“エレシュキガル”から念話による
僕との念話の中で、“エレシュキガル”は、自分が二人を拉致した、個人的に話をしたいから州都モエシアまで来い、と要求してきた。
僕からその話を聞いたユーリヤさんは、こう話していた。
―――罠だとしても奇妙です。期限も切らず、人数の制限もせず、ただ州都モエシアまで会いに来い、というのは余りに漠然とし過ぎています。しかも相手はあなたの事を勇者だと認識している訳ですよね? “エレシュキガル”は具体的にあなたをどうしたいのでしょうか? 味方に引き込みたい? 或いは命を奪いたい? それとも全く別の思惑が有る?
ユーリヤさんが言葉を続けた。
「そして今日、アルラトゥが残していったあの二つの転移門です」
彼女が話題にしているのは、巨木に囲まれた林間の小広場に設置されている、あの二つの転移門の事だろう。
一方はトゥマのシードルさんの屋敷内、ユーリヤさんの部屋へ。
そしてもう一方はまだ確認されてはいないけれど、アルラトゥが残していったメッセージ通りとすれば、州都モエシアの城門前へ。
「アルラトゥの言葉通りとすれば、全ては彼女が未来視の能力を使って誘導した結果、という事になりますよね?」
「そういう事だと思います」
「だとすれば……」
ユーリヤさんが、探るような視線を向けて来た。
「あの二つの転移門も、私達に対する罠でも
「それは……どういう……」
知らず鼓動が早くなる。
「つまり、アルラトゥ……恐らく九分九厘、彼女が“エレシュキガル”なのだとは思いますが、とにかく彼女は最初からタカシ殿と“州都モエシアで”“個人的に話をする”という目標に向けて動いていた可能性が高い、と言えるのではないでしょうか? タカシ殿、これは確認なのですが、以前、彼女とどこかで会った事が有る……というわけでは無いんですよね?」
僕は喉がカラカラに乾いていくのを自覚した。
まさかユーリヤさんは、その聡明さによって、僕が彼女にまだ伝えていない“真実”に
だけど僕は、“あの世界で体験”した内容を、少なくとも今の段階で、“帝国”の皇太女である彼女に伝える心の準備は出来ていない。
と、僕は彼女が口にした言葉の中にひっかかりを覚えた。
「ユーリヤさん、僕と“州都モエシアで個人的に話す”事がアルラトゥの目的なのでは? と
ユーリヤさんが
「以前にもお話しましたが、もし単にあなたと個人的に話をしたいだけなら、念話で済ませる事も出来たはずです。或いは、最初の転移門をアルラトゥが
ユーリヤさんは、僕の反応を確かめる素振りを見せながら言葉を繋いだ。
「あの二つの転移門を残していった。彼女にはどうしてもあなたを州都モエシアに呼び寄せたい何らかの事情がある、と推測出来ませんか?」
彼女のその推測は、僕にはとても新鮮に聞こえた。
今の今まで、
「州都モエシアという場所自体に、アルラトゥにとって都合の良い何かが有る、という事でしょうか?」
「その辺はまだ何とも……ですがこれだけは断言出来るかもしれません」
ユーリヤさんが、僕に真剣な眼差しを向けて来た。
「アルラトゥは、恐らく誰にも……場合によっては味方であるはずの“
「真の目的?」
ユーリヤさんが
「はい。もし本当に帝国の覇権を覆したいのであれば、転移門を作り出し、未来視が可能な彼女なら、他にもっと効率的な手法がいくらでも取れたはずです。ところが現実の彼女は、ただひたすら、タカシ殿を心理的に追い込み、タカシ殿自ら州都モエシアに来るよう仕向ける事に全力を傾けています。彼女の真の目的については見当もつきませんが、恐らくそれが達成される必要かつ絶対条件が、州都モエシアでタカシ殿と会う事なのでしょう。彼女は自らの能力を使って、それを“確認”したのではないでしょうか? ですから……」
ユーリヤさんが居住まいを正した。
「タカシ殿にとっては受け入れがたい提案かもしれませんが、少なくとも、アルラトゥが打倒されるまでは……州都モエシアには近付かないようにして頂きたいのです」
「しかしそれは……」
それは僕にとっては、ユーリヤさんが口にする以上に受け入れがたい提案だ。
州都モエシアには、状況は不明だけど、アリアとクリスさんが
加えて“アルラトゥ”から、もし未来のアルラトゥが道を誤ろうとしていたら渡して欲しいという言葉と共に、『追想の琥珀』を託されている。
いずれにせよ、彼女の真の目的がどうあれ、今こそ僕は彼女とちゃんと向き合い、話をしなければならない。
そしてもし、彼女が道を誤ろうとしているのなら『追想の琥珀』を渡して、引っぱたいてでも引き戻す。
それが彼女を今度こそ守り抜いて見せると誓った僕に課せられた責務のはず。
だけどそれを今、この場で口にする事は出来ない。
それを口にする事は、僕のあの世界での体験を“帝国”の
押し黙るしかない僕に、ユーリヤさんが囁くように声を掛けてきた。
「そろそろ政庁に皆が集まっている頃合いです。私達も急いで向かいましょう」
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