第444話 F級の僕は、スキルが普通に使用出来る喜びを一人噛みしめる


6月17日 水曜日58



ターリ・ナハとララノアを連れて、シードルさんの屋敷の中に割り当てられた自分の部屋に戻って来た僕は、ようやく人心地ひとごこち付く事が出来た。

他の人達にとっては数分間の間に、僕は少なくとも、数時間以上に渡ってあの世界を“体験”させられた。

元の世界に戻って来られた今、あの世界で僕に生じていた異常が解消されているか、確かめてみる必要がある。

僕はベッドに腰掛けると、祈るような気持ちで念じてみた。


「ステータス……」



―――ピロン♪



Lv.104

名前 中村なかむらたかし

性別 男性

年齢 20歳

筋力 1 (+103、+51)

知恵 1 (+103、+51)

耐久 1 (+103、+51)

魔防 0 (+103、+51)

会心 0 (+103、+51)

回避 0 (+103、+51)

HP 10 (+1030、+515)

MP 0 (+103、+51、+10)

使用可能な魔法 無し

スキル 【異世界転移】【言語変換】【改竄】【剣術】【格闘術】【威圧】【看破】【影分身】【隠密】【スリ】【弓術】【置換】

装備 ヴェノムの小剣 (風)(攻撃+170)

   エレンのバンダナ (防御+50)

   インベントリの指輪

   月の指輪

効果 1秒ごとにMP1自動回復 (エレンのバンダナ)

   ステータス常に50%上昇 (エレンの祝福)

   即死無効 (エレンの祝福)

   MP10%上昇 (月の指輪)



ステータスウインドウが……

ポップアップした!!


思わず目頭が熱くなる僕の様子を不審に思ったらしいターリ・ナハが、心配そうにたずねてきた。


「タカシさん、ステータスを確認しているようですが、何か問題点でも発生していますか?」


ステータスウインドウを呼び出せば、そこに刻まれた内容を読み取れるかどうかは別として、周囲の人からも呼び出した事自体は確認出来る第3話

まあ、自分のステータスウインドウを眺めながら感無量になっているのって、普通は強敵倒してレベルアップした時とか、自己愛が凄いナルシストとか、とにかく特殊な状況下に限定されるはず。

事情を知らないターリ・ナハが心配になるのも無理は無い。

僕は出来るだけ笑顔で言葉を返した。


「いやほら、最近、ステータス確認したりしてなかったからさ。もうすぐモエシアに乗り込む事になりそうだし、色々チェックしておこうかと」


自分で口にしておいて何だけど、説明になっているようないないような、微妙な受け答え。

ターリ・ナハが、若干、けむに巻かれたような表情になったけれど、僕はそれに構わず“確認作業”に戻る事にした。


「インベントリ……」


軽快な効果音と共に、インベントリが……立ち上がった!

またしても目頭が熱くなる。

ターリ・ナハとララノアが怪訝そうに見守る中、僕は懐から『追想の琥珀』を取り出した。

そしてそれをインベントリに収めてみようと試みた。

『追想の琥珀』は、“アルラトゥ”の言葉を借りれば、“過ぎ去りし幻影”の世界で入手したアイテムだ。

一瞬、押し戻される収納不能かも、という僕の懸念を他所に、『追想の琥珀』は特に問題なく、インベントリに収納出来てしまった。

インベントリを閉じた僕は、今度はスキルの発動を試みた。


「【影分身】……」


たちまち僕の影の中から、【影】が1体出現した。

ターリ・ナハとララノアが、身構えるのが感じられた。

二人に勘違いをさせてしまったかもしれない。

僕は二人に声を掛けた。


「ごめんごめん。ちょっと自分のスキルをチェックしている所なんだ。別段、正体不明の敵が近くに……とかそんなんじゃないから安心して」


そして続けざまに、別のスキルも発動……


「【置換】……」


僕と【影】との位置が、瞬時に入れ替わった。

後はいよいよ、あのスキルを試すのみ。

僕は、そばで僕の行動をやや戸惑った雰囲気で見守っているターリ・ナハとララノアに声を掛けた。


「ちょっとあっち地球の様子を確認して来るよ。すぐに戻って来るから、いつものように留守番宜しく」


二人がうなずくのを確認した僕は、一度大きく深呼吸した後、スキルを発動した。


「【異世界転移】……」



―――ピロン♪



そして立ち上がるポップアップウインドウ。



地球に戻りますか?

▷YES

 NO



「いよっしやああああああ!!」


思わず盛大にガッツポーズをしてしまった。


「タ、タカシさん?」

「ご……ご主人……様?」


二人のやや引きつったような声が聞こえた気がしたけれど、今はまず、本当に戻れるかどうかを確認するのが最優先事項だ。

僕は二人に言葉を返す事無く、▷YESを選択した。


視界が切り替わった次の瞬間、僕は無事、地球のボロアパートの部屋に戻って来ていた。

電気をけて時刻を確認してみると、既に午後11時を回っていた。

手早く部屋の中をチェックしてみたけれど、特に変化は見られない。


良かった……本当に良かった……


今まで当たり前のように使用していたスキルやインベントリ。

いざ使えなくなった時、どれほど不便で心細いか、今回の件で身にしみて理解する事が出来た。

これからは、スキルを使用出来る“ありがたみ”をちゃんと噛みしめながら生きて行こう……

少々大袈裟な決意と共に、僕は再び【異世界転移】のスキルを発動した。



シードルさんの屋敷の中に割り当てられた部屋に戻って来た僕に、ターリ・ナハが言葉を掛けて来た。


「タカシさん、転移門を潜り抜けた先で、何かありましたか?」

「何かって?」

「いえ、その……」


ターリ・ナハが探るような視線を向けて来た。


「例えば転移門をくぐった先でアルラトゥと相対した時、スキルを全て封じられた、とか」


ターリ・ナハ的には、僕が部屋に戻るや否や、突然色んなスキルを試し始めたのを見て、そういう解釈になったのだろう。

まあ、当たらずとも遠からず。

アルラトゥによって“スキルを全て封じられた”かどうかはともかく、あの世界で僕が一切のスキルを使用不能になっていたのはまぎれもない事実だ。

しかしそれを説明するという事は、すなわち僕があの世界で何を体験してきたかを語らなければならない事を意味している。

僕は今更いまさらながら、相手が“帝国”の関係者かどうかに関わらず、あの体験について他人に話すという行為そのものに、心理的な強い抵抗感を感じてしまっている事に気が付いた。

それはきっと、僕自身の中で“あの戦い”が終わっていない事と深くかかわっているはずで……


僕は精一杯、なんでもない風を装って言葉を返した。


「アルラトゥとは……単に話をしただけだよ。別に彼女にスキルを封じられたりは……しなかったと思う」



夕食後、スサンナさんやポメーラさん達と共に、一旦部屋に戻ろうとしていたユーリヤさんを、僕は背後から呼び止めた。


「ユーリヤさん」


ユーリヤさんが歩みを止めてこちらを振り返った。


「どうしました?」


僕は、ユーリヤさんの傍に立つスサンナさんとポメーラさんにチラッと視線を向けながら言葉を返した。


「少し二人っきりでお話出来ないでしょうか?」


この後、今僕等が居るシードルさんの屋敷からは歩いて10分程――だけど実際は前回と同じく第380話、馬車で移動する事になるとは思うけれど――の場所にある、トゥマの政庁で、今後どう動くべきかについて、関係者を集めた話し合いが行われる事になっていた。


ユーリヤさんの目が細くなった。


「私と二人っきりで……と言っても、どうやらつやっぽい話ではなさそうですね?」


僕は思わず苦笑してしまった。


「そんな話でユーリヤさんを呼び止めたりしないですよ」

「あら? 私はそんな話でこそ呼び止めて頂きたかったのですが」


ユーリヤさんはおどけた口調でそう僕に言葉を返してきた後、スサンナさんとユーリヤさんに声を掛けた。


「スサンナ、ポメーラ、先に部屋に戻って、政庁に向かう準備をしておいて」

「かしこまりました」

「ではタカシ様、ユーリヤ様をお願いします」



数分後、僕等は一昨日第365話にも二人で会話を交わした3階のバルコニーで、並んで街のあかりを眺めていた。


「アルラトゥについて、なんですが……」


僕は単刀直入に切り出した。


「彼女は僕との会話の中で、自分は未来を“て”“る”事が出来る、と話していました」


僕の言葉を耳にしたユーリヤさんの目が、大きく見開かれた。


「未来を?」


僕はうなずいた。

アルラトゥと再会した時、僕が最終的にどのような選択をするかとは別に、彼女のこの能力については、やはりユーリヤさんには事前に伝えておくべきだ。


「彼女はその能力を用いて僕をネルガルにいざない、情勢を適宜てきぎコントロールしてきた、と」


アルラトゥが口にしていたその内容を、僕はユーリヤさんに語って聞かせる事にした。




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