第358話 F級の僕は、エレンから衝撃的な話を聞く


6月15日 月曜日16



部隊に対し、必要な指示を出し終えたらしいユーリヤさんが、僕に囁いてきた。


「少し二人でお話しませんか?」


何だろう?

僕はララノア達にその場で待つよう伝えてから、ユーリヤさんと二人、少し離れた場所へと移動した。

ユーリヤさんはそっと周囲を見回して、少なくとも僕等の小さな話し声が届く範囲に人がいないのを確認してから大きく息を吐いた。


「ようやく一区切りつきました」


微笑みながらそう話す彼女からは、先程までの剣のように鋭い雰囲気は消えていた。

皇太女として威風堂々振舞って見せていたけれど、本当の彼女は19歳の女の子だ。

なんだかんだで色々プレッシャーを感じていたのだろう。


「お疲れ様です」


ついねぎらいの言葉が口をついて出た。


「タカシ殿こそ、お疲れ様です。今日は朝から大活躍でしたよね? ここへ来る途中、居眠りしてオロバスから落ちないかと少々心配しておりました」


冗談とも本気とも取れる、おどけた雰囲気でそう口にした彼女は、そのまま言葉を続けた。


「ところで、今日の午後、でしたよね? アリアさんとクリスさんがトゥマに到着するのは?」

「はい。その予定なんですが……」


ユーリヤさんの言葉で、僕は今日、朝から二人と連絡が取れなくなっている事を改めて思い出した。

そんな僕の僅かな心の動きを感じ取ったのか、ユーリヤさんが、やや怪訝そうな雰囲気で問いかけてきた。


「何か心配な事でも?」

「実は、二人と連絡が取れなくなっているのです」

「連絡が?」


ユーリヤさんの目が少し細くなった。


「あんまり連絡取れないので、トゥマに向かって南下中にキリル中佐の部隊と行き会って、何かトラブルにでも巻き込まれたのかも、なんて思ったりもしていたのですが……」


残念ながら、キリル中佐の部隊が不審者と遭遇してトラブルを起こした、という話は無さそうだった。


「最後に連絡を取ったのはいつですか?」

「最後……」


僕は記憶を呼び起こしてみた。


「昨晩、ルーメルの宿屋に滞在していたアリアと念話を交わした第341話のが最後ですね」


ユーリヤさんが、じっと何かを考え込む仕草を見せた。


「ユーリヤさん?」


僕の声掛けに、ユーリヤさんがハッとしたように顔を上げた。


「あ、ごめんなさい」

「もしかして何か心当たりが?」


ユーリヤさんは首を振った。


「いいえ。ですがもし、今後もアリアさんやクリスさんと連絡がつかないまま、彼女達がトゥマにも到着しないとなると、少し考え直さないといけなくなりますね……」

「考え直す?」

「はい。私は、クリスさんの転移能力を当てにした行動計画を立てていたので、その見直しが必要になるかな、と。例えば、州都リディアや帝都にどのような形で乗り込むか、とか……」


話しながら、ユーリヤさんが、申し訳無さそうな顔になった。


「ごめんなさい。タカシ殿にとっては大事なご友人の事、計画の一要素みたいな言い方をしてしまいました」


ユーリヤさんにとって、クリスさんは念話で少し話しただけ、アリアに至っては名前しか情報を持ってはいないはず。

二人に対する思い入れに関して、僕と温度差があるのは仕方の無い事だろう。


「気にしていないので、大丈夫ですよ」


彼女は、自身の出自ハーフエルフ競争相手皇弟ゴーリキーという大きな壁に立ち向かい、呪殺されかかってもなお、運命を切り開こうとしている。

そんな彼女だからこそ、力を貸そうと思ったわけで。

まあ、今は連絡が取れない二人だけど、案外、『二人の想い(左)』をどこかで失くしてしまった、とかそんなオチになる可能性の方が高そうな気がする。



午後2時、アガフォン中尉達に見送られ、僕等はユーリヤさんと一緒に、来た道をトゥマの街に向けて引き返し始めた。

疾走するオロバス上で、僕はふと思いついてエレンに念話を送ってみた。


『エレン……』


彼女とは昨日第331話、嘆きの砂漠に生じている黒い結晶絡みで話をして以来だ。

一瞬、彼女とも念話が交わせなくなっていたらどうしよう、と身構えてしまったけれど……


『タカシ?』


すぐに彼女からいつもと変わらない念話が返ってきた。

僕は内心ほっとしながら念話を送り返した。


『どう、そっちは?』

『相変わらず。ところで、嘆きの砂漠の件はどうなったの?』


嘆きの砂漠の件……

そういや、エレンにはあれからクリスさんの調査結果は伝えていなかったっけ?


『クリスさんに見て来てもらったんだけどね……』


僕は嘆きの砂漠で何があったかについて、クリスさんが述べた推論をエレンに伝えた。

そしてついでに、昨日、トゥマの街に到着した事、

しかし今朝になって、モンスター数千の襲撃を受けた事、

さらに今、クリスさんとアリアの二人と連絡が取れなくなっている事について順々に説明した。


『……おかしい』


僕の少し長くなってしまった話を聞き終えたエレンが、一言そう口にした。


『おかしい?』


しかしエレンは、何がおかしいのかについて触れずに、いきなり話題を変えてきた。


『そう言えばあなたは、初めは州都モエシアでクリスと落ち合う予定だったのではないの?』

『そうなんだけどね』


僕は州都モエシアが壊滅した事を、エレンに伝えてはいなかった。

それは必然的に、州都モエシアを滅ぼした“エレシュキガル”について触れざるを得なくなるわけで、

その“エレシュキガル”が、500年前の故事をなぞるかの如く、ネルガル全土に滅びを告げた事も語らざるを得なくなるわけで、

もちろん、エレンは気にしないのかもしれないけれど、結局、僕の勝手な思い過ごしで彼女に伝えそびれてしまっている。


良い機会だ。

エレンには全てを説明するべきだろう。


『エレンにネルガルでの僕の体験を“視せる”事って可能かな?』


神樹の間に籠る前、僕とパスで繋がっている彼女は、僕が心の中で思い描いたモノを、鮮明に感じ取る事が出来ていた。


『今は無理。私達を護る結界と、その外側でアールヴが行っている呪法の影響で、あなたと周囲の状況がぼんやりと伝わって来る程度にしか感じ取れない』

『そっか……』


ならば長くなるけれど、彼女には、念話で説明せざるを得ないだろう。


『実はね……』


僕はそれからたっぷり30分程かけて、既にエレンが知っている話も含めて、ネルガルに来て以来、体験した事を時系列で説明した。

僕の話を聞き終えたエレンが、念話を返してきた。


『やはりおかしい』

『おかしい? さっきもそう言っていたけど?』

『まるで何者かが、あなたをネルガルに足止めしようとしているように感じられる』

『足止め? 何のため?』

『狙いは不明。だけどあなたがクリスと落ち合うまさにその日にモエシアが滅ぼされた。そして今日も又、トゥマで落ち合うはずのクリス達と連絡が取れなくなっている。結果的に、あなたは当分ネルガルから出られない』

『クリスさん達の件は、もしかしたら単に念話の魔道具をくした、とかじゃないのかな?』

『それは今日、クリス達がトゥマに到着するかどうかではっきりする。もし彼女達が到着しなければ、何者かが彼女達を襲撃、或いは拉致した可能性が出て来る』

『!』


クリスさん達を襲撃? 拉致?

僕の見るところ、クリスさんはこの世界イスディフイでもトップクラスの強者の一人だ。

正確なレベルはわからないけれど、攻守ともに強力な魔法を使用する事が出来て、しかも転移能力を有する彼女は、僕等の世界地球でいうところの、S級に相当するはず。

彼女が何者かに敗北する姿を想像する事は、はっきり言って難しい。


『おかしいのは、あなたがネルガルに転移するきっかけを作った魔道具についてもそう。クリスが痕跡を探れなかった第276話のは、何者かが周到な準備の下、あなたを転移させ、その痕跡を拭い去った事を意味している。嘆きの砂漠に生じている黒い結晶体の周囲で何者かが行った儀式と基本的な手口は同じ。だけど一番おかしいのは、その何者かは、なぜあなたが魔法屋でその魔道具を手に取り、なおかつ魔力を注入すると確信出来ていたのかと言う事。確信出来ていなければ、準備自体が無駄になる』


エレンの言葉に、思わず背中がゾクリとざわついた。

得体のしれないその何者かは、あらかじめ僕がどう行動するのか知っていた、とでも言うのだろうか?


『モエシアを滅ぼした“エレシュキガル”が本物とは思えないけれど、嫌な予感がする。今日クリス達と落ち合う事が出来なければ、必ず私に教えて。場合によっては、光の巫女と相談して、私があなたを迎えに行く』


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