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第322話 F級の僕は、関谷さんの人間としての強さを知る
第322話 F級の僕は、関谷さんの人間としての強さを知る
6月13日土曜日6
ティーナさんとの会話が一段落ついたところで、僕は改めて今の時刻を確認した。
午前10時22分。
そろそろ向こうで朝食が出来上がる頃合いでは無いだろうか?
どうしよう?
関谷さんへの連絡は、向こうで朝食食べてから……の方がいいかな?
少し迷った後で、ティーナさんに声を掛けた。
「とりあえず一度向こうの様子見て来るよ。多分30分程でこっちに戻って来られると思うから、それから関谷さんに連絡するよ」
「OK!」
「ところで、記憶の中で見せてくれたボイスレコーダー、今、誰が持っているの?」
関谷さんが持っていれば、彼女の性格からして、僕のアパートに直接手渡しに来るはずだ。
それは時間的ロスとして、今からの予定に組み込む必要が有りそうだけど……
そんな事を考えていると、ティーナさんが、懐から銀色の細長いボイスレコーダーを取り出した。
「コレの事でしょ? ちょっと曹悠然の声紋分析に使用したいから、私が預かっておいてもいい?」
記憶の中で曹悠然とのやりとりは見せてもらったし、今の時点でわざわざボイスレコーダーの録音を聞く必要性は感じられない。
「了解」
僕はチャットアプリを起動して、曹悠然に返信した。
―――『申し訳ありません。検討させて頂きましたが、今回は参加を辞退させて下さい。なお、お聞きした内容に関しましては、関谷、エマ両名含めて、他言しない事、お約束させて頂きます』
「どうかな、これで?」
僕はティーナさんにメッセージを見せてみた。
「なかなかいいんじゃない?」
それじゃあ、送信……
そのタイミングで、チャットアプリに新しいメッセージが届いた。
送信者は関谷さんだ。
『もう帰って来たの?』
そっか。
関谷さんが朝送ってくれた
それに気付いた関谷さんが、もう一度メッセージを送って来たのだろう。
―――『今帰ってきた所でまだバタバタしているから、30分位したら電話するよ』
僕はティーナさんに別れを告げると、【異世界転移】のスキルを発動した。
オロバスに跨り、野営地に戻って来ると、焚火の周りに人が集まっているのが見えた。
僕の帰還に一足先に気付いたらしいララノアに出迎えられながら、焚火に近付いた僕は、皆に挨拶をした。
「おはようございます」
「タカシ殿か。朝の見回り、ご苦労様」
ボリスさんが笑顔で
僕は心の中でボリスさんに頭を下げた。
僕が戻ってきたタイミングで、集まっていた皆に、朝食が次々と手渡されて行く。
焚火と暖かい煮込み料理が、僕の体を芯から温め直してくれた。
食事を終えた僕は、ターリ・ナハとララノアの二人と一緒に一旦、テントへと戻ってきた。
そして二人に留守を託してから、再び【異世界転移】のスキルを発動した。
予定通り、午前10時50分にはボロアパートに戻って来る事が出来た僕は、充電器に繋いでおいたスマホを手に取り、関谷さんの電話番号をタップした。
数回の呼び出し音の後、関谷さんが電話に出た。
『もしもし、中村君?』
「関谷さん、おはよう。今朝は色々ありがとう。凄く助かったよ」
『ううん。中村君の役に立てたのなら、私も嬉しいというか……それで曹さんと話した内容なんだけどね……』
恐らく、曹悠然と話した内容を細かく説明してくれそうな気配を感じた僕は、やんわりと言葉を
「内容は全部把握しているから、大丈夫だよ」
『内容を……? もしかして、もうエマさんからボイスレコーダーの録音、聞かせてもらったの?』
ボイスレコーダーは、ティーナさんがハワイに持って帰ってしまったけれど。
「うん。関谷さんとこうして話をする前に、一応全部聞いたよ」
『エマさん……まだそこにいるの?』
探りを入れるような関谷さんの声。
僕は、ティーナさんの記憶の中で見せてもらった関谷さんの“僕に対する想い”を思い出してしまった。
「エ、エマさんはもうとっくに帰ったよ。というか、ボイスレコーダー持って来てくれて、玄関で受け取って、すぐ帰ったというか……」
思わず、言い訳めいた話を作ってしまった。
『そうなんだ』
少し安心したような関谷さんの声。
『ボイスレコーダーだけじゃ分かりにくい所とか無かった?』
「そうだね……」
彼女はわざわざ僕の代理人を引き受けてくれた。
ここは当然、何か質問をするべき場面なのだろうけれど、既にこれ以上無い位臨場感あふれる形で、僕は朝の会談の内容を把握してしまっている。
それに先程から妙に関谷さんを意識してしまっている事もあいまって、何も思いつかない。
仕方ない。
ティーナさんの目を通しては見えなかった事項について聞いてみよう。
「え~と……そうだ、エマさんってどんな感じだった?」
『エマさん? 最初は少しだけ冷たそうな雰囲気だったけど、話してみると、凄く素敵な女性だったわ』
「そっか。でもごめんね」
『どうしたの? いきなり』
「いや、昨夜は僕もちょっと忙しくて慌てていたからさ。今考えると、いきなり初対面の人と二人で中国のS級に会ってきてって、我ながら無茶ぶりだったな~と」
『ふふふ、中村君でも慌てるんだ』
それは買い
何かあれば、とりあえずいつも慌てているんだけど。
『それで中村君、どうするの?』
「どうするのって?」
『曹さんからのお誘い。チベットで中国の作戦に参加しないかって』
「ああ、もう断ったよ」
『そう……なんだ』
関谷さんの声音に少しばかり戸惑いが混じって聞こえた。
「もしかして関谷さん的には、僕に参加して欲しかった……とか?」
『そういうんじゃ無いんだけど……』
なんだろ?
どうも歯切れが悪い感じだ。
『その……私としては、もちろん、中村君に危ない目に合って欲しくないし、曹さんからのお誘い受けるかどうかも、最終的には中村君が決める事だって分かっているんだけど……』
僕は黙ったまま、関谷さんの話の続きを待った。
『……私達の世界って、もしかして相当危険な状態にあるの?』
僕の心臓が跳ね上がった。
「どうして、そう思ったの?」
『中村君、ここの所忙しかったのって、一人でチベットやミッドウェイのスタンピードについて調べ回っていたからなんでしょ?』
見せてもらった記憶の中で、僕の最近の忙しさの理由付けとして、ティーナさんはそう
本当は異世界で色々ややこしい事に巻き込まれているからなんだけど、それを全て説明する心の準備はまだ整っていない。
だから僕は、ティーナさんの説明に乗っからせてもらう事にした。
「まあ、そうだね」
『それに曹さんも、今回チベットで計画している新しい作戦について、人類全体の問題だって話していたし』
少しの間を置いて、関谷さんが言葉を続けた。
『もし本当に私達の世界が危険な状態で、それを曹さん達がなんとかしようとしていて、中村君がそれに参加する事で、より成功率が上がるのなら……私に出来る事ならなんでも手伝うから、中村君も……ってごめんね。今のは忘れて』
「関谷さん……」
ふいに自分が恥ずかしくなった。
彼女にこの世界の真実を告げて巻き込みたくないなんて言っているけれど、それは結局、彼女の事を所詮、ただのC級のヒーラーって軽んじている事と同義なわけで……
だけど実際の彼女は見た目の柔らかさとは裏腹に、こんなにも強い心の持ち主だ。
「今度さ……」
『何?』
「きちんと時間作って、全部説明するよ。それ聞いてもらってからで全然いいんだけど、もし良かったら……これからも色々助けてもらえたら嬉しいなって思っているんだ」
『ホントに? 本当に私なんかが中村君の事、手伝ってもいいの?』
「関谷さんでなきゃだめなんだ。ほら、こういうのって、一人で出来る事って限界あるし」
それは本当に今、身に染みて感じている。
『中村君にそんな風に言ってもらえるなんて夢みたい』
「大袈裟だな……」
言葉を返しながら、ティーナさんの記憶の中で見た、関谷さんの僕への想いを思い出して、知らず顔が赤くなった。
「話を戻すけれど、今回は事情があって、曹悠然の提案に乗らないって決めたんだ」
『うん。分かった』
「それと、今度もっとちゃんとした形でエマさんを紹介するよ。時間作るから、三人で食事でもしながら話そう」
『ふふふ、楽しみにしているわ』
「それじゃ、ちょっとまた出掛けなきゃいけないからさ。何かあったら、チャットアプリの方にメッセージ、入れておいて」
『分かったわ。無理しないでね』
電話を切った僕は、再び【異世界転移】のスキルを発動した。
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