第319話 F級の僕は、ティーナさんと関谷さん、二人の想いを見せられる


6月13日土曜日3



私は、自身の内に秘めたる思惑をおくびにも出さないように気を付けながら、関谷さんとの会話を続けた。

そして今日のスケジュールをお互い再確認した後、あらかじめ用意しておいた1枚の紙を取り出した。


「コレ、中村さんから関谷サンにって預カッテキたモノです」


その紙には、今日、曹悠然から聞き出すべき内容が、日本語のワープロソフトを使用して打ち出してあった。



1.チベットで、実際どのような作戦が計画されているのか?

2.黒い結晶体の性能等について、どこまで把握しているのか?

3.黒い結晶体に対して、どう対処するつもりなのか?

4.中村隆に対する具体的な要望は何か?

5.均衡調整課の嘱託職員である中村隆に、なぜ直接声を掛けてきたのか?



もちろん、この“質問書”の作成者は私だ。

中村さん云々は、関谷さんに“私は中村君の代理人なんだ”っていう自覚をうながしてあげるフレーバー代わりに口にしただけだ。

一応会って早々、私は曹悠然との握手を通じて、彼女の記憶をのぞくつもりでいる。

しかしそれが必ずしも上手くいくとは限らない。

私が彼女の立場なら、正体不明の相手との不用意な身体的接触は避けるだろう。

つまり、そもそも握手自体を拒否されるかもしれない、という事だ。

それに、もし握手を交わす事が出来たとしても、彼女のステータス――特に“魔防”の数値第1話参照――が、私達ERENの想定より高過ぎた場合、記憶を覗くのに失敗する可能性がある。


それはともかく、最初に曹悠然の記憶を覗けるかどうかに関わらず、私は彼女との対話を試みるつもりだ。

記憶を覗くのに成功すれば、その後曹悠然が語る内容は、“おおやけにして良い情報”であり、曹悠然が語らない内容は、“秘密にしたい情報”である、と分析する事が出来る。

また、記憶を覗くのに失敗した場合は、当然、曹悠然との実際の対話が重要な意味を持ってくる。


そんなわけで、私はこの“質問書”を用意した。


箇条書きにされたその“質問書”を受け取った関谷さんが、不安そうに口を開いた。


「ここに書かれているチベットでの作戦とか、黒い結晶体って……エマさん、中村君から何か聞いていますか?」

「私も詳しくは聞いてナイノデスガ……どうやら中村サン、今世界中で起こっているスタンピードについて、一人で色々調べ回っテイルミタイなんですよ。ダカラ今朝もその関係で出掛けテイルらしいデスヨ」

「そうだったんですね……」

「私は偶然、彼ガソウイッタ事情に関わっテイル事を知っタノデすが……」


私は関谷さんの反応を確かめながら言葉を続けた。


「全部一人で抱え込んデイルミタイで……」


はたして関谷さんの顔に、憂いにも似た感情が浮かぶのが見て取れた。


「やっぱり中村君、一人で……」

「でもコウヤッテ関谷さんに代理人を頼んだのは、彼の考エニモ少し変化が生じてきた証拠カモ」

「考えに変化……ですか?」

「きっと中村サン、自分一人で抱えキレナクナッテ、誰かに手伝って欲シイッテ思ったのでは? その時真っ先に心の中に浮カンダノガ関谷さんだったのかな、と」

「えっ? 私なんてそんな……でも中村君が私なんかを頼ってくれるなら嬉しいというか……」


私の心の中にさざ波が立つ。


「もシカシテ関谷さん、中村サンノ事……」

「そ、それは……その……」


関谷さんが再び真っ赤になってうつむいた。

……これだけ分かりやすいのに、なぜにあの鈍感男――確か、日本語だと、唐変木とうへんぼくって言うんだっけ?――は彼女の気持ちに気付かないのだろう?

さざ波の波高が、次第に高くなっていく。


「アナタノ想いが、彼に届く日が来るトイイですね」

「ありがとうございます。エマさんって、優しい方なんですね」


関谷さんの返事を聞いた私は、激しい自己嫌悪に陥った。

もはやさざ波とは言えない、巨大なうねりが心の中をかき乱す。

本心では彼女の想いが彼に届く日が来る事を、少しも望んではいない。

だけど同時に、彼女の想いを自分の都合の為にこうして利用しようとしている。


落ち着こう……

まずは曹悠然の持つ情報を手に入れる事に全力を傾けるべきだ。


「トリアエズ、まずは曹サンの話を聞きに行キマショウ。その上で、中村さんから託サレタコノ質問を相手にぶつケテミマしょう」

「分かりました」

「質問は、関谷さんが行って下サイ。その際、特に黒い結晶体について向コウカラ何か聞かれても、ノーコメントで押し通して下サイ」

「ノーコメント?」

「はい。相手にヘンな言質げんちを与えナイタメニも、私達はアクマデモ中村さんの代理人であり、単なる伝書鳩ダトイウ感じで振る舞いましょう」

「そうですね。どのみち、事情がよく分からないのは本当ですし」


これでよし。

関谷さんメインで会話してもらい、私はその補佐に当たる。

曹悠然は私がそうであるのと同様、当然、私達からも情報を引き出そうと試みるだろう。

けれど、元々何も知らない関谷さんから有益な情報など引き出しようがない。

それでも曹悠然が妙な誘導尋問を仕掛けてくるようなら、その時は私が適時口を挟んでそれを妨害する。


私は懐からボイスレコーダーを取り出した。

あらかじめ日本の電気屋で購入しておいた量産品だ。


「会話はコレに記録させてモライマシょう」



時刻は午前7時40分。

ここからJMマリオネットホテルは、車で10分かからない。

時間的にはちょうど良い頃合いだ。

連れ立って部屋を出た私達は、関谷さんの車でホテルに向かう事にした。



ホテルの地下駐車場に車を停め、関谷さんと一緒にエレベーターで1階のロビーへと上がってきた私は、曹悠然を見付ける前に、警戒すべき人物がその場に居合わせている事に気が付いた。


四方木英雄。

N市均衡調整課の責任者を務めるA級の能力者だ。


その彼が、何気ない風を装いながら、10m程先で、一人でロビーのソファーに腰かけ、新聞を広げている。

幸いな事に、こちらに背を向けている彼が、私達に気付いた様子は無い。

私は関谷さんの袖をそっと引いた。


「関谷さん、チョット……」

「どうしました?」


四方木の存在に気付いて無さそうな関谷さんが、不思議そうな顔をした。


「先にお手洗い済まセテオキマセんか?」

「? 分かりました」


私は関谷さんを連れて、ロビーの隅に設けられた女子トイレへと向かった。

扉を開けると、幸い、私達以外に利用者はいないようであった。

私は改めて、関谷さんに話しかけた。


「スミマセン、ロビーに均衡調整課の四方木サンガイラッシゃったので……」

「四方木さんが?」

「はい。後ろ姿でシタケレド、多分間違いないデス」

「偶然、四方木さんもどなたかとここで待ち合わせ……って事でしょうか?」


う~ん、残念!

それは不正解ですよ、関谷さん。

まあ私としても、四方木がここにいるのは意外だったけれど、彼がこの場にいる理由は恐らくただ一つ。

このホテルに宿泊している曹悠然達を見張る事。

見張ると言っても、あれだけ平然と座っている所を見ると、“見張っているぞ”っていうプレッシャーをかけるのが真の狙いだとは思うけれど。

大方、均衡調整課としては、中国国家安全部第二十一局に、日本で好き勝手――例えばS級の引き抜き――なんかをさせないぞという意思表示のつもりだろう。


今の私は、当然姿を変えている。

髪は赤毛に染めてあるし、黒ぶち眼鏡をかけて、顔に少しそばかすもまぶしておいた。

肌の色もほんのり小麦色だ。

つまりパッと見、私と気付かれる事は無いはず。


しかし、四方木はまずい。


彼はユニークスキル【看取かんしゅ】を持っている。

私が以前、握手を介して知った第141話ところによると、彼はこのスキルを用いる事で、相対あいたいする人物のステータス値を、かなり正確に知る第204話事が出来る。

そしてこのスキルは、どうやら相手がステータスを【隠蔽】しようが、相手がS級であろうが、おかまいなしに発動可能のようだ。

つまり彼に接近されれば、私の正体がステータス値から暴かれてしまう。


アメリカのS級ティーナ=サンダース中国のS級曹悠然の密談を目撃した四方木が、永遠に傍観者の立場に留まり続けるはずがない。


少し考えた私は、関谷さんに提案した。


「トニカク、四方木さんに、私達が曹悠然と会う所を見らレルノハマズいと思います」


関谷さんもうなずいた。

彼女としても、タカシが今まで単独で抱え込んできた(という事になっている)案件を手伝っている最中だ。

今回の曹悠然との話し合いも、秘密裏に行われるべきだという点は、理解してくれているらしい。


「今カラ曹悠然に電話シテ、私達の今の状況を伝えて下サイ」

「分かりました」


関谷さんはスマホを取り出すと、私があらかじめ伝えてあった曹悠然の電話番号をタップした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る