第314話 F級の僕は、ユーリヤさんとクリスさんの念話を“聞く”


6月12日金曜日10



“エレシュキガル”が州都モエシアにいる?


ユーリヤさんの言葉は、僕には意外に聞こえた。


「どうしてそう思われたのですか?」

「“エレシュキガル”は、人間ヒューマンによる帝国の支配をくつがえし、“聖なる民奴隷階級”による王国を建設する、と宣言していました。ならば、いずれかの地に拠点“王都”を構える必要があるはずです。大陸の中央部に位置する州都モエシアは、地政学的な意味で交通の要衝に当たります。最初にこの都市に対する攻撃を行い、今、魔法結界で護っているのは、ここに最初の拠点を構えるつもりだからに違いありません」

「ですが……」


州都モエシアは、僕の目の前で、“エレシュキガル”自身により破壊された。

無傷で手に入れたのなら、その街の施設等利用出来るかもしれないけれど、瓦礫の山を拠点にして、どうするつもりなのだろうか?


「私の推測が正しければ、恐らく州都モエシアの破壊は一部に留まっているはずです」

「一部だけ破壊? それはどういう意味ですか?」

「その質問に答えるには、もう少し情報が必要です……。タカシ殿、そのご友人と私とで直接念話を交わす方法は無いでしょうか?」

「直接……ですか?」


唐突な提案に少し戸惑ったけれど、よく考えてみれば、これはクリスさんとユーリヤさんとを“引き合わせる”良い機会になるかもしれない。


「分かりました。クリスさんにちょっと確認取りますね」


僕は右耳に装着した『二人の想い(右)』に指で触れながら、再び念話を送った。


『クリスさん、実はユーリヤさんがあなたと直接話したいそうです』

『“ユーリヤ”さんが? 何かワケありみたいだね』

『その辺含めて、直接本人から話を聞いてもらっても構わないですか?』

『僕の方は構わないよ』


僕は右耳から『二人の想い(右)』を外すと、ユーリヤさんに手渡した。


「これもカロンの遺産の一つです。右耳に装着して、指で触れながら念話を送ると、対になるイヤリングを装着している相手と念話を交わす事が出来ます」


ユーリヤさんは、しばらく『二人の想い(右)』の感触を確かめるように手の中で転がした後、自分の右耳に装着した。

『二人の想い(右)』が光ったりはしなかったけれど、装着前に、彼女の持つ“モノの来歴を視る能力”で、自身に害を及ぼすアイテムでは無い事を確認してみたのかもしれない。


「初めまして。私は帝国の第一皇女、ユーリヤ=ザハーリンと申します。改めてお名前をお伺いしても宜しいですか?」


ユーリヤさんが、目の前でパチパチ燃えている焚火に向かって話し始めた。


「ユーリヤさん?」


僕の向けた視線を受けて、ユーリヤさんが微笑んだ。


「タカシ殿には、隠し事をしないと決めました。ですから、私がご友人に送る念話の内容も全て聞いて頂こうと思いまして、直接声に出しています」


それからユーリヤさんは、自身の置かれている今の状況について詳しく説明し始めた。

それについて、どうやらクリスさん側からいくつかの質問を受けたらしく、それに対しても丁寧に答えていく。

さらにユーリヤさんは、クリスさんの能力、“エレシュキガル”について、そして、州都モエシアの現状について、次々と質問をぶつけていった。


二人の念話は、10分程で終了した。


ユーリヤさんは、右耳から外した『二人の想い(右)』を僕に返しながら、言葉を掛けてきた。


「ありがとうございました。クリス殿との念話で、私の推論が正しいと確信を持つ事が出来ました」

「つまり、州都モエシアは完全には破壊されていない?」


ユーリヤさんが頷いた。


「州都モエシアを、単なる見せしめ目的で完全に破壊したのなら、わざわざ転移を阻害出来る強力な結界を張り続ける必要はありません。瓦礫の山を護っても、意味はありませんから」


それは全くその通りだ。


「では、先程おっしゃっていた一部だけ破壊された、というのは?」

「言葉通りです。タカシ殿は、州都モエシアの城壁が破壊され、街が炎で包まれているのを見たのですよね?」

「そうです」


僕は、今朝見た情景を思い出した。

州都モエシアは城壁が崩れ去り、全域が紅蓮の炎に包まれ、黒煙が天を焦がしていた。

【看破】で確認はしなかったけれど、アレが幻だったとは、到底思えない。


「例えばこういうのはどうでしょう? 街の中心部、つまり、重要施設が集中しているエリアをあらかじめ強力な防御結界で包み込んでおく。そして街に対して禁呪を使用する。そうすれば、街の外縁部と城壁は破壊されますが、中心部は無傷で残ります。破壊された外縁部から上がる炎と黒煙が、無傷の中心部を覆い隠し、遠目には街全体が破壊されたように見えるはずです」

「なるほど……」

「問題は、禁呪に耐え得る程の防御結界を張る事が可能かどうか、ですが、タカシ殿のご友人、クリス殿の意見によれば、不可能では無い、と。ただし、相当に強力な術者や術具、入念な準備期間が必要になるはずだ、とも教えてくれました」


つまり、“エレシュキガル”は事前に周到な準備を行った上で、州都モエシアを占領目的で攻撃した、という事だろうか?

いずれにせよ、“エレシュキガル”が容易ならざる敵である事に変わりは無さそうだ。


「“エレシュキガル”が州都モエシアを拠点としている、と帝国側に広く知られるには、普通なら相当な時間がかかるはずです。この地から帝都まで、“通常の移動手段早馬を飛ばしても”で最低、10日はかかりますから。恐らくその間に、“エレシュキガル”は属州モエシアを制圧し、着実に帝国の支配を侵食していくつもりでしょう。だからこそ、出来るだけ早く帝都に戻り、“エレシュキガル”討伐の軍を起こす必要があります」


通常の手段で10日……

しかし通常ではない手段、例えば“転移”すれば、帝都までの距離と時間はゼロになる。

ユーリヤさんは、僕に助力を求めるのと同時に、転移能力を持つクリスさんにも助力を求めたいと話していた。


「そう言えば、さっきの念話の中で、クリスさんに手伝って欲しいって話、されましたか?」


ユーリヤさんは、最初の宣言通り、クリスさんとの念話を全て声に出しながら行っていた。

しかし、僕の聞いていた限りでは、そういった話題は出ていなかったはず。

案の定、ユーリヤさんが首を振った。


「その件に関しましては、タカシ殿からお話してもらえないでしょうか?」

「それはまた、どうしてですか?」


せっかくだから、自分で頼めば話が早いと思うのだけど。

ユーリヤさんが微笑んだ。


「あなたは私にとって、側近達以外で初めて信頼に値する人物だと思えたお方です。私達の窮地を救い、私自身を二度に渡って解呪して下さいました。呪具の所在も暴き出し、私のスサンナに対する想いにも理解を示して下さいました。こうして会話を重ねてみても、その想いは強まるばかりです」

「買いかぶり過ぎですよ」


或いは、意地悪な見方をすれば、僕を強者とみなして、機嫌を取っている? と言うのは、さすがに考え過ぎかもしれないけれど。

だめだ。

どうもF級と馬鹿にされていた時のひがみ根性が、心のどこかにまだ残っているのかもしれない。


自分の小ささに改めて気付かされた気がして、僕は知らず苦笑していた。

そんな僕の心の動きを恐らく知るよしも無いであろうユーリヤさんが、言葉を返してきた。


「ふふふ、御謙遜を。とにかく私はあなたを深く信頼しております。もちろん、クリス殿との念話で、彼女が素晴らしい人物であろう事は、私にも理解出来ました。ですが、クリス殿とはまだ直接お会いしたわけではありません。ですからやはり私としては、あなた自身がお力を貸して下さるかどうかの判断も含めて、あなたに全てを一任したいのです」

「一任して頂いても、クリスさんが協力してくれるとは限りませんよ?」


クリスさんは、“エレシュキガル”との戦いは手伝ってくれると即答してくれた。

しかし、ユーリヤさん個人の為に、どこまで手伝ってくれるかは今の所、未知数だ。


「あなたが最終的に私の力にはなれない、と判断した場合も含めて、全て運命だったとして受け入れます」


まっすぐ僕に向けられているユーリヤさんの翡翠ひすい色の瞳を通して、彼女の真摯しんしな心が垣間見かいまみえた気がした。


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