第164話 僕は、再び魔王エレシュキガルに会いに行く


5月28日 木曜日3

第4日目――7



{蟆∫・槭?髮キ}を解放する条件が揃いました。

解放しますか?

▷YES

 NO



僕の目前には、奇妙なポップアップが立ち上がっていた。


{蟆∫・槭?髮キ}?


なんだろ?

文字化け……?


僕はエレンに話しかけた。


『エレンも見えてる?』

『見えてる』

『これ、読める?』

『読めない。私の知らない文字。あなたの世界の文字じゃないの?』

『違うよ。多分、文字化けしてると思うんだけど……』


言いかけて、僕はステータスを呼び出した。



―――ピロン♪



Lv.105

名前 中村なかむらたかし

称号 {異世界の勇者}

性別 男性

年齢 20歳

筋力 1 (+104、+52)

知恵 1 (+104、+52)

耐久 1 (+104、+52)

魔防 0 (+104、+52)

会心 0 (+104、+52)

回避 0 (+104、+52)

HP 10 (+1040、+520、+1000)

MP 0 (+104、+52、+100、+10){+∞}

使用可能な魔法 {蟆∫・槭?髮キ}

スキル 【異世界転移】【言語変換】【改竄】【剣術】【格闘術】【威圧】【看破】【影分身】【隠密】【スリ】【弓術】【置換】{転移} {俯瞰} {察知} {浮遊}

装備 光の剣 (攻撃+400)

   光の兜 (防御+150)

   光の鎧 (防御+800)

   光の盾 (防御+300)

   インベントリの指輪

   月の指輪

効果 一定の確率で耐性の無い相手に一撃死 (光の剣)

   MP+100 (光の兜)

   HP+1000 (光の鎧)

   一定の確率で相手の攻撃を物理魔法問わず完全に防御 (光の盾)

   MP10%上昇 (月の指輪)

   ステータス常に50%上昇 (エレンの祝福)

   即死無効 (エレンの祝福)

セット効果 状態異常回避100% (光の武具 4部位)



……確か、使用可能な魔法に謎の文字化け魔法が付加されていたはず。


視線を下に進めようとした僕は、途中で違和感を抱いた。

ステータス値に変化が生じている。


エレンの祝福?

いつの間に?


『エレン、これなんだか分かる?』


僕は、ステータスウインドウの中の“エレンの祝福”を指差した。


『私には、誰かを祝福してあげる資格も能力も無い。だけど……』


僕の心の中に暖かい何かが広がっていく。


『あなたが私に生きる道を示してくれた時、私のあなたへの想いがあふれ出した。もしかしたらそのせいかも』


身体を共有しているからこそ伝わってくる“エレン”のあからさまな好意に、僕は少しドギマギしてしまった。

それは当然、“エレン”にも伝わってしまう訳で。


『ごめんなさい。あなたを困らせるつもりじゃない事だけは分かって欲しい』

『エレンが謝る事じゃ無いし、別に困る事も無いというか……そうそう、文字化け』


僕は話題の転換を試みた。

確か、使用可能な魔法ってところに……



使用可能な魔法 {蟆∫・槭?髮キ}



やはり文字化け具合?が同じだ。

という事は、ポップアップしているのは、この魔法を“解放”するかどうかを聞いてるらしい。


僕は▷YESをクリックした。

新しいポップアップが立ち上がった。


―――ピロン♪



{蟆∫・槭?髮キ}の解放を開始します。

…………

……



文字化けが“解放”されていく……



{封∫・槭?髮キ}

{封∫・の髮キ}

{封∫・の雷}


……{封神の雷}の解放を終了します。



僕は、{封神の雷}の部分にそっと指で触れてみた。

説明文が表示された。



{封神の雷}:自身のHP全損と引き換えに、いかなる相手をも封印してしまう事が出来る。



いかなる相手も封印!

もしかして、“魔王エレシュキガル”ですら封印できるのでは?

しかしその代償は、“自身のHP全損と引き換え”だ。


HP全損したら、やっぱり……


『死んでしまう』


“エレン”が僕の思考の続きを呟いた。


『やっぱり?』

『HP全損は死を意味する。死んだら終わり。いかなる手段を使用しても、死からの完全蘇生は不可能』


使用すれば引き換えに僕が死ぬ魔法。

しかし、このタイミングでこの魔法が使用可能になるって事は、やはりこれ封神の雷使って、魔王エレシュキガルを封印しろって事なんじゃ……ってあれ?


今までもそうだったけれど、僕が新しい何かを獲得するのって、タイミングが良すぎる事が多い。

まるで誰かがお膳立てしているような。

この世界をエレシュキガルが創造し、イシュタルが奪ったという話が本当なら……

彼女達なら、僕に適時、都合よくスキルを与えて、その道筋を整えたりする事も可能なのではないだろうか?

だとすれば、{封神の雷}を用意したのは、エレシュキガルでは無く、イシュタルの可能性が高い。

もしあの双翼の女性がイシュタルならば……エレンの事を気に掛けていた彼女なら、使用すれば即死するような魔法を、何の安全装置も準備せずに僕に与えるだろうか?


僕はここで“エレンの祝福”が急に付加された事を思い出した。

思い返せば、“エレンの祝福”獲得が、{封神の雷}の解放条件だったのでは無いだろうか?

そして、“エレンの祝福”は即死無効の効果を僕に与えてくれている。


『即死無効って、もしかして{封神の雷}を使用した時の代償HP全損を無効化してくれたりしないかな?』

『ごめんなさい。私には判断できる材料が無い』

『そっか……まあでも、信じて使ってみるしかないかな』

『待って! もしかして、{封神の雷}を使うの?』

『この流れから行けば、使わざるを得ないというか』

『{封神の雷}の代償HP全損を即死無効で無効化できなかったら、あなたは死んでしまう。あなたが死ねば、あなたの中にいる私もきっと消滅する。ならばやっぱりまず魔王エレシュキガルを殺してから……』


それだと、どう転んでも“エレン”は消滅する事になる。

と言う事は……


『{封神の雷}使用しても、きっと僕は死なないよ』

『どうしてそう断言出来るの?』

『前にも話したけれど、魔王エレシュキガルが封印された500年後の世界で僕は君に出会う。ならば君は僕が{封神の雷}を使用しても消滅しない。君が消滅しないという事は、僕も死なないって事になるでしょ?』

『でも……』

『ま、とりあえず、魔王エレシュキガルをやっつけ封印しに行こうか』


僕は心の中であの魔王エレシュキガルの空中庭園の情景を思い浮かべて{転移}を試みた。

しかし、何も起こらない。

もしかしたら、“魔王エレシュキガル”が結界か何かで、直接{転移}を阻害しているのかもしれない。

ならば……


僕は{俯瞰}のスキルを使用した。

すぐに暗黒大陸中央付近に輝く魔王宮が見つかった。

そのままズームインしていくと、魔王宮周囲にはまだエルフの戦士達が留まっているのが見えた。

ノルン様らしき姿も“視えた”。

彼女にとって、今の僕の印象は最悪のはず。

しかも今から僕が試みるのは、彼女が望む魔王エレシュキガルの殺害では無く封印だ。

会って誤解を解く自信のない僕は、仕方なく“強行突破”する事にした。


【隠密】を発動した僕は、魔王宮脇の転移の魔法陣目掛けて直接{転移}を試みた。


次の瞬間、周囲の風景が切り替わり、僕は狙い通り、転移の魔法陣の真上に{転移}する事に成功していた。

そしてすぐに再び視界が切り替わった。


輝く星空の下、二つの月に照らし出される闇の空中庭園……


「お帰りなさい」


“魔王エレシュキガル”は、空中庭園中心部に浮遊する巨大な黒い結晶体の脇に立っていた。

自身で癒したのであろう。

“エレン”が操る僕に斬り飛ばされた右腕は元通りになっていた。

彼女の顔には微笑みが浮かんでいる。

しかしその微笑みに少しも温もりは感じられない。


「エレシュキガル、お前を封印しに来た」

「封印……?」


“魔王エレシュキガル”の目が細くなった。


「まさか、“また”簒奪者イシュタルが敷いた線路の上を走るつもりなの?」


また?

どういう意味だろう?


「別にイシュタルは関係ない。お前を封印して、エレンを救う」

「随分酷い事を言うのね。私はあなたの恩人なのに」

「恩人? お前に恩を着せられる覚えは無い」

あなたの世界地球で、あなたにだけレベルを上げてステータス値を上昇させる能力を与えたわ。便利なスキルも簡単に手に入るようにしてあげたし。そのお陰で、F級と馬鹿にされていた境遇から脱出出来たでしょ? 欲を言えば、もう少しその力に酔ってくれれば、私にとってはなお都合が良かったのだけれど」


僕の心臓が跳ね上がった。

こいつは今とんでもない事を口にしなかったか?

こいつの話が真実なら、僕のこの能力は、全てこいつから与えられた物!?

だけど、こいつが全て真実を述べているとも限らない訳で……


「{封神の雷}……」


動揺する心を無理矢理抑え込んで、僕は魔法を使用した。


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