第119話 F級の僕は、『カロンの墳墓』の探索を開始する


5月25日 月曜日4



僕等が転移した先は、鬱蒼と木々が生い茂るどこかの森の中であった。

すぐ先に、植物に呑み込まれそうになっている石造りの古代の遺跡のような建造物があるのが見えた。

僕はクリスさんにそっとたずねてみた。


「もしかして、あれが?」

「そうだよ、『カロンの墳墓』」


クリスさんは、僕等をその建造物の一角、苔むした石造りの扉の前に案内した。


「ここが入り口だよ」


アリアが石造りの扉に近付き、腰のナイフを取り出した。


「どうするの?」

「ここが本当に『カロンの墳墓』なら、銘鈑があるはず」


彼女は、僕の問い掛けに答えながら、表面の苔を器用にぎ落し始めた。

やがて、苔の下から金属質のプレートが姿を現した。

表面には、文字が刻まれていた。


―――『偉大な錬金術師カロンの研究室。何人なんぴとたりとも立ち入る事を許可せず』


「研究室?」


僕の疑問に、クリスさんが答えてくれた。


「かつてはね。でも、カロンは300年も前に死んだって噂されてるし、今は墳墓で間違いないと思うよ」


クリスさんが語ってくれたところによると、カロンは、高名な錬金術師だったそうだ。

元々人と接する事の苦手だった彼は、とある事件をきっかけに、人里離れたこの場所に研究室を構えた。

初めの頃は、ロイドの村人が時々差し入れに訪れていたのだが、それもいつしか絶えてしまった。

それ以降、大勢の冒険者達が内部の探査を試みたけれど、誰一人帰ってこないという…….


「えっ!?」


僕は、アリアの方を振り返った。


「ここ、結構、やばいんじゃ?」


アリアが口を尖らせた。


「誰も帰って来ないなんて話、聞いた事無いよ。私が聞いたのは、レベル50以上じゃないと生きて帰れないって、話だけだよ」


それって、つまり、レベル50未満の冒険者達がたくさん挑戦して、誰一人帰って来なかったって話と同じ事なんじゃ……


クリスさんが苦笑した。


「ま、君達位レベル高かったら、そんなに危険は無いと思うけど。良かったら、僕も中の探索、手伝おうか?」

「お願いし……」

「ダメよ!」


僕の言葉を遮るように、アリアが声を上げた。


「上手い事言って、お宝の分け前、要求する気でしょ?」

「そんな事しないよ」

「分け前目的じゃ無かったら、やっぱり私達の監視の為? どうせ、あの王女様から何か言われて来たんでしょ?」

「王女様?」


クリスさんが、小首を傾げた。

僕は、慌ててアリアの手を引いた。


「アリア、あんまり不用心にあの話、持ち出さない方がいいよ」

「だって……」


僕等が話していると、クリスさんが、アリアに声を掛けて来た。


「アリアさん、ちょっと……」

「何よ?」


警戒心丸出しのアリアの耳元にクリスさんが口を寄せて二言三言、何事かを囁いた。

途端に、アリアの目が大きく見開かれた。


「な、何言ってんの!?」

「どうしたの?」


僕の問い掛けに、アリアはなぜか真っ赤になってうつむいてしまった。

僕は、クリスさんにたずねてみた。


「アリアに、何を話したんですか?」

「ははは、大した事、話してないよ。ただ、僕が君達のお手伝いできるよって話しただけだ」

「そうなんですね……」


クリスさんの話が本当なら、アリアが真っ赤になって俯く理由は??

少し考え込んでしまった僕に、クリスさんが声を掛けて来た。


「早速、入ってみようよ」


クリスさんは、銘板に手の平をかざした。

そして、何かの詠唱を開始した。

途端に、銘板が発光し始めた。

そして……


―――ゴゴゴゴゴ…….


苔むした石の扉が、重々しい音と共に動き始めた。



足を踏み入れた先は、年月を感じさせる石造りの薄暗い回廊になっていた。

地球や神樹のダンジョンと違って、壁や天井が燐光を発している雰囲気は感じられない。


灯りがいるかな?


と、ふいに周囲が明るくなった。

光源の方に視線を向けると、アリアの斜め前方に、光の玉が浮かんでいる事に気が付いた。


「それは?」

光の初級魔法ライトだよ。暗いと、探索に不便でしょ?」

「へ~。便利な魔法だね」

「タカシは知らないかもだけど、私達の世界の冒険者は大抵覚えてるよ」

「そうなんだ」


地球のダンジョンでは、壁や天井が燐光を発している。

それに、銃火器は使用不能だけど、懐中電灯やサーチライトのような道具は、ダンジョン内で使用可能だ。

そのため、そもそも魔法で灯りを調達する必要性が存在しない。


僕等の会話を聞いていたクリスさんが不思議そうな声を上げた。


「レベル高いのに、ライト、知らないんだね」

「まあちょっと色々ありまして」


クリスさんが、探るような目で、僕の顔を覗き込んできた。


「君って、やっぱり面白いね? 僕の認識阻害通用しないかと思えば、ライト知らなかったり、どこかの王女様に狙われてたり。もしかして、この世界の人間じゃ無かったりして」


一瞬、僕の心臓の鼓動が跳ね上がった。


僕の顔が強張ったのに気付いたのか、クリスさんが少し慌てたような声になった。


「冗談だよ! ほら、異世界の勇者が魔王を封印したって伝説あるでしょ? だから、それに引っ掛けてちょっと言ってみただけだから」



回廊をしばらく進むと、広間に出た。

割りと高い天井のその場所の中央には、淡く光る半透明の結晶体が設置されていた。

そしてその周りには……


おびただしい数の“死体”が転がっていた。


ほぼ全てミイラ化しているように見えたその“死体”は、しかし、僕等が近付くと、次々と起き上がってきた。


「気を付けて、デスグールだ!」


クリスさんの言葉に、僕は魔族の小剣を、アリアはエセリウムの弓をそれぞれ手にして身構えた。

デスグール達は、数十体はいそうであった。

ボロボロになった防具を身に纏い、古びた剣や槍、それに弓を構えている者もいる。

クリスさんが、彼等を指差した。


「あれは、ここで朽ち果てた冒険者達の成れの果て。あそこの結晶体を破壊すれば、仮初かりそめの命に終わりを与える事が出来るよ」

「破壊って、物理的にって事ですか?」

「うん。でも、気を抜くとあの結晶体に生命力を吸いつくされて、デスグール達のお仲間に……あ、ちょっと!」


クリスさんの言葉を聞き終える前に、僕は駈け出していた。

そして、【隠密】状態になって、デスグール達の群れの中に突撃した。

次々と首をねていくが、いつもの効果音もポップアップも立ち上がらない。

それどころか、彼等は、首を失ったまま、普通にノロノロ動いている。

やはり、彼等の動きを止めるには、あの発光する結晶体を破壊しないといけないようだ。

彼等を斬り裂きながら突破する事に成功した僕は、水晶体に辿り着くと、魔族の小剣を突き立てた。


「【影分身】……」


―――ガキキキキン!


【影】を30体呼び出した直後、発光する水晶体は、甲高い金属音を残し、木っ端みじんに砕け散った。

破片は、光の粒子と化して空中に溶けていく。

同時に、デスグール達の動きが止まり、サラサラと崩れ落ちていった。



―――ピロン♪



カロンの門番を倒しました。

経験値28,338,733,300を獲得しました。

Cランクの魔石が1個ドロップしました。



あの結晶体、モンスター扱いだったようだ。

そして、あのデスグール達は、カロンの門番の召喚モンスター扱い?


【隠密】と【影分身】のスキルを停止した僕に、アリアが駆け寄ってきた。


「さすがタカシ、一瞬だったね」

「そんなに強く無くて良かったよ」


クリスさんも感心したような声を上げた。


「凄いね。さっきの黒いのを呼び出すのは、君のユニークスキルかい?」

「ええ、まあ」

「どうやら、今日は僕の出番、無さそうだ」


はっはっはと笑うクリスさんに、アリアが少し冷めた声で話しかけた。


「……そんな事より、ちゃんと案内できるんでしょうね?」

「うん、勿論だよ。じゃあ、ここからは僕が先頭に立つよ」


クリスさんは、なぜか勝手知ったる我が家を行くかの如く、すたすた歩き出した。

僕とアリアも、その後に続いた。

その後は、モンスターと遭遇する事も無く、歩き続ける事30分。

僕等は、とある扉の前に立っていた。

年月を感じさせない、不思議な輝きを放つその金属製の扉は、硬く閉ざされていた。

クリスさんが説明してくれた。


「この先がカロンの私室だった場所さ。お宝があるとすれば、この部屋の中だよ。もっとも、“本人”もいるかも、だけどね」

「クリスさん、もしかして、ここ来た事あります?」


入り口の扉の封印、易々と破ってたし、ここまで最短距離で僕等を案内してくれたし。


「昔、何回か、ね」


昔……?

300年前に死んだと噂される『カロンの墳墓』の主錬金術師カロン

入り口直ぐに転がっていた夥しい数の冒険者達の骸。

と言う事は……


「クリスさん、おいくつですか?」


クリスさんが悪戯っぽい表情になった。


「知りたい?」

「ええ、まあ……」

「じゃあ、なぜ君に僕の認識阻害が通用しないのか教えてくれたら、僕も年齢、教えるよ」


どうやら、からかわれているらしい。


「ごめんごめん、そんな顔しないで」


クリスさんは、苦笑しながら扉に右手をかざし、何かを呟いた。


「さ、開けるよ?」


扉が、クリスさんの言葉に応じるように、開き始めた。


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