第116話 F級の僕は、D級に絡まれ、S級に微笑まれる


5月24日 日曜日7



扉を押し開けると、大理石のような素材で出来た巨大な柱が、高い天井を支える大広間になっていた。

暗がりの先は見通せない程奥行きがあった。

僕はヴェノムの小剣を抜き放つと、慎重に奥へと進んで行った。

と、ふいに前方に何かが現れた。

見た目は美しい女性天使そのもの。

しかし、その両翼は漆黒に染まり、頭部には、三日月形の角が生えている。

体躯は、優に5mを超える。


「我が名はアスタロト。ニンゲン、我に挑むか? その傲慢、おのが血肉を以ってあがなうが良い」


さすがはゲートキーパー。

人語を流暢りゅうちょうに話す。


アスタロトが、右手を高々と掲げた。

と、彼女の傍に、巨大なシルバードラゴンが召喚された。


―――オオオオオン!


シルバードラゴンの咆哮が、大気を鳴動させた。


僕は、インベントリを呼び出した。

そして、モンスター達の攻撃をかわしながらガーゴイルの彫像を取り出しては、次々とガーゴイルを召喚していった。


―――ギエエエエ!


3mを超える有翼、石像の悪魔、総計50体。

僕は、彼等にアスタロトへの攻撃を命じ、僕自身は、シルバードラゴンに肉薄した。

シルバードラゴンは、僕目掛けて冷気のブレスを吐きかけて来た。

それをくぐりながらシルバードラゴンの背後に回り込んだ僕は、その巨体の背中に駆け上がった。

そして、ヴェノムの小剣を突き立てながら、スキルを発動した。


「【影分身】……」


―――ズシャシャシャ……!


僕が呼び出した【影】30体の一斉攻撃を浴びたシルバードラゴンが、弾けとんだ。

その血肉は、しかし地面に落ちる前に、次々と光の粒子となって消滅していく。

僕は、シルバードラゴンの最期を確認すると、直ちに【影分身】のスキルを停止した。

30体の【影】達が、潮が引くように僕の影の中に吸い込まれて行った。

シルバードラゴンは消滅したけれど、聞き慣れた効果音もポップアップウインドウも立ち上がる事は無かった。


召喚されたモンスターは、倒しても経験値にならないんだな……


僕は、ガーゴイルの大群が群がるアスタロトの方に視線を向けた。

と……



―――ピロン♪



ガーゴイルABが、アスタロトを倒しました。

経験値8,150,973,203,713,600を獲得しました。

Aランクの魔石が1個ドロップしました。

アスタロトの翼が1個ドロップしました。



勝った……のかな?


余りに呆気あっけない幕切れに、少々拍子抜けしていると、向こうからエレンとノエミちゃんが歩み寄ってきた。


「タカシ様、さすがです!」

「タカシ、これでこの階層も解放された」


二人から祝福の言葉を受けながら、僕は、魔石とアスタロトの翼を拾い上げた。


「これ、何かな?」


僕は、アスタロトの翼を二人に見せてみた。


「アスタロトの翼は武器の素材になる」


エレンが、僕の問い掛けに答えてくれた。


「ヴェノムの小剣を貸して。新しい武器に加工できる。明日の夜には仕上がってる」


僕は、ヴェノムの小剣とアスタロトの翼をエレンに手渡した。



ノエミちゃんをアールヴ王宮の西の塔に送り届けた後、僕とエレンは、再度、『暴れる巨人亭』2階の僕の部屋に戻って来た。


「今度こそお疲れ様」

「それじゃ」


エレンは、何かを呟くと、いずこかへと転移して去って行った。


僕も帰ろう……


「【異世界転移】……」



地球のアパートの部屋に戻って来たのは、日付も変わった午前1時。

シャワーを浴びた僕は、目覚ましを朝8時にセットすると、急いで万年床に潜り込んだ。


明日は朝イチで学務課に行って、休講届けを出してこないと。

それから異世界イスディフイあっちに行って、アリアと一緒に『カロンの墳墓』で宝探しトレジャーハントだ……


明日の予定を再確認していると、すぐに睡魔が襲ってきた。

そのまま僕は、眠りの世界へと落ちて行った。



5月25日 月曜日1



翌朝……


―――ジリリリリリリ……


目覚まし時計のけたたましい音で、僕は目を覚ました。

顔を洗い、買ってあったパンを頬張りながら出掛ける準備を済ませた僕は、8時半には、アパートを出た。

部屋のカギを掛け、駐輪場に向かおうとした僕は、アパートの前に白い大きなワゴンが停まっている事に気が付いた。

中に複数の人物が乗っているのが見えたが、顔はよく分らない。


何してるんだろう?


少し気になったものの、僕はそのまま駐輪場まで歩いて行った。

停めてあるスクーターに跨ろうとしたタイミングで、ワゴンのドアが開き、中から3人の男達が姿を現した。


鈴木すずき亮太りょうた以下、知り合いのD級達だ。


僕は軽くため息をつくと、彼等に構わず、スクーターに跨った。

しかし、その正面に、鈴木が立ち塞がった。


「待てよ! てめぇ、どこに行く気だ?」


他のD級達も、僕を取り囲むような位置に立った。


「どこって、大学だけど?」

「大学だぁ? ふざけんな!」


ふざけんなと言われても……

僕は、少し苦笑してしまった。


「なに笑ってやがんだ? 昨日も、なめたマネしやがったくせによぉ!」


どうやら、昨日、ファミレスで電話を途中で切ったのがしゃくに障ったらしい。

鈴木は、苛ついた様子で僕の胸倉を掴んできた。


「立場ってモンを分からせてやるよ!」


鈴木は、胸倉を掴んだまま、僕をスクーターから引きずり降ろそうとしてきた。

僕は、反射的に胸倉を掴んでいる鈴木の手首を握った。


「……いい加減にしてくれないかな」

「はぁ? ナカ豚の分際で、何なめた事……」


僕は、【威圧】を試みた。


「おい……」



―――ピロン!



【威圧】が発動しました。鈴木亮太は、【恐怖】しています。

残り120秒……



途端に、鈴木は僕の胸倉を掴んでいた手を離し、顔面蒼白になって震え出した。

鈴木の異常に気付いたらしい他のD級達が、あせったような声を上げた。


「鈴木、どうした?」

「おい中村! お前何しやがった?」


僕は、彼等に対しても【威圧】の発動を試みた。


―――ピロン!



【威圧】が発動しました。山本栄作は、【恐怖】しています。

残り120秒……



―――ピロン!



【威圧】が発動しました。友永勇一は、【恐怖】しています。

残り120秒……



僕と彼等との圧倒的なレベル差、ステータス差のためであろう。

あっという間に【恐怖】状態に陥ってしまった3人は、揃って、真っ青な顔をして震えている。


「悪いけど、僕にはもう関わらないでくれるかな? さもないと……」


僕は、【影分身】のスキルを発動した。

僕の影が盛り上がり、3体の【影】が出現した。

【影】を見た3人の顔に、玉のような汗が浮かび上がってきた。


「どうなるか、分かるよね?」


これ位脅しておけば、もう絡んでこないだろう。


僕は、【影分身】の発動を停止した。


と……


―――パチパチパチ……


僕の死角から、何者かが拍手しながら姿を現した。

腰まで届きそうな亜麻色の長髪、モデルのような均整の取れた体型に、すらりとした手足、サングラスをかけたその女性は……


斎原涼子!


日本に3人しかいないS級の一人にして、クラン『蜃気楼ミラージュ』の総裁。

なんで、僕のアパートの前ここに彼女が……?


2人の黒服の男を従えた彼女は、わざとらしい拍手をしながら、僕の方に近付いて来た。


「素晴らしいわ。【威圧】と……さっきのは、召喚系のスキルかしら?」


しまった!

どうやら、今の一部始終を見られていた?


と、【恐怖】状態が解け、動けるようになったらしい鈴木達が、怯えた顔で後退あとずさりした。


「え、S級!?」

「な、中村、お前、一体!?」


そんな彼等に、斎原さんが、視線を向けた。

彼女の目には、汚い何かを見る様な嫌悪感が宿っていた。


「ゴミは消えなさい。さもないと、駆除するわよ?」


彼女の言葉に応じるように、彼女の背後に立っていた黒服の2人組が鈴木達の方に一歩踏み出した。


「す、すみません!」

「か、帰ります!」

「中村君、いや、中村様! もう荷物持ちさせたりしないから!」


鈴木達は、顔を引きつらせながら、あたふたと白いワゴンに乗り込み、走り去って行った。

それを見届けた斎原さんが、改めて僕の方に向き直り、サングラスを外した。


「中村隆君ね。二日ぶり。元気だった?」


彼女は、まるで友達と話す時のような、気さくな笑顔になった。

そして、戸惑う僕に右手を差し出してきた。


「私は斎原涼子。クラン『蜃気楼ミラージュ』は、あなたを歓迎するわ」


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