第84話 F級の僕は、西の塔内部に侵入する


5月21日 木曜日6



【隠密】状態になった僕は、頭から袋を被ったアリアを抱きかかえ、西の塔に向かった。

そして、エレンの念話による支援を受けながら、10分程で、西の塔内部に忍び込む事に成功した。


西の塔は、灰白色のレンガが敷き詰められた、重厚な造りの建物であった、

円柱状の建物の内部は、5層に分かれており、塔の壁面に沿う形で、螺旋状に階段が設置されていた。

僕は、アリアをくるんだ袋を抱きかかえながら、その階段を上っていった。

途中、塔の警備担当と思われる数人の衛兵とすれ違ったが、誰も僕等に気付いた様子は無かった。


まずは、最上階からノエミちゃんのいそうな場所を探ってみよう。


上る事数分程度で、僕等は塔の最上階に到着した。

その瞬間、全身の毛が逆立つ感覚が僕を襲ってきた。


これは……?

何か強力な存在がいる!?


僕は、その場で立ち止まった。

そして、慎重にアリアをくるんだ袋を床に下ろすと、エレンに念話で呼びかけた。


『この階に“何か”いない?』


しばらくの沈黙の後、エレンの念話が返ってきた。


『強力なエルフがいる』

『どんな奴か分からないかな?』

『……分からない』


この西の塔は、エレンが転移して来ることが不可能な特殊な結界で守られている場所。

さすがのエレンも、探知できる情報に制限が掛かっているのだろう。

それにしても強力なエルフか……

やはり、ここにはノエミちゃんが閉じ込められていて、それを見張ってる誰かがいるって事なのかも?


僕は、袋の中のアリアにささやきかけた。


「ちょっとここで待ってて。先を見て来る」


アリアが、袋から少し顔を覗かせた。


「どうしたの? ノエミ、ここにいそうなの?」

「分からないけど、この先に誰かがいそうなんだ」

「分かった。気を付けてね」


僕は、ヴェノムの小剣を抜き、【隠密】状態を維持したまま、その場をそっと離れた。

最上階の回廊は、円柱状の塔の外壁に沿って、緩やかにカーブしていた。

やがて前方に、通路が右へ直角に折れ曲がっている個所が見えて来た。

その角まで来た僕は、そっとその向こうに顔を出そうとして……

背中を悪寒が走った。


―――ヒュン!


風を切る音と共に、角の向こう側から、信じられない速度で、槍が突き出された。

僕は、紙一重でそれを避けて、後ろに飛び退いた。


角を曲がって、何者かが姿を現した。

その人物は、全身銀色に輝く甲冑で身を固め、手には長大な槍を構えていた。

そして、【隠密】状態の僕に、正確に視線を向けながら名乗りを上げた。


「私は光樹守護騎士団団長イシリオン。ネズミめ、やはりここに入り込んできたか」


イシリオンは、何かを唱えた。

その途端、彼の全身が光り輝く何かに包まれた。

そのまま、イシリオンは、想像を絶する速度でこちらに突撃してきた。

僕は彼が突き出す槍をヴェノムの小剣で弾こうとして……


「!」


イシリオンの槍は、なぜかヴェノムの小剣で受け止める事が出来なかった。

それは、速度を落とす事無く、正確に僕の左肩を貫いた。


「ぐわぁあああああ!」


凄まじい激痛。

傷口から血が噴き出し、一瞬、僕は大きくよろめいた。

慌てて態勢を立て直し、急いで横に飛び退きながら、腰のベルトから神樹の雫を取り出した。

しかし、アンプルの首を折り、それを飲み干そうと口に近付けた所で、再びイシリオンの槍が襲い掛かってきた。

僕は、紙一重でそれを躱す事に成功はしたけれど、手の中の神樹の雫を取り落としてしまった。

神樹の雫は、地面に落下すると同時に砕け散り、光の粒子となって消えてしまった。

イシリオンが呼びかけて来た。


「お前では私には勝てぬ。降伏しろ。そうすれば、裁きの時までは、その命、長らえる事が出来るぞ?」


出血と痛みで、ともすれば遠くなりそうな意識を必死に繋ぎ止めながら、僕は情勢の分析を試みた。


どうやらイシリオンは、スキルか魔法か、手段は不明だが、【隠密】状態の僕の姿が見えているらしい。

そして、彼の槍は、これも何かのスキルのせいかもしれないけれど、ヴェノムの小剣で受ける事が出来ない。


まともにやりあっても、勝つ事は不可能だ……


そう判断した僕は、【隠密】のスキルの発動を停止した。

そして、ヴェノムの小剣を投げ捨て、両手を上に上げた。


イシリオンが再び呼びかけて来た。


「良い判断だ。被っているフードを脱いで顔を見せろ。下手な動きはするなよ? 私は、いつでもお前の命を刈り取る事が可能だという事を忘れるな」


僕は、言われた通り、フードを脱いだ。

僕の顔を見たイシリオンが、少し驚いた顔になった。


「ほう……お前は確か、殿下から勇者扱いされていた男……。そうか、そういう事か」


勝手に何かに納得したイシリオンは、槍を構えたまま、油断なく僕に近付いて来た。

1歩、2歩、3歩……


イシリオンが、僕のすぐ傍まで近付いてきた。

彼は、床に落ちているヴェノムの小剣を拾い上げようとして……

その瞬間、僕は、心の中でスキルを念じた。

ただし、同じスキルを複数、同時に発動するように。


「……【影分身】……」


突如、僕の影が盛り上がった。

それも一ヵ所だけでなく、五ヵ所で。

異変に気付いたらしいイシリオンが、後ろに飛び退いた。

しかし……

その時には、同時に呼び出した僕の【影】5体が、一斉にイシリオンに襲い掛かっていた。


―――ドシュシュシュシュ!


攻撃を全く予期していなかったらしいイシリオンは、その内のいくつかをまともに食らっていた。


「ぐぅぅ……」


全身から血を噴き出したイシリオンは、うめきながら膝をついた。

それを見届けた僕は、MP消費の激しい【影分身】のスキル発動を停止した。

【影】達は、音も無く、僕の影の中に還って行った。

その間に、僕は、腰のベルトの神樹の雫を取り出し、急いで飲み干した。

傷の痛みが嘘のように消えて行く。

そのまま急いでヴェノムの小剣を拾い上げると、イシリオン目掛けて駆け寄った。

そして、立ち上がろうとしていたイシリオンの脇腹に、思いっきり、ヴェノムの小剣をねじ込んだ。


―――ズシャ!


鎧を貫き、人間の肉をえぐる嫌な感触が伝わってきた。


「ぐわあぁぁぁぁ!」


イシリオンが、絶叫を上げた。

僕は、イシリオンを押し倒し、馬乗りになった。


「お前の負けだ。ノエミちゃんはどこにいる?」

「貴様なんぞに……聖下様は、私が必ず……お守り……」

「守る……?」


僕は、イシリオンの言葉にかすかな違和感を抱いた。


と、その時、誰かが何かを詠唱する声が聞こえてきた。

次の瞬間、無数の氷の槍が、僕目掛けて殺到してきた。

僕は、慌ててイシリオンの上から飛び退いた。

攻撃の出所を探った僕の目に、エルザさんの姿が飛び込んできた。

彼女は、確か、“聖下様付き女官長”と自己紹介していた。

エルザさんが、再び何かを詠唱した。

彼女の前に、魔法陣が、二つ出現した。

その内の一つから、再び無数の氷の槍が、僕目掛けて発射された。

僕は、回廊を転がりながら。それらを回避した。

顔を上げた僕の目に、エルザさんが出現させたもう一つの魔法陣から、イシリオンに水色の光が照射されている様子が飛び込んできた。

イシリオンの傷がみるみる回復していく。

そして、イシリオンが、立ち上がった。


「やってくれたな、ネズミめ。しかし、その妙なスキル、二度は通じぬぞ」


その時、背後から、誰かが走って来る足音が聞こえて来た。


「タカシ!」

「アリア!? 来ちゃダメだ!」


僕がアリアの方を振り向いた瞬間、脇腹に焼けつくような痛みが走った。


「ガハッ……」


一瞬の隙をつかれ、イシリオンの槍で脇腹を刺し貫かれていた。

だが、イシリオンは、僕の【影】を警戒したのか、一撃を入れた後、再び僕から距離を取った。

脇腹を押さえてうずくまる僕に、アリアが駆け寄ってきた。


イシリオンが、アリアの方に顔を向けた。


「そう言えば、お前も仲間であったな。大人しく降伏するなら命までは取らない」


アリアが、イシリオンとその横に並んで立つエルザさんを睨みつけた。


「ノエミを閉じ込めて、タカシをこんな目に合わせて……許さない!」

「聖下様を呼び捨てにするその不敬、少し痛い目に遭わないと修正不能なようだな」


イシリオンが、再び槍を構えた。


「アリア、逃げろ!」


しかし、アリアは僕をかばうように、その場に立ちはだかった。

イシリオンが、そのまま突撃してきて……

僕が、再び【影分身】のスキルを発動しようとした瞬間、凛とした声が響いた。


「お止めなさい!」

「ノエミ!?」

「聖下様!?」


イシリオンの槍は、アリアを刺し貫く寸前で停止していた。


そして、エルザさんの背後、僕等の視線の先に、ノエミちゃんが立っていた。


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