第55話 F級の僕は、不寝番に立つ


5月18日 月曜日3



僕とアリアが、黒の森を抜け、ドルムさん達の待つキャラバンへと戻ってくると、カイスが馬車を降りて立っているのが見えた。

カイスは、戻って来た僕等、特に僕に睨みつけるような視線を向けてきていた。


なんか、絡まれそう……

絡まれる前に、さっさと自分の馬車に乗り込もう


しかし、僕の行く手を、カイスがさえぎった。

カイスは、あからさまに不機嫌そうな声で問いかけて来た。


「どこ行ってたんだ?」

「え~と……」


ちょっと考えた僕は、一番無難そうな答えを返した。


「ちょっと進路上のモンスターを偵察しておこうかと」

「偵察? お前が?」

「ちょっと、カイス!」


アリアが、僕とカイスの会話に話を挟んだ。


「あなたには関係ないでしょ?」


カイスは、大袈裟に心配そうな顔になって、アリアに話しかけた。


「関係あるだろう? 君に万一の事があったらどうするんだ?」

「大丈夫よ。タカシが、ちゃ~んと私の事、守ってくれたから!」


アリアは、見せつけるように、僕の左腕にしがみついてきた。


いや、そんなカイスをわざわざ挑発するような事、しなくても……


僕は、引きつった笑みを浮かべながら、出来るだけさりげなく、アリアを僕の腕から引きはがした。

しかし、僕等の様子を見ていたカイスの表情が、一気に険しくなった。

カイスは、僕に指を突き付けてわめき出した。


「お前! 自分のレベルもわきまえず、カッコつけようと思って、黒の森に入ったな? お前だけならともかく、僕の大事なアリアまで危険にさらすその所業、許さん!」

「私、あなたのモノじゃないんですけど? それに、タカシは、凄いスキル持ってるんだからね。私達、グリズリーやレッドウルフ、バッタバタやっつけてきたんだから!」


僕に売られていたはずのカイスの喧嘩を、アリアが買おうとしている。

これでは、公開訓練の時と同じ……


危険を感じた僕は、慌てて頭を下げた。


「ごめん。確かに軽率だった。以後、気を付けるよ」

「タカシが謝る必要、無いよ!」

「アリア、落ち着いて」


僕が、アリアをなんとかなだめようとしていると、カイスが、口を開いた。


「駆け出しの冒険者であるはずのお前が、スキルでレベル40のモンスターを倒した? 信じられんな」

「いや、だからそれは、アリアがちょっと大袈裟に……」


僕が、なんとかこの場を丸く収めようと四苦八苦しているのに、アリアがぶち壊してくれた。


「へっへ~ん。これな~んだ?」


アリアは、言いながら、自分のカバンの中から、Dランクの魔石と熊の手を取り出した。

両方とも、グリズリーのドロップ品だ。

それを見たカイスの顔色が変わった。


「まさか、本当に!?」

「そうよ。そして私は、タカシのおかげで、今や、レベル26よ」

「ア、 アリア!」


これ以上、カイスを刺激しないで!


「いいだろう、お前のスキルとやら、ここで披露してみろ」

「だから、それは、アリアが……」

「タカシ、やっちゃえ! カイスを【威圧】しちゃえ!」


確かに、僕のスキルに関して口止めするの、忘れてたけどさ……

そこは、ほら、空気読むとか……


僕の嘆きも空しく、僕は、カイスとアリアから、【威圧】を実演するよう迫られた。


どうしよう……

適当に、【威圧】を使うフリをしよう。


僕は、一度咳払いをした後、カイスに向けて叫んだ


「威圧!」

「……」


当然、何も起こらない。

スキル名叫んだだけだし。


カイスが、勝ち誇ったような表情になった。


「なんだ? スキルは持っていても、僕との間の圧倒的なレベル差は、やっぱり埋められないみたいじゃないか」

「そうみたいだ。本当にごめん」

「タカシ!」


カイスの機嫌が少し良くなっている今がチャンス!

なおも騒ごうとするアリアを、無理矢理馬車に押し込みつつ、僕も馬車に乗り込み、扉を閉めた。


馬車の中では、外でのやりとりを見ていたらしいドルムさんが、苦笑しながら僕等を迎えてくれた。


「色々、大変でしたね」

「はは……」

「ところで、黒の森のモンスター、どうでした?」

「はい。戦ってみた感じ、僕でもなんとかなりそうでした」

「それは、頼もしい。それでは、出発しましょうか」


ドルムさんの合図で、僕等のキャラバンは、黒の森へと入って行った。



その日は、黒の森を走行中、数回、モンスターが出現した。

その度に、カイスとその取り巻きの女冒険者達が、馬車から飛び出し、連携して倒していった。

彼等の戦闘を観察すると、カイスが、タンク役兼物理アタッカー、他の女冒険者達は、ヒーラー、魔法アタッカー、そして、物理アタッカー、となかなかバランスの良い編制のパーティーに見えた。


結局、僕等の出番は無いまま、予定より少し早い時間帯に、今夜の野営地に到着した。


野営地は、その周囲を頑丈な木柵で囲まれていた。

木柵に設けられた出入口から中に入ると、そこそこの広さのグラウンドのような空き地が広がっていた。

空き地の中央には、井戸が掘られており、その周囲に、僕等以外、もう一組、冒険者と思われる集団もテントを張っていた。

ドルムさん達も野営用のテントを張る、という事で、僕等はそれを手伝った。

テントが無事設営出来た後、僕は、アリアやノエミちゃんと一緒に、冒険者達に挨拶しに行った。

彼等は、男性3人、女性2人の5人パーティーだった。

年齢はまちまちであったが、皆、レベル30台後半で、ここ数日、この野営地を拠点に、レベル上げを行っている所だと教えてくれた。

彼等からは、黒の森に生息するモンスターについて、さらに詳しい情報を聞くことが出来た。


一旦、ドルムさん達の元に戻った僕等は、カイスに呼ばれた。


「今夜の件なのだが……」


木柵に囲まれているとはいえ、ここは黒の森のど真ん中。

順番に不寝番を立てて、緊急事態に備える必要がある、と事前に聞かされていた。

カイスは、僕を指差しながら、皆に語り掛けた。


「ここは、淑女の皆さんの負担軽減のためにも、僕とこいつとで、交代で見張りに立とうと思う」


アリアが、口を開いた。


「私も見張りに立つよ?」

「いけない、アリア。夜更かしは、お肌の大敵さ。君のその美しい肌に少しでもかげりを生じさせてしまったら、僕は一生かけても償いきれないじゃないか」


カイスは、真剣な面持ちでアリアにそう語り掛けた。

アリアは、顔を引きつらせたまま固まってしまった。


カイスのセリフはともかく、僕とカイスとで交代で見張りに立つのは、僕も賛成だ。

他の皆には、見張りに立つという緊張感から解放された状態で休んでもらった方が、いざという時、万全の態勢で戦って貰えるに違いない。


「じゃあ、どういう順番で見張りに立とうか?」

「本当は、一番戦闘で役に立たないはずのお前が、徹夜で見張りに立つべきなのだが……」


カイスは、勿体ぶったように言葉を続けた。


「お前にうたた寝されたら、淑女の皆さんに危険が及ぶ。だから特別に、僕が真夜中までは、見張りに立ってやろう。その後は、朝まで、お前が見張りに立て」


……その配分だと、どう考えても、僕の方が、見張りに立つ時間長いけど……


「分かったよ。じゃあ、今夜は、早目に寝るからさ」


僕は、カイス達に別れを告げ、自分達のテントへと戻った。

アリアが、近付いてきて囁いた。


「私も一緒に見張り立ってあげるよ」

「大丈夫だよ。夜更かしはお肌の大敵らしいから、アリアは、今夜はゆっくり休んどいて」


僕は、半分冗談のつもりでそう話したが、アリアは、露骨に嫌そうな顔をした。


「ちょっと、やめてよ」

「ごめんごめん。でも、アリアは、ほんと、ゆっくり休んどいて。まあ、何かあったら、起こすかもだけど」

「うん、分かった」


皆で夕ご飯を食べた後、僕は、すぐに寝袋に潜り込み、真夜中まで仮眠を取った。

そして、時間通りに起きると、カイスと交代した。

キャンプファイアのような焚火の傍に腰を下ろしたまま、見上げた空には、僕の知らない星座が輝いていた。

そのまま何事も無く、時間だけが過ぎて行った。

僕は、だんだん退屈になってきた。


「暇だな……」


時刻は、深夜の2時を回った頃合いであろうか?

夜明けまでは、まだまだ時間がある。

と、ふいに悪寒がした。

その瞬間……


―――シュバッ!


風を切る音と共に、突然、僕は、身体に激痛を感じた。


「えっ!?」


一瞬、何が起こったのか混乱した。

痛みを感じた場所に手をやると、何かでべっとり濡れていた。

その手を顔の前に持っていくと……


「血!?」


ようやく、僕は何者かの襲撃を受けている事に気が付いた。


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