第26話 ヘルホーネットの蜜
クレアが魔国ベルギオスに報告に向かってから一週間。
俺は新たなる作物がくるのを想定して、畑をドンドンと増やしていた。
能力を使って邪魔な木や雑草を抜いて、神具を鍬に変形させて土を耕す。
「ハシラ! そろそろ樹海イチゴを収穫してもいいか?」
「おー、どれどれ?」
カーミラに呼ばれたので作業を中断して樹海イチゴを見に行く。
カーミラが育てていた樹海イチゴはしっかりと大きくなっており、俺の知識でも収穫するのに十分との判定が出ていた。
「これなら問題なさそうだな。収穫をするか」
「おお、ようやくだな! 早速、籠を取ってくるのだ!」
収穫の許可を出すと、カーミラは嬉しそうに家に走っていった。
「あら、樹海イチゴが収穫できるようになったの?」
「そうだ。リーディアも一緒に収穫しよう」
「そうさせてもらうわ」
新しい作物が収穫できるときは皆でやった方が楽しいからな。
「籠を持ってきたぞ!」
「それじゃあ、まずはカーミラに収穫してもらおうかな」
「おお、いいのか?」
「育て上げたのはカーミラだからね。一番に収穫する権利があるわ」
育て上げたカーミラより先に収穫するような無粋なことはしない。
リーディアも同じ気持ちなのか、にっこりと笑いながら言った。
すると、カーミラはおそるおそる手を伸ばす。
しかし、それは樹海イチゴに触れることなく、宙を泳いだ。
「あ、ヤバい。いざ収穫するとなるとちょっと手が鈍るのだ」
そう思ってしまうということはそれだけカーミラは作物に愛情を注いでいた証だろう。
俺も前世では初めて育てた作物を収穫してしまうのが勿体なく、可哀想だと感じたこともあった。
似たような感情を抱いたことがあるが故に微笑ましく感じる。
「大事に育ててきたからこそそう思っちゃうよな。その気持ちはよくわかる。だけど、収穫して食べてあげるのが礼儀だ」
「そうだな」
俺の言葉で迷いがなくなったのか、カーミラがスッと指を伸ばす。
細い茎を掴んで引っ張ると、プチッと実を摘むことができた。
「これはアタシの育てた樹海イチゴ……」
自ら育て上げた樹海イチゴを感慨深そうに眺めるカーミラ。
樹海イチゴは成長が早く、手入れも難しい部類の作物ではないが、それでも初心者がゼロから育て上げたものをバカにすることはできない。
初めて収穫したものはどんなものであれ、その者にとっては尊いものだ。
「食べてもいいぞ?」
俺がそういうと、カーミラは軽く服で拭ってから口に含んだ。
「……美味いぞ」
どこか感動したように呟くカーミラ。
「そうか。よかったな」
「よくここまで育てたわね」
普通の人からすれば、あり触れた樹海イチゴかもしれないが、カーミラにとっては特別な味だったに違いない。
苦労して育てあげたものは普通に食べるよりも美味しく感じるものだ。
「俺たちも食べてみるか」
「ええ」
俺とリーディアも樹海イチゴを一つとって食べてみる。
「うん、これは美味しいな」
「この酸味がいいわね」
イチゴの酸味と瑞々しい果汁が口の中で広がって美味しい。
これなら砂糖がなくても、それなりに美味しいジャムができそうな気がする。
「……なんだか自分で育てたものを食べてもらえるのは嬉しいものだな」
「それも育てる側の喜びの一つだ」
「そうか。いいものだな」
俺たちは三人で樹海イチゴを味わいながら賑やかに収穫していった。
◆
樹海イチゴを収穫してから、朝食には樹海イチゴのジャムが並ぶようになった。
ずっとオリゴオイルをつけていると脂っこく感じるので、俺たちの食料事情としては革命的な一歩だった。
だが、砂糖が入っていないせいか、どこか物足りない。
「……ハシラ、どうかしたの?」
そんな俺の微妙な感情を見抜いてか、リーディアが尋ねてくる。
「いや、やっぱりジャムに砂糖が欲しいなーって」
「そう? 私としてはこのままでも十分だけど」
そう言いつつ、モチモチの実にジャムを塗るリーディア。
カーミラも気にしていないか黙々とジャムを塗って食べていた。
カーミラやリーディアはそこまで気にしていないようだが、甘めなものが好きなタイプの俺としては少し物足りない感じだった。
クレアが無事に砂糖を持ち帰ってくれれば、俺好みのジャムができるのであるが、まだ帰ってくるのに一週間はかかる。
それまでは今のジャムで我慢しておくべきか……いや、やはり日本人としてあまり食に妥協はしたくないな。やはりジャムは甘いものがいい。
この樹海で砂糖の代わりになる甘味が手に入りはしないだろうか。たとえば、蜂蜜とか。
朝食を終えた俺は、レントを連れて外に出る。
「なあ、レント。この樹海で蜂の巣とか見たことはあるか?」
狩りをしたりと樹海に出ることの多いレントに尋ねてみると、なんと頷いたではないか。
ダメ元で尋ねてみただけに本当にあるとは思っていなかったので驚いた。
「え? 本当か? どこにあるんだ?」
レントが指さしたのは樹海の西方面であった。キラープラントが生息していた場所だ。
歩いていた時に見つけたのだろうか。
「ちょっとそこまで案内してくれるか?」
レントはこくりと頷いて西側に進んでいくので、俺は後ろから付いていくことにした。
そのまま西側へ歩いていくことしばらく。俺たちはキラープラントと遭遇した辺りの場所までやってきていた。
その場所はキラープラントが陣取っていたのであるが、今となって俺の畑に移植されているために広々として見える。
この辺りは綺麗な花が生えているのであるが、そのいくつかは毒草なので注意が必要だ。
花の美しさに釣られて、迂闊に触ると肌が爛れたりするので注意が必要だ。
危険な毒草を避けて進んでいると、レントが俺の肩を叩いてくる。
レントが指さした方を見ると、木の枝に大きな蜂の巣がぶら下がっていた。
「おお、蜂の巣だ! でも、迂闊に手を出したら攻撃を食らいそうだな……」
ブーンブーンと羽音を立てて、小さな蜂が周囲を飛んでいる。
蜜を採取しようと迂闊に手を伸ばせば、間違いなく刺されてしまうだろう。
どうしよう。木を生やして巣ごと閉じ込めて持って帰ってしまおうか。そうすれば、こちらが刺される心配はないだろう。
「あなたはキラープラントを下した人間ですよね?」
そんな捕獲プランを考えていると、どこからともなく声がした。しかも、割と品のいい女性の声。
思わずレントを見つめるが、こいつは喋りはしない。
まさか、このタイミングで急に喋り出すなんてことはないだろう。
「一体、どこから声が……?」
「あなた様の上です」
耳を澄ませていると、今度ははっきりと聞こえたので顔を上げる。
すると、巣の周りをブンブンと飛んでいる蜂の中にひと際大きな蜂が見えた。
蜂にしてはやたらと大きく俺の拳くらいの大きさはある。女王蜂のような存在だろうか。
「もしかして、君が?」
「はい、ヘルホーネットの女王です」
まさか喋る蜂がいるとは思っていなくて驚く。
いや、精霊やらエルフやら魔族やらなんでもありの世界だ。喋る魔物くらいいてもおかしくはないか。
どうやって喋っているのだろうとか色々気になるが、深く考えたら負けだ。
ひとまず、蜂が喋るという現実を受け入れることにする。
「それでヘルホーネットの女王がどうして俺に話しかけたんだ?」
「先日、あなた様が恐ろしいキラープラントを手懐けるのをここから見ておりました。私たちの巣が目当てであれば、明け渡すので命だけは許してもらえないでしょうか?」
どうやら命乞いをしにきた様子だった。
思いっきりレントと指をさして眺めていたのだから、狙っていることは丸わかりか。
「キラープラントを手懐ける強者とガイアノートが相手では、私たちが敵うはずもありません。どうかご慈悲を……」
確かに俺は蜂蜜を採取しにきたが、相手が意思疎通できるとやりにくいな。
「だったら、俺の住処の近くに住んでみないか?」
「あなた様のですか?」
「俺たちが君たちを住みやすいように世話をして守る。その代わり定期的に蜜を分けてもらいたい」
会話ができるということは交渉だってできるということ。それだったら仲良く末永くやっていきたい。蜜が欲しくなる度にヘルホーネットの巣を見つけて壊すのも面倒だしな。
「それは魅力的な提案ではありますが、そこに花はあるのでしょうか? 私たちは花の蜜がないと生きていけません」
「ちなみにこういう花でも大丈夫なのか?」
俺は能力を使って足元に色とりどりの花を咲かせる。ただの花ではなく、ヘルホーネットが好みそうな蜜の多い花々だ。
「な、なんという濃厚な蜜の香りっ……!」
ヘルホーネットの女王が驚きの声を上げるとともに、周りに控えていた小さなヘルホーネットもブンブンと興奮しているかのように羽音を立てた。
「あなた様のところにいけば、このような花がたくさんあるのでしょうか?」
「これくらいならいくらでも生やせるからな。あと、キラープラントも頼めば花の蜜を分けてくれそうだな」
様々な生き物を引き寄せるためか、キラープラントの花はすごくいい匂いがしていた。あそこに蓄えられている蜜もヘルホーネットにはたまらないのではないだろうか。
「行きます! 私たちをどうかあなた様の庇護下に!」
俺の生やした花とキラープラントの花の蜜が決定的になったのか、ヘルホーネットは巣を移住させることに決めてくれた。
これで定期的に蜂蜜が手に入るぞ。甘いジャムだって作ることができる。
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