66.大規模な自爆テロだこと

 エメトリア都市部郊外にある田園地帯。

 山間部と平原地帯の間に挟まれたこのエリアは、一定間隔毎に集落が存在しており、安定した気候と肥沃な土壌なため、牧畜、農業が盛んだ。

 革命軍は主に都市部の制圧を中心としており、山間部や平原部といったエリアは革命による影響もそれほど受けてはいなかった。

 とはいえ、郊外にある自分たちにもいつ火の粉が降りかかるかしれず、住人は革命後の情勢を固唾をのんで見守っていた。

 そんな農村の一つに、国民軍側のスカウト(斥候)隊が訪れたのは、エリサ王女の救出劇と女王の無事帰還がエメトリア国営放送を通じて放送された数時間後だった。

 国民軍の中で特に選りすぐられたであろう精鋭で構成されたスカウト達は、一般人達に偽装した形で村を訪問した。

 彼らがこのエリアへの偵察行動を開始したのは、ソビエトに隣接する東側諸国と山岳を隔てて接するこの一帯に、国境を越えてKGB部隊が侵入しているとの情報を入手したためだ。

 この村出身のスカウトであるジルが先行して家族に会うと、とりあえず両親と親族の家に分散して滞在することとなった。

 首都で軍に所属して働いていた娘の安否が分からず、眠れぬ日々を過ごしていた家族はジルとの再会を涙を流して喜んだ。

 首都や都市部での革命軍の所業を村人達に話すと、村でも国民軍の参加者を募る動きとなり、村の広場で部隊の編成が行われ始めた。

 スカウト達は一方で、村の周辺を散策すると見せかけつつ、周辺の捜査にあたっていた。

 この辺りの森や山岳に潜ませるとしても、敵部隊の斥候はそれほど大きくないとの予測だった。

 都市部まで40km程度。

 周辺部や都市部の一部を占領されてしまうと、奪還する方の犠牲が大きい。敵は国境から大量の援軍を呼び込みつつ、連携して拠点防衛を行うことが出来る。

 国民軍のスカウトはツーマンセル(二人一組)で三組のメンバーが身を隠しつつ斥候にあたっていった。

 気配はまったくしなかった。

 ジルは自分が喉笛をかき切られ、肺の収縮共に血が喉から溢れる音を聞きながら暗闇へと落ちていった。

 近隣の森を捜査していた他のメンバーも同様だった。

 一番経験の長いリ30代のリーダーだけはかろうじて、無線機のシグナルボタンに手をかけたが、力の入らぬまま息が絶えた。


 閑話休題。

 三十年以上前になるが、エアガンがまだエアータンクやフロンガスのボンベで弾を発射していた時代にサバイバルゲームに参加していた時の話。

 サバゲーチームにもファクトリーチーム(エアガンメーカーが支援について資金や機材を提供するチーム)が存在しており、良く海外遠征を行ったりしていた。

 ある日本のファクトリーチームが海外でのサバゲー大会に参加して、明らかにロシア系のメンバーとチームと組んで、米の海兵隊メンバーと対戦した時の話だ。

 ゲームが始まった瞬間、ロシア人のメンバーは目の前から気配ごと忽然と消えてしまったそうだ。

 その消え方があまりにもすごかったため、状況が理解出来ない日本人のメンバーはアンブッシュ(茂みに隠れるの意味)して様子をみていると、前方からペイント弾の発射音だけが響いてきたという。そして、

「Sit!」

「Dammit!」

 といった、米軍メンバーの声だけが森に響いたそうだ。

 移動の音すら聞こえず、気配すらないそのロシア人メンバーの動きについていけず、日本メンバーは息を殺して様子をうかがっていると、突然、肩を叩かれた。

 気配も音もなく突然背後に現れたたため驚いて振り向くと、目出し帽にゴーグルのロシア人が、

「Amo Please(弾をくれ)」

 と囁いたという。

 予備のペイント弾を渡すとまた、あっという間に姿も気配も消え、前方から米軍メンバーがやられると音だけが森に響いたという。

 後で聞いたところ、ソ連崩壊でアメリカまで流れてきたKGBのスペツナズ(特殊部隊)だったとのこと。

 嘘かほんとか知らないが、九〇年代初頭に聞いた話だ。

 閑話休題終わり。 


 周辺の森からにじむようにして現れた漆黒の戦闘服に身を包んだ集団が、音もなく村を襲い、村人全員を死体に変えるまで、ものの30分もかからなかった。

 黒い目出し帽をかぶったリーダー格の男が、通信兵から受話器を受け取り報告を開始する。

 すると空を埋め尽くすような数の巨大な輸送ヘリが現れ、吊された最新鋭の戦車、装甲車、兵員輸送車、バギーを村へと着陸させる。

 着陸した兵員と兵器が村の周辺の警戒に着くと、同じようにして運ばれてきた巨大な重機達が、村の周辺にある牧草地、小麦の実る農作地の地面を一斉に削って平らにしていった。

 そこへ巨大な輸送機と戦闘機、戦闘ヘリが降りてくるまで半日もかからなかった。

 輸送機で運ばれてきた、更なる兵員、兵器が部隊として編成され配置につくと、そのまま都市部に向かって一斉に侵攻を開始した。


 国民軍にエメトリア城が奪還される直前に、トラディッチから全国民に向かって放送された内容は、エメトリア国内の各主要都市に、合計四つの戦術核を敷設したという内容だった。

 24時間以内に国民軍は戦闘を停止して、革命軍およびKGB部隊に投降するよう要求していた。

 さもなければ、エメトリア市民の約三分の一が、核爆発によって死ぬことになる。

 淡々と要求を語るトラディッチの目は木の虚のように深淵を見つめ、もはや彼がロシアの傀儡であることを物語っているかのようだった。

 カミラ達、レジスタンス改め国民軍のメンバーと合流した沖田達は、この放送を彼らと一緒に見ることになった。

「国の三分の一を放射能にまみれた焦土化して、それでも統治の実権を握る意義がどこにあるのかね?」

 城内の浴場で、血と硝煙にまみれた体を洗い流し、革命軍に奪われていた装備類を身につけた沖田が、心の底から呆れた声で言った。

 ようやく戻ってきた井上真改の刀身に打ち粉をしながら、小坂が両の眉を上げて無言で応えた。

「敷設場所の特定はできないのか?戦術核って言ったってそんなに小さくはないだろう」

 吉川が分解清掃したライフル、バレットM107を組み立てている。

 カミラ達の話では現代の技術で限界まで小さく作られた戦術核のようで、大きさはバン一台に十分積み込める大きさらしい。

 おそらく、革命軍が占拠していたビルや地下に設置されているが、核と一緒に決死隊に守られているとのことだった。

「大規模な自爆テロだこと」

 沖田がなんとも言えない声をあげる。

「魔法でもなんとかならんの?」

「放射線が他の物質より強く発生していたりすればわかるんだけど…」

 エリサの話ではよほど厳重にパッケージングされているのか、救助された魔女達ともに捜査を行ってみても場所の特定には至らなかったらしい。


 城内の中庭に王室専用の軍用輸送ヘリ、ウェストランド リンクスの爆音が響き、着陸体制に入った。

 ハッチから兵士に守られるようにしてクラリス女王が現れると、エリサがかけだして抱きついた。

 娘を抱きしめるクラリス。

 沖田が小さく鼻を鳴らした。

 その後から、長い黒髪の娘が腰に抱きついた状態のマユミが降りてくる。 

 少女を引きずるようにして、吉川に一直線に駆け寄るとグーで殴り飛ばした。

「な、なにすんだよ!」

 ビックリして頬を抑える吉川に、

「バカぁ!」

 マユミが泣きながら吉川に抱きついた。

「まったく、なんだってんだよ」

 困った顔をしてマユミを軽く抱きしめながら背中をさすってやる。チラリとマユミにしがみつきっぱなしの、黒髪の少女に眼を落とした。

「マユミ、この子誰よ?」

 すると少女の長い黒髪の間から白い目が吉川を覗いた。

「さ、貞子…?!」

 驚いた吉川がのけぞる。

「なんか助けたらなつかれちゃって」

 マユミが少女を引き剥がすと、髪をかき分けて顔が見えるようにしてやった。

 透き通るように白い肌。かなり痩せてはいるが、顔全体を見ればかなりの北欧風美人だ。

「革命軍に強制されていた魔女みたいなんだけど」

 マユミが見つめると、少女は困ったように首をかしげた。

「核の話聞いたか?」

「ええ、ヘリの中で。女王は私たちは国外にすぐに退去するようにって…」

「まあ、俺もそうしたいのはやまやまなんだけどな」

 吉川が頭を搔いてエリサと沖田の方を見る。

 すると少女がマユミの手をとって顔を伏せた。

 イメージがマユミの中に流れ込み、びっくりしたマユミが手を離した。

「わかるの?」

 マユミの問いに少女が頷く。

「どういうことだ?」

「この子、核の場所がわかるみたいなの!」

 マユミの声に、皆が一斉に振り向いた。


To be continued.

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