63.おっぱじめようぜ!

「昨年、血の池でのたうち回るような斥候訓練に耐えておいて良かったね」

 ボロボロになって沖田達の潜伏する尖塔に戻ってきた吉川を見て、小坂がちゃかした。

 カーラの娘、アナには傷一つない。

「色々やばかったわ。このお嬢ちゃんがいなかったら危なかったよ」

 まだ小さなアナの頭をゴシゴシとなでる吉川。

 まんざらでもなさそうに、アナがえへへと笑った。

「カーラ姉さんの娘だけあってかわいいねぇ」

 小坂が革命軍から盗んできたペットボトルの水と携帯食料を渡してやる。

「お母さん達は?」

 ある程度吉川から話を聞いているのか、インカムのイヤホンに耳を当てる沖田に聞いた。

「別働隊と一緒だよ。今から女王の救出に向かうらしい」

 イヤホンを外したインカムをアナに渡してやる。

 スピーカーを通してカーラの言葉にならない泣き声が漏れ聞こえた。

 吉川が首をそっぽに向けて鼻をすすり、

「よかったねぇ。殺してばっかで救いがなかったからな」

 沖田と小坂がうんうんと頷く。

「オキタ、色々な意味で時間がない。女王救出と同時進行ではじめよう」

 インカムをつけ直した沖田にフレデリックの声が響いた。

「反革命派の連中はこちらの動きに呼応して、攻撃を再開するんだな?」

「ああ、そういう手はずになっている」

 吉川がロシア製対物ライフル、KBP OSV-96をトライポッドで窓際に設置する。

 思い出したように小坂が中世風の衣装が凝らされたサーベル、シャシュカを手にとった。

「帰りに井上真改を取り返さないとな」

 サーベルを鞘から抜いて慣れた手つきで振ってみる。

 沖田は腰にSR-1とOTs-04を差し込み、窓際に設置したザイルを手に取った。

「ロシア製の装備が多いこと」

 装備はここまでの道中で革命軍から色々と略奪してきたものだ。

 小坂は窓から少し距離を置いて屈伸運動をしている。

 三人が眼を合わせて頷いた。

「さあ、おっぱじめようぜ!」

 インカムに向かって吉川が声を上げた。

 

 目の前でバタバタと倒れていく革命軍の精鋭達。その姿を半ばあきれ顔で眺めながら、

「こいつは早いとこ廃業した方が良さそうかな」

 フレデリックが冗談でもなさそうにぼやいた。

 カーラとフレデリックを先頭に進む藤木、高梨、大江、マユミ、智子のムサノ生達は、女王の軟禁されている教会へと侵攻していった。ここは革命軍の襲撃を受けるまで、女王派司令部だったところだ。

 カーラはその能力をフルに利用して、警備を行っている革命軍側の精鋭兵達を戸板でも倒すように戦闘不能化していった。

「そろそろ気がつかれる頃だな」

 フレデリックがサイレンサー付きのM4A1カービンを構え、ノクトビジョンで注意深く周辺を観察する。

 一行はそのまま進むと教会の礼拝堂へと侵入、地下通路へと進もうとした。

 すると、エメトリア国教会の装飾を施された十字架の影からゆらりと人影が現れた。

 白いロングワンピース、顔が隠れるほどに無造作に伸ばされた黒髪。足には何も吐いていない。まるで死人のような肌をした素足で、冷たい礼拝堂の敷石の上に立っている。

 フレデリックを除いた一行が一瞬ギクリとなって動きを止めた。

「さ、貞子?」

「な、わけねーだろ」

「こっちみてるよ」

「サダコってなにあるかぁ?」

 ヒソヒソと囁き合う。

 黒い髪の間から除く赤い眼に見つめられ、マユミ達が思わず後ずさる。

「人工体よ。隠れても無駄みたいね」

 身を隠していた長い木製のチャペルチェアからカーラが立ち上がり、ワンピースの女の前に立ちはだかった。

「人工体?」

 途端に礼拝堂内の空気が一変した。カーラの周りの敷石が円形に歪んで割れ始める。

「だぁあっ!あっちにも魔女がいんじゃんかよ」

 高梨がカーラの援護位置に滑り込むようにして移動する。

 革命軍が秘密裏に研究を続け、膨大な人体実験による死者の山の上に作られた人工体の魔女。

 脳の使用領域を任意に変更して、おそらく四次元相当の操作が可能なはずだ。

 礼拝堂奧にある司令室へと続く通路からわらわらと、革命軍の装甲兵が現れ魔女を守るようにフォーメーションを組んだ。

「フラッシュバン!」

 フレデリックが叫び、フラッシュグレネードを放り投げM4A1カービンをサダコこと人工体に斉射。

 しかし、グレネードはサダコの能力で封じられたのか爆発もせず、カービンの弾は物理法則を無視して地面転がった。

 能力を封じようとカーラが力を解放する。

 サダコの白いワンピースの裾が跳ね上がる。一瞬耐えるも、次の瞬間周りの兵士達を巻き込んで、後方へと吹き飛ばされるた。

 しかしサダコは、天井に両手両足をついてしがみつくと、その眼が赤く光った。

 体液を沸騰させようというのか、カーラの体温が一気に上昇を開始する。

 カーラは落ち着いて体内の原子を通常の状態へと戻していった。

 美しい額から汗が流れ、鼻の奥にアドレナリンの臭いを感じる。

「ねーさん!大丈夫?!」

 藤木がMP5で援護しながら叫んだ。

「道を開く!お前達は女王の所へ!」

 カーラが叫ぶと同時に革命軍兵士達に力を解放する。

 人工体がそれを防ごうとカーラに力を集中する。

「死ぬなよ!生きていたらうちの会社に入ってくれ!」

 フレデリックが飛び出し、あっという間に数名の革命軍兵士達を戦闘不能にしていった。

 フレデリックに続いてパトリック、高梨、藤木が続く。

「私たちは、ここでカーラさんの援護を!」

 見よう見まねでサブマシンガンをぶっ放しながら大江が叫んだ。


 民衆を見下ろすバルコニーで大げさな身振り手振りを合わせたトラディッチの演説が終わると、今度はエリサが才女に傅かれるようにして、前に出た。

 どよめきと歓声がない混ざった足下の民衆の声。老女がすすり泣き胸で十字を切った。

「みんな、この国を、エメトリアを守るため、協力をお願いします」

 無表情に見開かれたエリサの両目はまるで操られているよう。

 その光からはなんの意思も感じられなかった。

「国境付近にはKGBの部隊が展開しつつあると聞きます。国内で同じ民族で争いを起こしている場合ではありません。私はこの婚姻によって革命軍と私たち一族、国民がお互いに手を取りあって国をまとめていく礎になればと考えています」

 静かだが威厳に満ちた声が響く。

 決意がそうさせるのか、ムサノで学生していたエリサとは別人のようだった。

「それでは始めましょう。大佐こちらへ」

 この後、エメトリア国歌が流れる予定だ。

 エリサが一度目をつむり、そしてゆっくりと瞳をひらく。

 しかし、奏でられたのは、エリサにとっても民衆にとっても、想定外の曲だった。


To be continued.

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る