34.ムサノ反骨集団
『反動的な都内私立高校生による虚偽報道について』
というタイトルのニュースが、その日の国営放送のニュース番組と、政府寄りの大手新聞、社会面に掲載されたことにより、世の中は一昔前の学生運動を思い出し、ちょうど働き盛りのその年代の大人達は眉をひそめて、武蔵野大学附属高校への批判を言葉にしだした。
学校側からも遂に、新聞部とマチュア無線部、エレクトロニクス研究部への自粛要請が正式にあり、両親からの連絡もあって、自主的に活動を自粛する学生も出始めた。
新聞の発行と、ミニFM局の放送中止が、学校側から各部へと正式に通達され、ワープロや印刷機、放送機材といったものが、教師達によって没収されてしまった。
猛り狂う編集長を想像して、高梨を始めとした部員一同は肩をすくめたが、当の大江編集長自体は、意外にも落ち着いたものだ。
ようやく深夜のDJ業務から一旦開放された長谷川、長島、藤木といったメンバーだったが、上から「やるなと」言われると、逆に「やってやるぜ、このやろう」と動き出すのが、昔からのムサノ男子校気質だ。
部室まで閉鎖されなかったことを幸いにと、これまでの睡眠不足の解消に専念しつつ新たな作戦の実施を画策し出した。
男子学食、通称「漢飯」で、こちらも学食名物である、ごま油とニラの香りも香ばしい朝絞め鶏のレバニラ炒めを、高梨、長谷川、長島が、よからぬ相談をしながらパクついているところに、女子部の生徒はあまり手を出さないレバニラ定食のトレーを持って、大江とマユミ、智子がやってきて三人の前に座った。
「あれ、意外と冷静なんだね」
政府からの圧力と一部の保守的な教師達によって新聞部は発行禁止状態となっているため、いつもなら怒りの頂点にあるはずの大江が、今日は神妙な面持ちだった。
「Don't get mad, get even.」
一言つぶやいて、パクパクと豪快にレバニラをぱくつき出す大江。
「なんて意味?」
長谷川が聞くと、
「怒るな、やり返せ。ジョン・F・ケネディだっけ?」
長島が答えて、ニヤリと笑った。
「まあ、こんなことくらいで諦めないよなぁ」
「あんた達はなにしてんのよ?」
「秘密ー。まあ、すぐにわかるよ」
今度は長谷川が楽しそうに応える。根っからの反体制気質がそうさせるようだ。
「クソ政府と、頭の固い教師どもの言うこと聞くのもしゃくなんでね」
と、こちらは長島。
「TTにならないようにね」
一応先輩のマユミが、調子に乗ると何をしでかすかわからない男子校生達を窘める。TTとは、「停学・退学」の略語だ。
「ところで、ヒロ達からは連絡入ったの?」
「昨日ようやくね」
「良く、電波が届いたわね」
実習で電波と無線技術も勉強している大江が言った。
「持たせられる無線機の大きさにも限りがあるからね。DXじゃなくて衛星使ってやってるよ」
アマチュア無線では長距離の通信のことをDistance=DXと呼んでいる。
HF帯(短波)で地球の上空にある電離層に反射して電波を届かせるが、宇宙や太陽からの影響、気象条件等々によって強度が刻一刻と変化するため安定して交信するのが難しい。
衛星とは、アマチュ無線のために打ち上げられた衛星で、地上高度900km~1300km上空の極軌道を周回している人工衛星のことだ。
インターネットのない時代は、回線を使った国際電話か、こうした無線機を使用した通信手段に頼らざるを得なかった。
「で、どうだって?」
マユミが心配顔で聞いてくる。
「健気だねぇ」
高梨がうんうんと頷く。
「まあ、ひどいらしいよ。死体と難民の山らしい。軍事クーデーターなんてそんなもんかもしれないけど、現場はまあ凄まじいってさ」
「もしかして、戦闘に巻き込まれてる?」
「巻き込まれたというか、沖が突貫したらしいよ」
とたんに涙目になるマユミを見て、
「あー、三人とも無事だって。なんせ、ほら、マルコ大佐の血の池でのたうち回るような訓練と、その上あの呪いにも耐えてんだからさ」
長島があわてて取り繕った。
「違うの。また、殺したり殺されたりに巻き込まれて…」
そこでまた下を向いてしまう。
「そうだな」
いつの間にかトレーを持ってテーブルに来ていた藤木が言った。
「今回はエリサちゃんを助けるためだ。助けるために殺し合うってのは大きな矛盾とは思うけどね。けど、俺たちはそんな矛盾にも負ける訳にはいかねーんだよ」
藤木がトレーを置いて席に座り、みんなを見回した。
「戦争って奴は、この世界のいつもどこかで起こっているし、日本だと遠くのできごとだと思って無縁でいられるってのは都合がいいのかもね」
藤木の言葉を受けて、長島が続けた。
「直接手をくださないだけで、前戦で兵士達が殺し合うことは俺たちにも関係があるんだよ。俺たちは幸か不幸か昨年のクエートでそれを知ることができた。良い悪いでは無く、俺たちが正しいと思うことを信じてやっていこうぜ」
「ま、自分の国は平和だと言って無関心でいることは、ある意味、無作為殺人みたいなもんだからね」
とこれは大江。
「クソみたいな大人達が作り上げた、不条理に負けてられっかよ」
長谷川が怒ったようにして言うと、みんなが黙って頷いた。
To be continued.
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