23.戦場カメラマン
救出した少女を抱えた沖田と吉川、小坂は一旦、フィアットの置いてある森まで後退。車に積んであった医療キットで負傷した少女を治療して意識が回復するのを待った。
沖田の服には明らかに敵の弾丸が当たった跡はあるものの、身体は無傷のままだった。ボロボロになった服を脱ぎ捨て、ご丁寧に詰め込まれていた、同じようなルパンのコスプレ衣装に着替える。
「まだまだ、呪われてんだなぁ、俺達」
自分の体にうっすらと残る銃撃傷の跡を眺めて、諦め顔で沖田がつぶやく。
「まあ、そのおかげで、こうして生きてられるんだけどね」
仕方ないさと両手を腰の高さに挙げて小坂が言った。
「これで連中に見られちまった。噂が広がるとやっかいだな」
吉川がいつになく難しい顔をして言い、三人は押し黙った。
やがて沖田が、
「さてさて、クラリス姫の具合はどうかね」
わざとおどけたようにして言って、濃いグリーンのテントをのぞき込む。
森の中にテントを張って、意識の戻らない少女をシュラフでくるんで寝かせてあった。
頭を強く打たれているので、意識が戻らない場合の対処を考えると、三人とも気が重い。エメトリアを覗く近隣国家までは百キロ以上あり、警戒の厳しい国境を越える必要もある。
「革命軍というよりは、殺人ロリコン集団だな」
小坂が怒りを抑えた口調で吐き捨てる。
「国連は何やってんのかね」
「この辺りは今や紛争だらけだからな。ボスニアやなんやらでも民族紛争で昨日の隣人と血で血を洗う殺し合いをしてるしな」
「こりゃあ、エメトリアの中は相当ひどいことになってんぞ」
沖田が雨でしけってしまったキャメルを手でもんで少し乾かしながら、ジッポで火を付ける。
「よぉ、火貸してくれないか」
突然、後から知らない声音の日本語で声をかけられて驚いたのもつかの間、一瞬で沖田はグルカナイフを、小坂は日本刀を引き抜くと、相手の首筋に突きつける。
沖田の腰からベレッタを引き抜いた吉川がハンドグリップで両手持ちにして周囲を警戒した。
「ま、まった、待ってくれ。こわい高校生達だな」
両手を挙げて尻餅をついたその男は、年齢の頃は40代だろうか。ジャングルハットに上下ともベトナム戦争当時とおぼしき野戦服を着込んではいるが、手と首にカメラが2台。
「おっさん、何もんだ?」
グルカナイフを首筋の肉にめり込ませ一引きで頸動脈を断ち切れるようにしながら、左手のベレッタを周囲に向け、沖田が低い声で聞いた。
「見てわからないのか?ジャーナリストだよ。右胸のポケットにパスが入っているから見てくれ」
沖田がナイフをつきつけたままポケットから片手でパスを取り出す。
英語で書かれたそれは、築地にある日本の有名新聞社の社名と、その男の顔写真と竹藤真也という名前が書かれていた。
パスを吉川に渡した沖田が、
「他に証拠は?こんなもん幾らでも偽造できんぞ」
凄みをきかせて聞く。
「どうすんよ。ここで殺して埋めていくか」
吉川が周囲の警戒を解かずに言った。
「仕方ないか。また、夢見は悪くなるが…」
沖田の目がギラリと光った。
「わぁ、ま、まってくれ。リュックの中に俺が出版した本が入ってる。それを見てくれればわかるって!」
小坂がリュックのジッパーをおろして中の物を地面に投げ捨てる。
一冊の写真集をとりだすと、片手でパラパラとめくった。
「今時、戦場カメラマンかよ。はやんねぇな」
小坂が写真集の最後のページを広げて吉川に渡す。
「周囲に敵の気配は?」
沖田が小坂に聞く。
「特に感じられない」
「ヒロは?」
「同じく」
一応、竹藤の身体をくまなく調べ、やばそうな物を持っていないかチェックする。
左の胸ポケットから小さめのビニールに入った乾燥された草以外は特に危ない物は見つからなかった。
「な、ほんとだって。信じてくれ」
ビニールに入った草をチェックしてた吉川が、
「こんなもん見つかって逮捕でもされたら大変だろうが」
ビニールに入っていた草を地面にまき散らして足で踏み潰す。
「ああ、もったいねぇ」
さも残念そうな顔押して竹藤はその様子を眺めた。
「おっさんもエメトリアへ?」
一旦、ナイフを引いた沖田が左手に銃をもったままタバコを吹かす。
「ああ、魔女の森の伝説と革命を撮りにな」
沖田から恐る恐るジッポを借りて火を付けた竹藤が、マイルドセブンの煙を塩辛い顔をして吐き出した。
「ところで君らはなんなんだ?」
竹藤が一同を見回す。
「コスプレ好きのバックパッカーだよ」
どうでもよいといった感じで吉川が答えると、
「それにしたって、君らのその装備」
内藤が、沖田や小坂が持つ武器を指さす。
「モデルガンに模造刀だよ。コクサイ、MGC、東京マルイ。日本製みんなリアルね」
沖田が変な外国人の真似で答え、それ以上質問を許さないようににらみ付ける。肩をすくめた竹藤が、
「テントにいる子は大丈夫なのか?」
テントの方をのぞき込むようにして言った。
「革命軍の連中に難民キャンプで手ひどく殴られててね。意識が戻らない」
沖田がまだ疑わしそうな目で見ながら言った。
「少し見せてもらっていいかな」
テントに入ろうとする竹藤を沖田がにらみ付けた。
「おっさん。妙な真似すんじゃねぇぞ」
「しねぇよ。ロリコンじゃねぇ。俺はザギンのチャンネーが好きなんだ」
竹藤が少女の脈をとりまぶたを開けて眼球の動きを確認する。
「昏睡はしてないな。暫くすれば目覚めると思うが…」
近くの小川の水で冷やしたタオルを腫れ上がっている部分に当て直す。
「医者か何かか?」
と吉川。
「ああ、これでも医学部卒だよ」
竹藤がテントを出て倒木に腰掛けた。
「君たちはエメトリアに向かうのか?」
竹藤が再びたばこに火を付けながら聞いた。
「さあね。おっさんは?」
吉川が聞き返す。
「俺はエメトリアだ。今回の革命と”魔女達の森”の歴史に興味があってね」
「魔女達の森?」
「ああ、知らないのか?この国に昔から語り継がれる伝説だよ。現女王も確か魔女のはずだ」
「魔女っ子かよ。オタクは日本でやってな」
「自分だってオタッキーなくせに。魔女っ子というよりかはアルジャーノンな感じだな」
とこれは沖田と小坂。吉川が興味なさそうなそぶりで、
「魔女ってのは、魔法が使えるって事なのか?」
「いや、そうじゃないらしい。一節によると脳の使用領域を大幅に拡大できる異能力者のことらしいんだが」
竹藤がタバコの煙を吐いて、腰に付けた水筒から水を飲むと、
「ウィスキーかなんかないのか?」
と三人に聞く。
舌打ちした沖田がスチールのスキットルに入ったバーボンを放った。
「がぶ飲みすんなよ」
と念を押す。受け取った竹藤が、
「ほお、イギリス陸軍の刻印入りか。レプリカか?」
スキットルから一気にウィスキーをあおった。
「かぁ、きくねぇ。ワイルドターキーか」
口元を拭って更に一口。沖田がスキットルを取り返し、自分も一口飲むと小坂に放る。
「で、脳の使用領域が増えるとどうなんだよ?常人では思いつかないような計算が出来たり、芸術性が発揮できたり?」
「いや、そういう傾向もなくはないらしいんだが、この国で発現するケースでは、簡単なのもので物体移動、より大きな力で、物質返還、次元操作、中には時間操作まで及ぶ場合もあるらしい。エメトリアでは国の施設で研究が進んでいるとの話だ」
沖田と吉川と小坂が、お互いに顔を見合わせる。わざとらしくため息をつくと、
「おっさん、そんな話信じてるのか?」
あきれ顔の代表で吉川が聞く。
「世はオカルトブームだしな。本にして売り出したいんだよ。ボートでだいぶ使い込んじまってな」
わざとなのか、はぐらかすようにして竹藤が答える。
「わざわざ、革命軍なんて殺人狂集団のところに行こうなんて正気の沙汰じゃねぇな」
沖田が言ったところで、テントの方で人の動く気配がした。痛みに耐える軽いうめき声も聞こえる。
「どうやら意識がもどったみたいだぜ」
竹藤が言って立ち上がり、三人もテントへと向かった。
To be continued.
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