12.軟禁されたカーラと外事五課の憂鬱

「で、なんでみんなで来るんだよ?」

 ホテルのドアの前で小坂があきれ顔でやってきたムサノメンバー全員を見回した。

 沖田、吉川をはじめ、まゆみ、智子、長谷川、長島、高梨、藤木、アキラと各部の部長クラスのガヤ連中と、回復したエリサまで来ている。

「なんでエリサちゃんまで来てんだよ。危ないだろうに」

 文句を言う小坂に、

「だってその人、日本語ほとんど話せないんでしょ?」

 マユミが言い、

「私が来たいと言ったんだ」

 とこれはエリサ。

「で、お前らは、あれだよな。冷やかしだよな?」

 小坂が他を見回す。

 でへへーと男連中が笑った。

「だって美人だって言うし」

「おまえだけ軟禁とかずるいぞ!」

「俺にも見張らせろ!」

「あれだろ、尋問すんだろ?」

 とやんや言ってくる。

 ドアの中からロシア語でカーラの声が聞こえた。

 どうやらエリサが来たことに気がついたようだ。

「とにかくだ。廊下、エレベーターホール、ロビーに分担して警戒にあたろう。またあんな連中が襲撃してくるともかぎらん」

 珍しく沖田がまじめなことを言うと、

「嫌だね」

「じゃあ、おまえロビーいきな」

「部屋の中は俺に任せろ」

「うるせーはげ」

「なんだと、このやろう!」

 と収集がつかない。

 そんな中、エリサがすっとドアを開けて部屋の中に入った。

 慌てて沖田を先頭に全員が慌てて後に続く。

 最後に残った小坂と長谷川がドアの両脇に立った。

「長谷川は何しに来たんだ?」

「なんか面白そうじゃん」

「お祭り好きだねぇ…」

 小坂が苦笑いを浮かべるとエレベーターホールの方を見つめた。


 ロシア側のセーフハウスは掃除屋(クリーナー)と呼ばれる、殺しの後を綺麗に片付ける専門チームが入った後なのか、戦闘の痕跡を残す物は何も残されていなかった。

 もっとも、ちゃんとした検査を行えば、血痕の跡や硝煙反応なども検出されるだろう。

 アメリカ第七艦隊からCH47チヌークで飛び立った急襲部隊は、ロシア側のセーフハウスを急襲。

 制圧を完了すると、袋詰めにした生死不明のいくつかの捕虜を抱えて艦隊へと撤退した。

 作戦時間わずか20分。よほど優秀な部隊を送り込んだらしい。

 しかし、彼らが確保を目指していた、第一ターゲットはおろか第二ターゲットにまで逃げられる始末だった。

 第一ターゲットがソビエト側に確保されてセーフハウスに連行されたと偽の情報を流したのは、他ならぬ内藤達だ。

 ハウス内の現場検証状況を一通り済ますと、内藤は外にでてマイルドセブンに火を付けた。後に佐藤が続く。

「何人か死んでるな」

「ええ」

 綺麗に片付けられているとはいえ、東と西の最高峰の工作員同士が戦闘を行えば、双方に多大な死傷者がでことは分かっていた。

「逃げた連中の足取りはつかめてないのか?」

「ええ。倉庫街で車だけは発見できました。まさか追跡している車が、その車ごと目の前から消えるとは思わなかったので…」

 追跡班を担当していた佐藤がめずらしく言い訳をする。

 東大出のエリート官僚が、何を思ったのか道を外れイリーガルな部隊へ転属してきて三年。これまで大きなミスはなかったはずだ。

 内藤が肩をすくめて応え、二本目に火を付けた。

「引き続き捜査は続けます。見つけたら監視ですか?」

「何が言いたい?」

 佐藤の言葉にちょっとしたいらだちを感じた内藤が聞き返す。

「いえ、日本国内で米ロがライフルで銃撃戦まで展開しているんです。このままにしておくのは」

 珍しい物でも見るように内藤が佐藤を見つめた。

「良く覚えておくんだな。俺たちの国は表はアメリカ、裏はロシアに牛耳られてんのさ。国民が知らないだけで、この列島は東西冷戦の最前線なんだよ。戦後、そう、ずっとそうだ」

 タバコを踏み消した内藤が、苦い物でも飲んだようにツバを吐き出す。

「しかし…」

「まあ、今回みたいな件はまれだ。そのうち俺たちのターンもまわってくるさ」

 そう言うと黒塗りの官用車に向かって歩き出す。

 佐藤は納得のいかない顔をしたまま、内藤の後に続いた。


To be continued.

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