第15話 追放、新たな天地
ユウキとステラは、御前試合から数日経ったある日、婚姻届けを提出した。誰一人として祝福されなかったが、二人は晴れてこの世界で夫婦となることが出来たのである。
だが、結婚したと言ってもそれは書類上の話であって、二人は一緒に住むでもなく、その生活に何の変化もなかった。そんなある日、二人に議会への招集通知が届いた。
議事堂には、女王始め、各議員、軍の幹部などの錚々たるメンバーが集っていて、二人が姿を現すと、冷たい視線と共にあちこちでひそひそ話が起こった。
それを打ち消すように、女王アンドロメダが口を開いた。
「ステラ、先日貴方達の婚姻届けが出されたようだけれど、これはどういう事なの?」
「陛下、勝手な事をして申し訳ありません。でも、これは戦士としての約束です。反古にはできません」
毅然として、ステラが言った。
「貴女はこの国の王女なのよ。あなたが一民間人と結婚するという事は、皇位継承権を失うという事なのよ、分かっているの!?」
「お母さま、私の意思は変わりません。このうえは王女としての権利を放棄し、民間人として、この人と暮らします」
言いだしたら聞かない、わが子の性格を知悉しているアンドロメダの顔に、一瞬諦めの色が見えた後、厳しい表情に変わった。
「そう、では、貴女の王女としての全ての権利を剥奪し、二人の国外追放を命じます。但し、軍特別顧問としての立場はそのままとし、引き続きネーロ帝国との戦争の支援は、軍と連携を取って行う事、従って十剣士の同行を許します。これは命令です。いいですね?」
「陛下、謹んでご命令に従います。親不孝をお許しください」
ステラは何故か、この厳しい処分を予想していたかのように冷静だった。ユウキが、いたたまれなくなって口を挟んだ。
「陛下。私の事はいざ知らず、ステラへの罰は重すぎます。ご再考ください!」
「ユウキ、いいのよ。これは私が決めた事だから」
ステラは、興奮するユウキをなだめ席に着かせた。
議員達からも、厳しすぎるのではないかという意見が多く出たが、アンドロメダは、頑として受け付けず、二人の処分は決定した。
次の朝、十剣士を伴い、ステラ達は人知れず南の大陸へと旅立った。
ユウキは、ステラが何故こんな事を受け入れたのか分からなかったが、今一番悲しいのは彼女自身かも知れないと思い、深くは聞かなかった。
ステラ達の、国外追放のニュースは、その日の内に王国内に流れ、国内からは、ステラ復権への大規模なデモが起こり、国に激震が走った。ステラを慕う国民は多く、軍でも派閥を問わず抗議が相次いだ。議会でも、王女復権への動きが出始めた。
その事に心を痛めたステラは、全国民に向けて映像のメッセージを送った。
「この度は、私の我儘で国民の皆様にご心配をおかけして申し訳ありません。実は、夫、ユウキとは、異世界で出会ったのです。国は、この世界で無名の彼を、私の夫として認めないでしょう。ですから、今回、我儘を言わせてもらいました。私にとって彼は、それほど大きな存在なのです。
国を出て、今、南の大陸に居ます。核戦争の忌まわしきこの地は、既に放射能は消え、楽園となっています。此処に、ネーロ帝国に対抗する一大拠点を築き、今まで以上にライト王国の為に戦うつもりです。必ず、この戦争を終わらせ、ライト王国に帰ります。暫く留守にしますが、私を信じて待っていて下さい。
今、国が乱れれば、ネーロ帝国の思う壺です。私の事で、これ以上の講義は控えて下さい。心を一つにして、ネーロ帝国打倒に向け戦ってまいりましょう。大好きな国民の皆様。私は、今幸せです」
このメッセージが、その日の内に、ライト王国全域に流れると、一切の苦情、デモはピタリと止んだ。
ステラ達は、南の大陸の、サウスシティに降りたって、ユウキが見つけておいたエイリアンの宇宙船の前までやって来た。崩れた山肌から顔を出している部分だけでも五〇メートルはあった。
「これは、何万年も前にやって来たエイリアンの宇宙船です。何か使える物があるかも知れませんので、これから、この宇宙船の内部を皆で捜索しようと思います」
ユウキが先頭に立って、宇宙船の中へ入っていった。一同は、見慣れぬエイリアンの宇宙船の内部を興味深そうに見ながら、ユウキの後を追った。ユウキ達が、エレベーターに乗って最上階の部屋に入ると、そこは操縦室のようだった。正面に大画面があり、中央部には椅子と一体になった扇形の操作デスク盤が置かれてあった。壁側にも様々な機器が並んでいたが、どれも電源は入っていなかった。
「ユウキ、メインコンピューターにアクセス出来れば全てが分かるんじゃないか?」
サルガスが操作盤をいじりながら言った。
「うん、照明もエレベーターも動いているんだから、メインコンピューターは今も僕達を確認しているはずだ。ともかく、このシステムを起動する方法を探そう」
ユウキが、そう言いながら後方を振り返ると、操縦室全体を見渡せる一段高い所にも操作デスク盤がある事に気付いた。彼がその上に上がってみると、指揮官用のデスクがあって、そのデスクには手の平を模ったタッチパネルがあった。
「あった! きっとこれだ!」
ユウキの声に、一同が指揮官デスクに集まって来た。
「ユウキ、これはエイリアンの指揮官を認証する装置のようですね。我々サファイヤ星人では動かないのではないですか?」
科学技術に詳しいレグルスが、言った。
「そうかも知れませんが、やるだけやってみましょう」
ユウキがそう言って自分の手をパネルの手形に合わせると、一瞬手形の部分が光ったが、その後何の変化も無かった。
「だめか、……エイリアンのスーツの情報が身体に入っているのでもしやと思ったんだが、一体化を途中で止めてしまったから情報が足りないのかも知れない」
「エイリアンのスーツ? 何ですそれは?」
レグルスが不審げに聞いた。
「実は、最初に此処に来た時に、この宇宙船の中で、エイリアンのスーツを見つけたのです。僕が試しにスーツを装着してみると、身体全体に痛みが走り苦しくなって来ました。博士がスーツを解除してくれて軽い火傷で済みましたが、その時から、僕の脳細胞と身体能力が活性化されたのです。エイリアンのスーツから僕の身体に何かが入ったのだと思います。
博士の話では、スーツと完全に一体化したら、人間ではいられないかもしれないと言っていました。今は博士の研究所に保管されています」
「そうですか。恐らくそれは、サイボーグスーツでしょう。人間でいられないなら使う訳には行きませんね。しかし惜しいな、きっと凄い力を秘めていると思いますよ」
「全くです。この戦争を終わらせる力になるかも知れないと思っていたのですが、残念でなりません」
ユウキとレグルスが話している内にも、ステラやサルガスも認証を試みたが、結局何も起こらなかった。
「残念だが仕方がない。レグルス様、この宇宙船は雨風は防げるので、寝泊まりは此処を使ってはどうでしょう?」
ユウキがリーダーのレグルスに言った。
「そうですね。当面は、此処を使わせてもらうとしても、基地としての整備や、建物も作らなければいけないですね」
レグルスが、エレベーターのボタンを押しながら言った。
「そうね。レグルス、悪いけど簡単なものでいいから私達の家も作ってほしいわ」
「分かりました。早速作りましょう」
レグルスが、十剣士に指示すると、彼らは、森へと出掛けていき、大きな木を数十本切り出して来て、半日余りで立派な木造の丸太小屋を建ててしまった。
「凄いね、こんな短時間で家を建ててしまうなんて……」
ユウキが、感心しながら、その建物を見上げた。中へ入ると、炊事場、居間、寝室、会議室迄作られていて、ステラも気に入ったようだった。
夜になって、丸太小屋で簡単な食事をとり、お茶を飲みながらの会議が始まった。
「今日はご苦労様。では、これからの事を検討しましょう。最初に、今回の国外追放の件で不審に思っている人もいると思うから、私から言っておきたいことがあります。
実は今回の事は、私とお母さまのお芝居だったの。デネブが軍を追放になって、アルデバラン議長一派が何をしでかすか分からない状態だったでしょ。内乱でも起これば、ネーロ帝国に攻め込む隙を与えるようなものだから、私を廃する事で、議長派の怒りを納めたの。皆には黙っていてごめんなさい」
ステラの話に一同は驚いたが、確かにその通りだと頷いた。
「さて、これからの話だけど。最強とはいえ、たった十人では人手不足ね」
「その事ですが、先ほど二百名の兵士が軍を止めたそうです。こちらに来る可能性が高いですね」
レグルスが笑みを浮かべて言った。
「それは願ってもない援軍ね。受け入れ態勢を急いでとらないといけないわね」
「明日、早朝から兵士達を受け入れる準備をしよう」
レグルスが言って、その日は終わった。
次の日の昼前に、二百名の兵士がやって来た。ステラ達が外へ出ると、兵士たちが駆け寄ってきて、口々にステラの名を呼び、共に戦わせてくださいと懇願した。
「貴方達、軍から逃げてきたんじゃないでしょうね?」
「全員退役してきました。ここで働かせてください!」
「レグルス、彼らを雇ってもいい?」
ステラが、レグルスを振り返り笑顔で聞いた。
「しばらく給料は払えませんが、それでも良かったら働いてもらいましょう」
二百人の兵士が加わり、基地としての機能を発揮できる陣容となった。ロータス師匠に、在宅で軍の最高顧問をお願いし、司令官にレグルスを任命して、サルガスが補佐となった。他の十剣士は、情報収集の為、世界へと散っていった。
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