第270話 ギリク外伝 老人と犬っころ 後編

 護衛三日目の朝は、それまでの二日とは打って変わってピリピリとした空気に包まれていた。

 早朝に宿を出立した馬車は、リバレー峠の入口にある広場に続々と集まってくる。


「こいつら、何で集まってんだ?」

「馬鹿たれ、ワシらも目的は一緒じゃ」

「だから、何で集まってんだ?」

「ここで即席のキャラバンを組むんじゃ。互いの馬車の人数、大きさ、護衛の数などで交渉して、一塊になって峠を上るんじゃ」

「山賊に対抗して、こっちも人数を揃えるんだな」


 ロペン爺さんは、馬車を広場へと乗り入れると、ゆっくりと進めながら周囲を見渡し、やがて数台の馬車が止まっている近くで手綱を引いた。


「もう締めちまったかい?」

「いや大丈夫だ。最近は物騒みたいだからな、あと二、三台加えようかと話していたところだ」

「こっちは、客が二人、護衛も二人、それにワシじゃが、どうじゃ?」

「悪くねぇな。護衛と話がしたい」

「分かった、ちょいと待ってくれ。おい、ペデル、ちょいと降りてくれ」


 ペデルがキャビンから下りてきて交渉を始めたが、ロペン爺さんが声を掛けた時点で、ほぼ話は決まっていたように感じる。


「爺さん、なんで、こいつらを選んだんだ?」

「なんじゃ、見て分からんのか?」

「うっ……分からねぇから聞いてんだ」

「はぁ……馬車と護衛の身なりを良く見てみろ」


 集まっていたのは、幌馬車や荷馬車ばかりだが、御者や護衛の身なりも良くない。

 とは言っても、ロペン爺さんや俺も、他人をどうこう言えるほど小ぎれいな格好はしていない。


「なぁ、あっちの乗り合い馬車やキャビンが数台いるグループの方が良くねぇか?」

「駄目じゃ、駄目じゃ、あそこに加わるなぞ、巻き込まれに行くようなものじゃ」


 ペデルが話をしている間に、もう一台荷馬車が加わったところで、出立することになった。

 一旦出立するとなると、慌しく準備を終えて、打ち合わせした隊列で馬車は進み始めた。


「ギリク、こっちの隊列と、あっちのグループを見比べて、どっちを襲ったら金になるか考えてみろ」

「あっ……なるほど。昨日、馬車を掃除するどころか汚していたのは、みすぼらしく見せるためか?」

「そうじゃ。乗り合い馬車と一緒にいたキャビンのようにピカピカに磨き込んでいたら、自分は金持ちだと宣伝しているようなものじゃ」

「だが、荷馬車の連中は空荷だぞ。それって物を納めて金持ってんじゃねぇのか?」

「はぁ……お前さんじゃ、山賊も務まらんな」


 ロペン爺さんが言うには、確かに馬車の多くは、ヴォルザードに穀物や鉱石を積んで行った帰りの道らしい。

 現金を持っている場合は稀で、こうした馬車の積荷はギルド経由で清算が行われる場合が多く、つまりは物も金も持っていない馬車なのだ。


「それじゃあ、むしろこの馬車が狙われるんじゃないのか?」

「確かに、他の馬車よりも金を持っている確率は高いが、乗り合い馬車や綺麗に磨き込んだ馬車と較べれば、確率は低いと思われるじゃろう」


 山賊は捕まれば死罪。

 襲われた側は、山賊を殺しても無罪になるどころか報奨金まで貰える。


 山賊行為は、言うまでもなくハイリスクだ。

 それに見合うだけの実入りが見込めないなら、やる価値が無い。


 狙われるのは、見るからに金持ちの馬車や、若い女性が乗り合わせている馬車だ。

 急いで出発したのも、一番狙われやすそうな隊列よりも先に出発し、他のグループへの襲撃に巻き込まれないようにするためだ。


 昨日まで、前後を行く馬車は、姿が見える位置にあれば良かったのだが、今日は、馬車と馬車の間隔を縮めて進んでいる。

 間隔を開けて進んでいては、隊列を組んだ意味が無くなってしまうからだ。


 その為、御者は常に後ろとの距離を確認し、速度を緩める際には前の馬車に合図を送る事になっている。

 俺達の乗る馬車は、八台で構成された隊列の後から二番目だ。


「ギリク、後との距離が開きすぎたら、前の馬車に合図を送って速度を緩めてもらえ」

「おぅ、分かった……」


 ロペン爺さんも、これまでの飄々とした感じではなく。

 街道脇の木立の中まで見透かすように、鋭い視線を巡らせている。


「ギリク、木の根元ばかりではなく、時々は幹の上にも目を向けるのじゃぞ」

「なんだよ、狙われないんじゃねぇのかよ」

「世の中に絶対なんてものは存在しない。山賊共が気まぐれで襲って来ないとも限らん、応戦する準備をしていなけりゃ殺されるぞ」


 隊列を組む馬車同士の間隔を確認しつつ、周囲にも目を配る。

 前後の馬車の御者や護衛も、厳しい顔つきで警戒していた。


 馬に休憩を与える時も、先頭の馬車から順番に水を与え、休息スペースの周囲に隊列のまま集まって休憩した。

 馬には休憩が与えられるが、護衛の人間が気を抜くことは許されない。


 俺達が護衛する宝石商のデブも、今日は農夫のような服装をしている。

 いささか馬車と釣り合いが取れていない気もするが、昨日までの趣味の悪い成金趣味の服装よりはマシに見える。


 馬に休憩を与えている間に、人間も用足しを済ませ、再び隊列は峠道を進んでいく。

 昼少し前には峠の頂上を超え、その頃から、別の隊列と擦れ違うようになった。


 マールブルグ側から昇って来た連中も、山賊を警戒してピリピリとしている。

 隊列を組んで移動をしているのだから、山賊ではないと思ってはいても、もしかして……という思いを捨てきれず、互いを警戒しながら擦れ違った。


「なんでぇ……向こうも堅気じゃねぇかよ」

「皆、八割がたは相手も山賊じゃないと思っておるが、残り二割ほどの疑いを捨て切れんものじゃし、捨てたがために命を落とすようなことになったら笑えんじゃろ」


 確かに、峠道で擦れ違うだけだから、相手にどう思われようが関係ない。

 それよりも、自分の身を守ることに専念する方が正しいのだろう。


 峠の頂上から半分ほど下って来ると、隊列の緊張感が目に見えて緩んできた。

 麓に近い場所で襲撃を行うのは、山賊に取ってリスクが大きい。


 特に、リバレー峠を領地とする、マールブルグに近い側には守備隊も多く配置されているそうだ。


「まぁ、ここらまで下りてくれば、たぶん大丈夫じゃろう」

「けっ、山賊の二、三人も討伐すればランクも上がったのによ……」

「馬鹿たれ、護衛の仕事で一番大切なのは、護衛の対象を無事に送り届けることじゃ! 襲撃に遭遇すれば、流れ矢で負傷したり死ぬ場合だってあるのだぞ。そうなれば、ランクアップどころかマイナス査定じゃ。本来の依頼を忘れるんじゃない。山賊相手に一人で戦いを挑めるのは、ヴォルザードでは『魔物使い』ぐらいじゃろう」


山賊が襲撃してくる可能性が減って、ホッとしていたのに腹立たしい名前を聞いて気分が悪くなった。


「ふん、あんなクソチビ、大した事ねぇよ。いつかグシャグシャに丸めて、ゴミ溜めに叩き込んでやる」

「ほっほっほっ、威勢だけは良いが、お前さんじゃ捻り潰されるだけじゃろうな」

「んだと! クソチビなんざ、これまでにも何度も叩きのめしてやってる。使役してる魔物が強いだけだろう」

「だとしても、三十数人の山賊を皆殺しにした実績は『魔物使い』のものじゃぞ。お前さん、同じ芸当が出来るかい?」

「三十数人だと……どうせ噂に尾ひれが付いて、話が大きくなってんだろう」


 ロペン爺さんは、手綱を握ったまま俺に視線を向けて、鼻で笑いやがった。


「ギリク、お前さんランクを上げたがっているようじゃが、自分に何が足りていないか分かっておるのか?」

「あぁん? 俺に足りないのは実績だけだ。ランクの上がりやすい仕事をすれば、すぐにランクなんか上がるさ」

「そんな事じゃ、Bランクに上がる前に、コロっと逝ってしまうじゃろうな」

「んだと! ペデルの野郎でもBランクなんだぞ。半年も有ればAランクに上がってやんよ」

「ヴォルザードで生まれ育った者なら分かるじゃろう。半年でDランクからAランクに上がれるような人間は、本人がどう思おうと、勝手にランクアップするような状況に巻き込まれるものさ。そうじゃない者は、余程頑張らない限りは、Aランクには届かないぞ」


 ムカつくが、ロペン爺さんの言うことは確かだ。

 急激なランクアップをする者は、他の者とは違う雰囲気をまとっている。


 厄介事を引き寄せているかのように見えるのは、それだけ実力を認められているということだ。

 どこまで本当だか疑わしいが、クソチビに関する噂は、正に急激なランクアップをする者の典型でもある。


「うっせぇ、他人がどうだろうと知ったことか、じきにAランクに上がってやっから見とけ!」

「本気でランクアップしたいと思っておるならば、気付くことじゃな?」

「気付く? 何にだ!」

「自分に足りないものにじゃよ。自分に何が足りないのか気付くことで、人は学び成長する。ギリク、お前さんは知識も、経験も、技術も足りないものばかりじゃ。そこから目を背けているようでは成長せんぞ。だが、別の言い方をするなら、まだまだ伸び代が残されているとも言える。成長出来るか否かは、お前さん次第じゃな」


 ロペン爺さんは、それっきり峠を下りるまでは、一言も口を開こうとしなかった。

 リバレー峠を無事に越えた後も馬車は先へと進み、宿を取ったのは街道の分岐点にある集落だった。


 ここから西寄りの道を進めばマールブルグ、東寄りの道を進めばバッケンハイムへ向かう。

 ここまで来てしまえば、もうマールブルグには着いたも同然だそうだ。


「今夜は祝杯を上げる。ロペンもギリクも馬の世話を終えて、汗を流したら食堂に来い。よいな」

「へい、ありがとうございます、旦那様」


 ヘコヘコと頭を下げるロペン爺さんの後ろで、俺も軽く頭を下げてやった。

 雇い主のデブやペデルは、汗を流して着替えるだけだが、俺達は大忙しだった。


 馬の世話をして、馬車を洗い、自分達が寝る布団のダニ退治、しかも、デブを待たせる訳にはいかないと、ロペン爺さんに尻を叩かれっぱなしだった。

 峠越えをしていた時よりもクタクタになって食堂に向かうと、これまでの晩飯とは比べ物にならない品数の料理が並べられていた。


 いや、俺達の口には入らなかっただけで、こいつらは毎晩同じような夕食を食べていたのかもしれない。


「遅いぞ、何をモタモタしてたんだ。旦那を待たせるんじゃねぇ!」

「よいよい、ペデル。無事にリバレー峠を越えたのだ、カリカリするな」

「そうですか……すみません、オルドフ様」


 俺たちに遅いと言うなら、手前も手伝いに来いと言い掛けたが、止めておいてやった。

 どうやら、今夜は俺達にも酒が振舞われるようで、ペデルの意識はカップの酒に向けられているようだ。


「爺さん、俺達まで飲んでも良いのか?」

「雇い主が良いと言ってるのだから、構わんじゃろ」


 雇い主であるオルドフは、ケチな男ではなかったようで、料理や酒をドンドン追加注文しては勧めてきた。

 ペデルは、歯の浮くようなお世辞を言っては、奨められるがままに酒を飲み、上機嫌に酔っぱらっている。


 ロペンの爺さんは、毎晩の晩酌と同じようにチビリチビリと飲んでは、こちらもユラユラと身体を揺らしている。

 自分は元はAランクの冒険者で、歳を取って身体が動かなくなったからランクを返上してFランクになったとか、嘘か本当か分からないような法螺話をしていた。


 ペデルの野郎がベロベロに酔っぱらっていくのを見ると、俺まで酔っぱらうのは拙いと感じたのだが、酒を控えていたらオルドフに勧められてしまった。


「どうしたギリク、酒は嫌いか?」

「いや、俺まで酔っぱらっていたら、護衛が……」

「なぁに、構わん。この宿は俺の定宿でな、警備は厳重だから心配いらん」

「そうっすか、じゃあ……」


 酒は上等なもので、料理も美味い。

 飲めと言われれば、断わる理由など無かった。


 にこやかに酒を勧めていたオルドフだが、酔うと共に昼間の疲れが出たのかウツラウツラとし始めた。

 秘書の男やペデルも半分寝ているような感じだ。


「よし、ギリク。ちょっと手を貸せ」

「ん? 運ぶのか?」

「そうだ。こんだけ飲ませてもらったんだ、途中で放り出したりするなよ」

「分かった……」


 でっぷりと太っているオルドフに手を貸して、宿の部屋まで連れていく。

 ロペン爺さんは、秘書の男を叱咤しながら引っ張って来ていた。

 ペデルは……知ったこっちゃねぇな。


「あぁ、そっちじゃない。奥の寝室だ。こっちは、ほれギュドー、しっかりせぇ!」


 オルドフを奥の寝室のベッドに寝かせ、秘書のギュドーを手前の部屋のベッドに放り込んで、ようやく長い一日が終った。


「ギリク、ワシは用を足していくから、先に戻っていいぞ」

「おう、分かった……」


 今夜も馬小屋と同じ棟の部屋だが、これまでの宿よりかは綺麗だった。

 夕方、埃を叩いた布団に身体を投げ出す。


 初日は鼻についたダニ退治の薬も、馬臭さにも慣れてきて、直ぐに眠気が襲ってくる。

 ウトウトしたところで、ロペン爺さんが戻って来て、俺よりも早く鼾をかいて寝入った。


 例によって往復鼾だが、今夜ばかりは気にせず眠れるだろう。

 あと一日、マールブルグに到着すれば、護衛の仕事も折り返しだ。


「おい! おい、起きろ! いつまで寝てやがんだ、犬っころ!」

「あぁん? 誰が犬っころだ! ぶっ殺すぞ!」

「ふざけんな! 寝惚けてんじゃねぇ、ロペンの爺はどこに居る! どこに行きやがった!」

「あーん? 爺だぁ……?」


 翌朝、ペデルの野郎に叩き起こされたが、頭がグラグラして話が飲み込めない。


「おい、しっかり起きろ! 爺はどこに行ったんだ!」

「んなもん、知るか! クソでもしてんじゃねぇのか?」

「そんな事を聞いてんじゃねぇ! 爺が宝石を持ち逃げしやがった!」

「はぁ? 持ち逃げだぁ……?」


 血相を変えたペデルが言うには、今朝起きてみると、オルドフの部屋に置いてあった宝石が無くなっていて、ロペン爺さんと馬が一頭居なくなっているそうだ。


「爺は、いつ居なくなった!」

「んなもん知らねぇよ。昨日は俺が先に戻って来て、爺さんは後から戻ってきて、鼾かいて眠ってたぞ」

「くそっ、さっさと出掛ける支度をしろ! 追いかけるぞ!」

「はぁ? なんで俺が追い掛けなきゃいけねぇんだよ」

「馬鹿野郎! 護衛の途中で金品を持ち逃げされたんだぞ、このままじゃ責任を問われんだよ!」

「ふざけんな! オルドフが飲めって言ったから飲んだんだろうが!」

「だとしても、責任を全部免れやしねぇ……ギルドで裁定受ければ、被害額の半分は俺達で賠償しなきゃいけなくなんぞ」

「んなもん、手前が払っとけ!」

「馬鹿か! 今回の護衛額は一千万ヘルト、その半分でだから五百万、手前の賠償額はその半分の二百五十万ヘルトだ。払い切れるのかよ!」

「二百五十万ヘルトだと……」


 ヴォルザードの街では、割の良い仕事でも日当は千ヘルト程度だ。

 一年で三十五万ヘルト程度稼げるだろうが、生活するにも金が要る。

 切り詰めたとしても、二十五万ヘルトも貯金できたら良い方だ。

 つまり、賠償するとなると十年間タダ働きするようなものだ。


「そんな金額払えるわけねぇだろう!」

「だから追い掛けて、とっ捕まえるんだろうが! 捕まえられれば、爺に全部責任を押し付けられる。捕まえられなかったら……分かったら、さっさと支度しろ!」

「くそっ、あの爺、タダじゃおかねぇ……」


 護衛の仕事も折り返し……どころか、ロペンの爺を探し回る羽目になった。

 とは言っても、ここは街道が分岐する場所だ。


「追いかけるとしても、どっちに行くんだ」

「バッケンハイムに決まってんだろうが」

「なんで、そう言いきれる」

「顔の知られたヴォルザードには戻るはずがねぇ。これから俺達が向かうマールブルグも同様だ。イロスーン大森林を越えちまえば、バッケンハイム以外にもブライヒベルグ、リーベンシュタイン、フェアリンゲン、エーデリッヒ。爺の法螺話が本当だとしたら、奴は俺らよりも土地勘があるってことだぞ。そっちに向かうに決まってんだろう」

「だが、どうやって追い掛けるんだ? 馬は一頭しか残ってねぇし、鞍もねぇぞ」


 オルドフの馬車は二頭立てなので、馬は一頭残されているが、乗馬用の鞍は無い。

 おそらくロペンは、馬車のどこかに鞍を隠していたのだろう。


「犬っころ、お前、馬を買う金はあるか?」

「んなもん、ある訳ねぇだろう!」

「ちっ、仕方ねぇ、乗り合い馬車だ」


 馬と馬具を買い揃える程の金なんて、持ち合わせているはずがないし、ギルドの口座にも無い。


 ペデルも俺と同様で、乗り合い馬車でバッケンハイムを目指すことになったが、乗馬と乗り合い馬車では移動速度が違い過ぎる。

 何とか乗り込んだ馬車に揺られていても、全く追いつける気がしない。


「おい、犬っころ。イロスーン大森林を越えたら、二手に分かれて探すぞ。情報は、ギルド経由で共有だ。いいな」

「ちっ、しゃーねぇな。手前、ちゃんと探せよ」

「ふざけんな、こちとら手前みたいに捨てても惜しくない低ランクじゃねぇんだぞ。爺を見つけられなかったら、俺の人生はおしまいだ」


 俺達は、ジリジリとしながら乗り合い馬車に揺られ、イロスーン大森林の入口には昼過ぎに到着した。

 ロペンの爺はここで馬を捨て、馬車に乗り換えて先に進んだとペデルは睨んでいた。


 魔物の数が増えたことで、単独や徒歩で大森林を越えようとする者は居ないそうだ。


「ここから先は、爺も俺らも移動速度は同じになる。何とか差を詰める方法を見つけられれば、宝石を取り返す可能性は残っている」

「どうやって探すんだ?」

「乗り合い馬車の乗り場や、宝石の買い取りをやってる業者に聞き込むしか……」


 話の途中で、ペデルが急に黙り込んだ。


「おい、どうしたんだよ」

「拙いな……お前、俺を買い取り人だと思って聞き込みをやってみろ」

「はぁ? なんでそんな……」

「いいから、やってみろ!」

「ちっ……おぅ、爺さんを見なかったか?」

「どんな爺さんだ」

「痩せていて、小柄で……小柄で……」


 背中にドッと嫌な汗が吹き出してきた。

 聞き込みをしようにも、ロペンはこれと言った特徴のない男なのだ。


 髭を蓄えている訳でもなく、オルドフのように太ってもいない。

 髪形も普通ならば、特徴的な黒子がある訳でもない。

 いたって普通、何処にでもいそうな爺なのだ。


「どうすんだよ。これじゃ探しようがねぇぞ!」

「うっせぇ、今考えてるんだ、横からゴチャゴチャ言うな」


 ペデルは頭を抱え、貧乏揺すりをしながら考え込んだが、なかなか良いアイデアを思いつかないようだ。


「おい、ペデル……」

「何だ、今考えてんだ……」

「おい……」

「うるせぇぞ、この犬っころ……」

「そうじゃねぇ、何で馬車が動かねぇんだ?」

「そんなもん、森の入口で護衛の有無を……」


 イロスーン大森林に入る馬車は、護衛の有無を確かめられので、森の入口は混雑すると言う話は聞いている。

 だが、それにしても馬車は止まったままだし、外が何やら騒がしくなっていた。


 馬車の前方、イロスーン大森林の方から大きくなってきた声が、やがて俺達の耳にも届いた。


「通行止めだ! 大森林には入れないぞ!」

「集落の宿は、既に満室だ! 引き返して、別の集落で宿を探せ!」

「通行再開の目途は立っていない! 繰り返す、再開の目途は立っていない!」


 外の話に耳を傾けていたペデルは、座席を立った。


「おい、犬っころ、行くぞ! おい、降ろしてくれ、ここで降りる!」

「どうするつもりだ」

「決まってんだろう、爺を探すんだよ」


 馬車を降りた俺達は、大森林の入口に向かいながら、ロペンらしき姿が無いか目を皿のようにして辺りを見回した。

 引き返そうと向きを変えている馬車を見かけると、駆け寄って中を確かめたが、ロペンの姿は無かった

 大森林の入口にあるギルドの出張所では、更に悪い情報が待っていた。


「通行を止めたのは、昼少し前だ。それまでに、何台もの馬車が大森林へ入っていったが、森からは一台の馬車も出て来ていない」

「魔物に襲われたってことか?」

「偵察に出た連中が、まだ戻っていないから何とも言えないが、たぶんな……」


 話を聞き、持ち逃げ事件の届出をした後で、集落の中を血眼になって探すと、ロペンの足取りが見つかった。


「あぁ、確かに爺さんが、朝一番に馬を売りに来たぜ。何でも、ブライヒベルグに急ぐ用事があるとか言ってたな……そうだ、痩せた爺さんだ」

「それで、その爺さんはどうした?」

「さぁなぁ……たぶん、乗り合い馬車で先に進んだんじゃねぇか? あぁ、そうなると……もう魔物の腹の中かもなぁ……」


 乗馬を扱っている店を出たペデルは、ガックリと肩を落とすと、道端の草地に座り込んだ。


「おい、爺を探さねぇのかよ?」

「探したければ、勝手に探せ……」

「なんだ、手前は諦めちまうのか?」

「ふん、さっきも言っただろう、簡単に捨てられるランクの手前とは違うんだよ」

「ランクを捨てるって、どういう意味だ?」

「はぁ……本当に世間知らずな犬っころだな。ヴォルザード以外の街に行って、新規で登録をおこなえば、Fランクからの再スタートになるが、二百五十万ヘルトの賠償金は踏み倒せるってことだよ」

「つまり、別人になるってことか? そんなら、手前も……」

「ふざけんな! Bランクに上がるまで、どんだけ苦労したと思ってやがる。ヴォルザードのギルドの口座には、これまでに溜めた貯金だってあるんだぞ! それを全部捨てろって言うのか!」


 ペデルは、草地に大の字になって空を見上げた。

 何かとムカつく野郎だが、同じ騒動に巻き込まれたこともあってか、少し哀れに感じる。


「まだ、ロペンの爺が大森林に入ったとは……」

「入ったさ。いくら間抜けな手前でも分かるだろう、あの爺は用意周到に準備して、ここだというタイミングで仕掛けやがった。間違いなく先に進んだ……無事かどうかは知らねぇが、これまで聞いた情報じゃ、もう死んでそうだがな」


 大森林から一人の旅人も出て来ないとなると、こちらから入ったもの達が無事とも思えない。

 護衛の中には、Bランク以上の冒険者だって居たはずだが、そいつらも辿り着けていないのだ。


「あんた、これからどうするつもりだ」

「さぁてな……とりあえず、状況をギルドに報告して、裁定で下される賠償額を少しでも値切るしかねぇな。せめて、もう半分百万ヘルト……いや五十万ぐらいにならねぇかな……」

「俺も事情を聞かれるんだろう?」

「ん? お前は別の町で出直せば、賠償金から逃れられるんだぞ」

「けっ、俺はAランク……いやSランクまで上がる男だ。あれっぽっちの賠償金から逃げる訳ねぇだろう。値切るつもりもねぇが、手前のために仕方なく値切ってやるから、せいぜい感謝しやがれ」


 ペデルは、ポカーンと口を開いて俺を見詰めたあとで、腹を抱えて笑い出した。


「くはははは、Sランクか、いいぜ、若い奴はそのぐらいデカい口叩けねぇとな。よし、ヴォルザードに戻って、上手く賠償金を値切れたら、俺がランク上げの手助けしてやる。割の良い仕事は、Dランクだけじゃ受けられねぇからな」

「ふん、そんな事ぬかして、俺を利用する気じゃねぇだろうな」

「くははは、利用されないのも冒険者としての腕だぜ」

「おい、どこ行くんだ」

「酒場だ、酒場」

「はぁ? 酒なんか飲んでる暇は……」

「馬鹿言うな、酒でも飲まなきゃやってらんねぇ。いいから来い、未来のSランク」


 背中に付いた枯れ草を払いもせず、酒場目指してズンズン歩いていくペデルを苦笑いしながら追い掛ける。

 ランクアップの手助けをするとか言ってたが、アテになるのか、こいつ……。

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