第258話 大森林の異変
地震が頻発しています。
と言っても、火山性の地震のように、一日に何百回も起こっている訳ではなく、身体に感じるものが一日に二、三回程度、震度もせいぜい三弱ぐらいです。
それでも、これまで全くと言って良いほど地震が起こっていないヴォルザードなので、皆不安を覚えているようです。
僕ら日本から召喚されて来た者達は、地震が起こるメカニズムを良く知っています。
なので、大きな地震の前触れではないのか、地殻変動の前兆ではないのかなど、地面の下で起こっている事を想像して不安を感じています。
一方、ヴォルザードの皆さんは、なぜ地震が起こるのかを良く知りません。
それだけに、地面の下で何が起きているのか想像も出来ず、大きな不安を感じているようです。
その日の朝も、いつものように朝食のテーブルを囲んでいる時に、グラっときました。
棚の食器や窓がカタカタと音を立て、会話がピタリと止みました。
震度はギリギリ二程度ですが、グラっと来た途端メイサちゃんがしがみ付いて来ました。
からかってやろうかと思いましたが、あまりにも真剣な表情をしているので止めておきましょう。
「大丈夫、もう収まった。心配ないよ」
頭を優しく撫でてあげると、メイサちゃんは、フーっと大きな溜め息をついて、強張っていた身体の震えも止まったようです。
「まったく、グラグラ、グラグラ、おちおち食事もしてられないよ。ケント、こりゃどうなってるんだい?」
「うーん……ちょっと分からないですね。僕の暮らしていた国では、色々な計測機器が発達していたので、どこが震源なのか、どのぐらい揺れたのかなどが直ぐにわかるような仕組みになっていて、地震の原因も推定できるのですが。揺れ方と大きさだけだと判断は難しいです」
「大きな災害が起こったりするのかい?」
「日本では、何十年に一度ぐらいの頻度で大きな地震が起きていますが、ランズヘルトとは地形も違いますから、参考にはならないと思います」
普段なら、あたしに任せておきなと胸を張るアマンダさんも、経験のない事態とあって不安そうです。
なので、大きな揺れが来たらテーブルの下に入って身を守る、調理中ならば火を消す、タンスなど倒れやすい家具の近くで眠らないなど、地震に関する知識を話しました。
「なるほどねぇ、出来るところから少しずつ対策していこうかね」
「何よりも、身を守る事を最優先して下さい。物は壊れても買い直せますけど、命は失われたら取り戻せませんからね」
二人には言いませんでしたが、地震が収まるまでは、コボルト隊の誰かが順番で見守るようにします。
メイサちゃんが学校に行き、アマンダさんは開店準備を始めた頃、ベアトリーチェに付いているホルトがひょっこり顔をだしました。
「わふぅ、ご主人様、クラウスが話したいって」
「クラウスさんが? 何かあったのかな?」
「んとねぇ、何かが届かないんだって」
「届かない……? 何だろう」
外出の用意を整えて、アマンダさんに声を掛け、そのまま影に潜ってホルトと一緒に移動しました。
クラウスさんは、ギルドの執務室で待っていました。
「失礼します……」
闇の盾を出して執務室に出ると、ベアトリーチェが歩み寄ってきました。
「おはよう、リーチェ」
「おはようございます、ケント様」
執務室には、アウグストさん、アンジェお姉ちゃんもいます。
「おはようございます、クラウスさん」
「おぅ、ケント、呼び出しちまってすまないな」
「いえ、今日は急ぎの予定は入っていなかったので大丈夫ですよ。それで、何かが届かないとかホルトに聞きましたけど」
「おぅ、小麦が入って来ない」
「小麦って、主食ですよね? 不作だったんですか?」
「いや、昨年も小麦の出来は良かったし、買い付けも済んでいる」
「では、何か別の要因ですか?」
「イロスーン大森林で異変が起こっているようだ」
ヴォルザードは、ランズヘルト共和国の西の端にあります。
境を接するのは、鉱山都市マールブルグ。
その東側に広がっているのがイロスーン大森林です。
イロスーン大森林を越えた先にあるのが、学術都市バッケンハイム。
そのまた東にあるのが、政治と商業の中心都市ブライヒベルグ。
ヴォルザードが買い付けている小麦は、更に東に広がる穀倉地帯リーベンシュタインで作られているそうです。
「リーベンシュタインで作られる小麦の価格は、ブライヒベルグの市場で決められる。これは各都市に公平に行き渡るようにするためだ。勿論、ヴォルザードの近くにも麦の畑はあるが、規模が違いすぎる」
「輸送費用を加えても、買った方が安いんですか?」
「そういう事だ。だが、今回のように小麦が届かなかったり、不作だったりする場合も考えて、麦は作らせているがな」
「でも、採算が合わないのでは?」
「その辺は、補助金を出したりして補填はしてやっている」
「なるほど……そのブライヒベルグ経由で買い付けた小麦が、イロスーン大森林の異変が原因で届かないわけですね?」
「そうだ、簡単に言っちまうと、魔の森のようになってきているらしい」
バッケンハイムから戻って来るアウグストさん達を護衛して、イロスーン大森林を通過してきましたが、出会った魔物はオーガが一頭だけでした。
むしろ、マールブルグの兵士に扮した盗賊の方が厄介だったぐらいです。
「そんなに魔物が増えているんですか?」
「伝わって来ている話では、十頭以上のオークの群れとか、ミノタウロスの目撃も増えているらしいし、集落が一つ壊滅的な被害を受けたようだ」
「そんなにですか……」
クラウスさんの話に驚いていたら、ラインハルトが話し掛けてきました。
『ケント様、これはフラムが出て来た洞窟が関わっているのかもしれませんぞ』
『あっ、そうか……』
『それに、もし洞窟が複数だった場合には……』
『うぇぇ……ちょっとマズイね』
南の大陸と陸続き同然になってしまう場所が、いくつも存在していたら、魔の森のようになっても仕方ないですよね。
「クラウスさん、ちょっと思い当たることが……」
「思い当たること? なんだ」
「はい、例のバッケンハイムにサラマンダーが現れた件なんですが……」
クラウスさん達に、フラムを眷族にして属性を付与した時に見たイメージの話を伝えました。
「何だと……南の大陸と繋がる洞窟だと……お前、どうしてそんな物を放置してやがる!」
「いえ、本部ギルドには報告は入れましたよ。ただ、サラマンダーの一件で、バッケンハイムの冒険者と折り合いが悪くて……それに、場所はヴォルザードじゃありませんし……」
サラマンダーの討伐を巡って、バッケンハイムのAランク冒険者グラシエラさんと揉めた話をしました。
「なるほどな……確かに、後で話が洩れればグダグダと言い出す奴がいそうだな。ふむ……」
事情を聞き終えたクラウスさんは、腕組みをして考えを巡らせ始めました。
「よし、分かった。ケント、指名依頼だ」
「内容と報酬は?」
「俺をブライヒベルグまで送迎、滞在中の警護、そして小麦の運搬。報酬は五十万ヘルトでどうだ?」
「えっと、洞窟の件は?」
「しばらく様子を見る」
「やっぱりクラウスさんが依頼を出すのはマズいんですか?」
「イロスーン大森林で起こっている事でも、俺がケントに指名依頼を出すことは可能だが、それだと俺が金を払わないといけなくなるからな」
クラウスさんは、ニヤリと笑ってみせました。
てことは、指名依頼の五十万ヘルトも、何らかの形で元が取れる当てがあるのでしょうね。
「ブライヒベルグには、何日ぐらい滞在する予定ですか?」
「長居をするつもりは無いから、恐らく一日、長くても三日では終るはずだ」
「今日からですか?」
「いや、留守の間の打ち合わせが必要だから、行くのは明日だな」
「分かりました。お引き受けいたします」
「よし、今日と同じぐらいの時間に、今日みたいに声を掛けるから、そのつもりでいてくれ」
「分かりました。僕の方で準備しておく事は、何かありますか?」
「そうだなぁ……特には無いな……」
「父上、私も同行させていただけませんか?」
「ふむ……そうだな、アウグスト、お前も同行してくれ。ケント、送迎するのは二人になるが……」
「報酬は、そのままで構いませんよ」
「そうか、助かるぜ」
クラウスさんはニヤリと笑い、ベアトリーチェは頬を膨らませています。
家の中での頼み事みたいなものなんだから、そんなに怒らないの。
でも、ちょっと可愛いから、もうちょい困らせたくなっちゃいますね。
クラウスさんは、ブライヒベルグに乗り込んで、買い付け済みの小麦を引き上げて来てしまうつもりだそうです。
物品の往来が滞っている状況なのに、自らも移動が可能、大量の小麦の運搬も可能だというところを見せ付ける狙いもあるそうです。
「それだけじゃねぇぞ」
「まだ他にも目的があるんですか?」
「こいつだ……」
クラウスさんが机の引き出しから取り出したのは、僕が日本から運んで来た鉄筋を十センチほどに切断したものです。
「ブライヒベルグに鉄を売り込む……あっ、そうか、イロスーン大森林を通過するのが困難になると、マールブルグからの鉄の運搬が、値上がりするのか」
「そういうことだ」
ヴォルザードに小麦が届かない状況と同様に、バッケンハイムやブライヒベルグにはマールブルグから鉄が届かなくなっているはずです。
「ケントが持ち込んだ鉄は、高純度だから従来の鉄以上の値段で売りたいが、いくら純度が高くても、あまり高価では手を伸ばす者が少なくなってしまう」
「だから、輸送費用が高騰している今が売り込み時ってことですね? でも、例の洞窟をバッケンハイムの冒険者が対処して、イロスーン大森林が元に戻ったら……」
「まぁ、そう簡単にはいかないだろうな。どれだけ広いか、通り抜けて来たんだから分かるだろう」
「そう言われれば、そうですね」
ただ通り抜けるだけでも、馬車で一日半も掛かるほどの広さです。
そのイロスーン大森林全体で魔物が増えたとしたならば、それを減らすのは困難でしょう。
「でも、人や物の往来が難しくなるのは、ランズヘルト共和国全体から考えると大きなマイナスじゃないんですか?」
「その通りだ。だがな、ケント、お前が何とかすれば……なんて考えるのは間違いだぞ」
「でも、あんな広範囲から魔物を減らすのは、僕の眷族じゃないと……」
「確かにその通りだ。お前のところの眷族でもなければ、一度に解決するのは難しいだろう。だがな、ケント、お前だって不老不死じゃないだろう? まだまだ先の話だろうが、お前が死んだ後に、同じような事が起こったらどうする? 誰が対処するんだ?」
「それは、そうですけど……」
「バッケンハイムの連中も、マールブルグの連中も、まずは自分達で何とかしようとするはずだ。それこそ、お前と揉めた冒険者達が奮戦するだろうぜ。そうやって全体のレベルが少しずつ引き上げられていくんだ。心配しなくたって、どうにもならなくなれば依頼が来るさ」
「分かりました。じゃあ、依頼が来た時に、すぐ対処出来るように準備しておきます」
「そうだ、それでいい」
明日からのブライヒベルグ行きの準備を整えるために、ギルドの執務室を後にしました。
影に潜って向かった先は、イロスーン大森林の入口です。
ここにはギルドの出張所があり、職員が護衛の有無やランクを確認しているのですが、大混雑が起こっていました。
「なんでだ、Cランクの冒険者を二名も付けてるんだぞ」
「十頭を越えるオークの群れも目撃されてるんだぞ、それでも行くか?」
「げぇ、オーク十頭だと……そんな話は聞いてねぇぞ、そんなの無理だ」
「だからキャラバンを組むんだ。隊列を組んで、集めた冒険者で守りを固めて通るんだ。分かったら、護衛の人数とランク、同行者の数、荷物をここに書いてくれ」
どうやら単独での通行が難しいと判断して、即席のキャラバンを組んでいるようです。
『ラインハルト、こういう対処は良く行われるの?』
『そうですな、危険な魔物が出た場合などには行われる措置ですが、最近は行われていなかったのでしょう』
確かに、頻繁に行われているのであれば、これほど混乱はしないでしょう。
これまでイロスーン大森林を抜ける場合、一台の馬車に護衛役の冒険者が一人という形が基本だったようですが、見た感じでは一台あたり二名の護衛が付き、五台が一つの隊列となって進んで行くようです。
これならば、冒険者が最低十人護衛にあたる計算になります。
腕利きの冒険者であれば、一人でオーク三頭を相手に出来ると聞いていますから、十頭を越える群れであっても撃退出来るでしょう。
単純計算ですが、護衛の数が通常の倍必要になるので、当然仕事を求めて冒険者達も詰め掛けています。
旅をする人にとって魔物の増加は迷惑でしかないのでしょうが、仕事が増えて有り難いと思う冒険者もいるのでしょう。
護衛の仕事を求めて登録する冒険者の中には、見るからに人相の悪い者や、頼りなさげな者もいますが、他人から見れば僕も同じようなものでしょう。
自分で言うのも何ですが、とてもSランクには見えませんもんね。
森の入口の様子を眺めていると、カランカランと鐘の音が聞えて来ました。
「出発するぞ! 最後尾、準備は良いか!」
「いつでも良いぞ!」
隊列の一番後の御者が、大声で叫びかえしながら、ハンドベルを振り鳴らしました。
馬車五台によるキャラバンは、ゆっくりと森の中の街道へと進み、徐々に速度を上げていきました。
『ラインハルト、あの鐘は?』
『隊列の間隔が開き過ぎてしまったり、魔物を発見した場合などに鳴らし、周囲の馬車に知らせるのでしょう』
キャラバンを組んで移動をしていますが、馬車は自動運転の車のようにピッタリと間隔を詰めて走ることはできません。
いわゆる車間距離を保って走ると、先頭から最後尾まではかなりの距離が開きます。
最後尾の馬車に異常が起こった場合などに、先頭に知らせる方法としてハンドベルが使われるようです。
『ケント様、森の奥にも行ってみましょう』
『そうだね、ここも森の中心部の方が、魔物の密度は濃くなるのかな?』
『さて、それは分かりませぬが、その可能性は高いでしょうな』
イロスーン大森林の中間地点は、バッケンハイムとマールブルグの境界線でもあります。
ここには、両方の街の詰所が設けられていて、持ち出し禁止品や、持ち込み禁止品などのチェックが行われています。
ほんの一ヶ月前には、盗賊の策略によって両方の街の騎士が戦闘状態に陥っていましたが、今は人影すらありません。
緩衝地帯を挟んで、両側に丸太小屋の詰所があるのですが、めちゃめちゃに破壊されています。
『ちょっ、これって……』
『魔物に襲われたのでしょうな』
影に潜ったまま小屋の中を覗いてみると、ゴブリンが床を漁っていました。
壁にも血飛沫が飛び、床には血溜まりの跡が残されています。
『ここって、十人近い人が詰めていなかったっけ?』
『そうでしたが、襲撃前に他の対応に出て、人員が減っていた可能性もありますぞ』
『そうだと思いたいけど……これは酷いね』
バッケンハイムからの帰り道、揃って敬礼で見送ってくれた皆さんが犠牲になっていないことを祈るしかありません。
次に移動したスラッカの集落は、ミノタウロスの群れに襲われていました。
ズドォォォォォン!
丸太造りの頑丈な門が、ミノタウロスの突進によって軋み、今にも砕けてしまいそうです。
「早く土嚢を積め! 急がないと突破されるぞ!」
「弓兵、引き付けてから放て、距離があると弾かれるぞ!」
「ボォォォォォ!」
全部で二十頭ほどでしょうか、ミノタウロスは代わる代わる門へと突進して来ます。
「マナよ、マナよ、世を司りしマナよ、集え、集え、我が手に集いて風となれ、踊れ、踊れ、風よ舞い踊り、風刃となれ! だぁぁぁぁぁ!」
門の上の櫓で、高らかに詠唱を終えた冒険者が腕を振り下ろすと、突進して来たミノタウロスの胸板がザックリと切り裂かれ、血飛沫が舞いました。
「ボォォォ……」
ミノタウロスは、ガックリと膝を付きましたが、その横を別のミノタウロスが駆け抜け、門へと突っ込んで行きました。
「弓兵……放て!」
十名以上の弓兵が一斉に矢を放ちましたが、ミノタウロスは状態を丸め、頭を低く下げ、速度を緩めずに城門へと突っ込みました。
ズガァァァァァン!
門を閉じている閂にヒビが入り、僅かですが門が内側へと動きました。
「ヤバいぞ! このままじゃ持たない! 突進を止めろ!」
「言われなくてもやってる! 人員が足りねぇんだよ!」
「土嚢! もっと持って来い! 土属性の術士、居たら硬化させてくれ!」
門の内側で兵士や冒険者が駆け回っている間にも、ミノタウロスは体勢を整えて突進してきます。
『ケント様、このままでは破られますぞ』
『うん、ちょっと止めようか』
「ボォォォォォォ!」
雄叫びを上げて突進してくるミノタウロスの眼前に、闇の盾を展開しました。
ドンっと大きな音がしましたが闇の盾はビクともせず、ミノタウロスを受け止めています。
影の空間から光属性の攻撃魔術で頭を撃ちぬくと、ミノタウロスは動きを止めて崩れ落ちました。
『ラインハルト、回収しちゃって』
『了解ですぞ、他はどうします?』
『うん、さくっと倒しちゃうよ』
突進を試みるミノタウロスを闇の盾で止め、撃ち殺し、ラインハルトが回収。
手負いのミノタウロスには止めを刺して、そのまま放置します。
流れ作業で、全てを片付け終えるまで、二十分も掛かりませんでした。
「おい、どうなってんだ。ミノタウロスが消えるぞ!」
「姿の見えないヤバい魔物が居るんじゃねぇだろうな」
ミノタウロスは片付けましたが、このままでは他の魔物が寄って来るでしょう。
『ゼータ、エータ、シータ、この周辺の魔物を追い払える?』
『お任せ下さい、主殿』
『この周辺を我々のテリトリーとしましょう』
『すぐに済ませてまいります』
『うん、お願いね』
ゼータ達は、嬉しそうに尻尾を振りながら、影の空間から飛び出して行きました。
「ウォォォォォン!」
「ウォン、ウォン、ウォン、ウォォォォォン!」
集落を取り囲むように散ったゼータ達が、一斉に遠吠えを始めたので、兵士や冒険者は顔を蒼ざめさせて動きを止めています。
ゼータ達は、グルグルとスラッカの周りを回り、咆哮を繰り返しながら少しずつ離れていっているようです。
「駄目だ……もう終わりだ、ギガウルフが仲間を集めていやがる」
「何頭居るんだ、五頭か? 十頭か? 勝てっこねぇよ」
「何言ってんだ、俺らが街を守らなきゃ、誰が守るんだよ。立て、立って戦え!」
ゼータ達の咆哮を襲撃だと勘違いした冒険者達は、ガックリと膝をついて絶望の表情を浮かべています。
『ケント様、説明されますか?』
『うーん……危機感が無くなると困るから、このままにしておくよ』
『しょうがにゃいにゃぁ……ネロもマーキングしてくるにゃ』
珍しくネロが自主的に動いてくれたけど、それって、単にオシッコしたかったからじゃないの?
まぁ、ストーム・キャットがマーキングしたら、殆どの魔物は寄って来ないだろうけど。
『ラインハルト、ネロのマーキングって、ヴォルザードの周辺でも有効かな?』
『おそらく有効でしょうが、魔物が寄って来ないと困る者も居ますからな』
魔物は危険な存在ではありますが、魔石や素材が得られます。
ミノタウロスであれば、角は魔道具の素材として高値で取り引きされています。
『ヴォルザードの周囲からは魔物を完全に排除して、僕が素材を独占……は、マズいか』
『ですな。何事も、ほどほどの方がよろしいでしょう』
テリトリーの主張を終えて戻ってきたゼータ達と、マーキングを終えたネロを撫でてやってから、イロスーン大森林の偵察を続けました。
隊列を組んで進む五台の馬車は、魔物を発見したら速度を緩めて止まり、密集体型を作ります。
縦一列から、二、一、二という感じで密集し、時間がある時には、乗客を全て中央の馬車に集めます。
オークやオーガの単独個体の場合、先頭の冒険者が片付けてしまうケースが殆どです。
隊列の先頭と最後尾を護衛する冒険者には、腕利きが配されるからです。
魔物は倒せても、その死骸の処理までは終えられません。
穴を掘り、死体を燃やし、埋めるなんてやっている余裕がないからです。
魔石や角を取ったら、後は道から退けておく程度がせいぜいです。
放置された死体には、ゴブリンやコボルトが群がり、それを狙って大型の魔物が集まる負の循環が起こってしまっているようです。
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