第66話 救出作戦強行
突然カミラから呼び出されたからでしょうか、レビッチは蒼ざめているように見えます。
ロンダルが下がって空いたカミラの机の前に、これぞ直立不動と称すべき姿勢で立って訊ねました。
「カミラ様、お呼びでございますか」
「うむ、確かに用があって呼んだが、まぁ、そんなに緊張するな……」
カミラに笑顔を向けられ、少しだけレビッチの肩から力が抜けたように見えます。
「それで、御用件は何でございましょうか?」
「うむ、先日の実戦について、もう一度話を聞いておこうと思い来てもらった。忙しい所をスマンな……」
「い、いえ、とんでもございません、何なりとお尋ね下さい」
このレビッチという騎士が中心になったかは分かりませんが、少なくともカミラに嘘の報告をした件の一端を担っている事は間違いありません。
その為でしょうか、実戦の話をもう一度と言われた時に、表情が強張ったように見えました。
「そうだな……まずはオークメイジと遭遇した辺りから、もう1度話してくれないか?」
「はい、あれは昼の休息が終わり、午後の探索を始めてから暫く経った頃でした……」
レビッチは、時々記憶を探るような仕草を交えながら奴隷達が全滅し、自分達も危険を感じて撤収するまでの様子を語ってみせました。
勿論この話は全部作り物であり、実際には僕らが眠り薬を使って眠らせ、その間に同級生達を救出したのです。
ですがレビッチは、いかにも本当にあった事のように語って聞かせています。
カミラは時折質問を挟み、何度も頷きながら危機を臨機応変に乗り切っていく様に賞賛を贈りました。
そんなカミラの様子を見ているロンダルの顔色は、徐々に蒼ざめてきています。
「なるほどな、20頭を越えるオークメイジだけでなく、更に10頭を越えるオークメイジが挟み撃ちを仕掛けて来たのか」
「はい、我々も最初の20頭のみならば、奴隷共を指揮し殲滅出来たかもしれませんが、背後を突かれて混乱してしまい……申し訳ございません」
「いや、そんな状況に陥りながらも、1人も犠牲を出さなかったのだから、レビッチ、貴様の手腕は大したものだ」
「恐縮です……ですが奴隷を全滅させてしまいましたので、お褒めいただくのは心苦しいと申しますか……」
「そうか……だが、奴隷などと貴様ら騎士とでは命の価値は違うのだぞ。 貴様ら全員が無事に戻る事こそがリーゼンブルグの利益となる事を忘れるな」
「はっ、心しておきます」
背中に棒でも入っているかのように、ビシっとした姿勢で頭を下げるレビッチを満足そうに見やりながら、カミラは少し話の矛先を変えてきました。
「ところでレビッチ、連れていった50人の奴隷だが、確かに全員が食われたのか?」
「と申されますと、生き残りがいるのでは……という事でしょうか?」
「うむ、貴様らも混乱した状況に追い込まれていたそうだからな、全員の死亡までは確認出来ていないのではないのか?」
「それは……その……」
ここに来て、レビッチの頭に迷いが生じたようです。
仲間との口裏合わせでは全員が死亡した事にすると決めたようですが、オークメイジに挟撃を食らった状況で果たして全員の死亡を確認出来るのかと考えた時、どう答えるのが一番良いのか迷ってしまったのでしょう。
「レビッチ、挟撃を食らって混乱した状況だ、全員の死亡を確認出来なくても、それは仕方の無い事だ……どうだったんだ?」
「はっ、申し訳ございません。確かに挟撃を受けて混乱した状況に陥り、50人が完全に餌食になったのかどうかまでは把握出来ておりません」
レビッチの言葉を聞いてカミラは大きく頷き、ロンダルは思わず溜息を洩らしました。
「カミラ様、失礼ながら、なぜロンダルが同席しているのでしょうか?」
「うむ、ロンダルが同席している理由は……」
カミラが理由を語ると、レビッチは目を見開き、ロンダルを睨み付けました。
「レビッチ、ロンダルに誹謗されたなどと思うなよ!」
「カミラ様、ですが……」
「ロンダルが貴様らの報告に疑問を持った1番の理由は、別棟で訓練している者達の挙動に不審を覚えた事に端を発している。ならば今、我々が考えるべき事は何だ?」
「それは……50人のうちの生き残り……でしょうか?」
カミラは、レビッチの答えに満足そうに頷いた。
「そうだ、もし魔の森から生きて戻り、機会を窺っているのだとすれば、必ずや我々の障害となるだろう。 ならばどうすべきだ?」
「所在を確認するか、おびき出して捕縛でしょうか?」
「ぬるい! 手ぬるいぞレビッチ、残党は見つけ次第殲滅だ!」
「はっ! 申し訳ございません」
カミラはロンダルも机の前へと呼び寄せ、並んだ2人に対して命令を下しました。
「良いか、もし生き残ったのだとしたら、直ちに出頭し原隊に復帰するのが奴隷の務めだ。それを逃亡した挙句、我々に対して反旗を翻すなど言語道断だ。見つけ次第、1人残らず始末しろ!」
「はっ!」
「問題は、いかにして1人も残さず始末するかだ。あの手の者共は、例え1人を生かしておいても将来リーゼンブルグの禍根となるやも知れぬ……」
「カミラ様、やはり誘き出して、一網打尽にした方が宜しいかと思います」
考え込んだカミラに対して、ロンダルが自論を語り始めました。
あるいは、これもゲルトが考えていた作戦かもしれません。
「現状、我々は生き残った奴隷達の居場所を把握出来ておりません。ならば、取り逃がす危険性を避けるためにも、生き残り共の居場所や人数を探り、その上で一網打尽にして殲滅すべきと考えます」
「そうだな、確かに現状を把握する事が最初にすべき事だろう。 ならばロンダルよ、何か忘れてはおらんか?」
「はっ? 何か……と申されますと?」
「貴様が異変に気付いた一番若い教師だ。そいつを締め上げろ。 責め殺しても構わん、持っている情報を残さず全部引き出せ!」
「はっ! 畏まりました!」
「レビッチ、一緒に行って見届けろ。そして、情報が得られたら直ちに討伐計画を作成し報告しろ!」
「はっ! 畏まりました!」
「残党を全員処分した時点で、誤った報告をした事は不問に処す、良いな!」
「はっ! ただちに掛かります!」
カミラに向かって、敬礼をしたロンダルとレビッチは、揃って顔を顰めました。
「ん? どうした……くっ、何だこの眠気は……」
「カミラ様、これは……」
「拙いこれは、あの時の……」
疑問を口にしたカミラは机に上体を突っ伏し、ロンダルとレビッチの二人も崩れ落ちるように床に倒れました。
『作戦開始ですな、ケント様』
『うん、古館先生は、とても拷問なんかに耐えられないだろうし、計画がバレるより一気に仕掛けよう、みんな始めて!』
『了解!』
カミラ達が動く前に、僕らが先に仕掛ける事にしました。
3人には眠り薬を盛ったので、暫くは起きないはずです。
続いて物音を聞きつけた秘書官、それにドアを警備していた騎士も眠らせ、執務室に引き込みドアには鍵を掛けました。
眠らせた者達も、念の為に手足を縛っておきます。
僕はザーエと一緒に先生達の所へと移動し、騎士3人を眠らせて救出しようとしたのですが、ここでも問題が発生しました。
「おい、お前ら、どうした、おい、しっかりしろ!」
騎士2人はあっさりと眠ったのですが、ゲルトが眠りません。
どうやら昨日イレギュラーの夜勤を行ったので、今日の勤務中に眠らないように気付け薬のようなものを服用しているのでしょう。
『王よ、殲滅しますか?』
『駄目だよ、フレッドを呼んで来て、急いで』
訓練場に倒れた仲間を地面に寝かせ、ゲルトは建物の方へと走って行きました。
何らかの薬を使われると、他の騎士も目を覚ます心配があります。
『ケント様……何か……?』
『フレッド、ゲルトには薬が効かないんだ、何とか殺さずに無力化してもらえないかな?』
『了解……お任せを……』
フレッドに頼んだと同時に、建物からゲルトが走り出て来ました。
迎え撃つようにフレッドが影から表へと出ると、ゲルトはピタリと足を止めました。
「黒いスケルトンだと……何者だ!」
ゲルトは抱えていた包みを地面に置くと、剣を抜きながらフレッドを誰何しました。
勿論フレッドは声を出して答えられないので、代わりに漆黒の双剣を抜いて構えると、ゲルトも剣を構え直しました。
「リーゼンブルグ第4騎士団所属、ゲルト・シュタール……マナよ、マナよ、世を司りしマナよ、集え、集え、我が身に集いて駆け巡れ、巡れ、巡れ、マナよ駆け巡り、力となれ! 参る!」
フレッドを尋常な敵ではないと悟ったのか、ゲルトは堂々と名乗りを上げ、身体強化の詠唱をして敢然と踏み込んで来ました。
一連の行動からして、ゲルトは真面目で有能な騎士であると思った通り踏み込みは激烈で、一瞬フレッドが両断されたかのように見えました。
ですが、切り裂いたように見えたのはフレッドの残像でしかなく、後頭部に手刀を落とされてゲルトはあっさりと昏倒しました。
フレッドが手早く、そして厳重に縛り上げ、建物の2階に押し込めて鍵を掛けました。
「先生! リーゼンブルグに気付かれたので、作戦を前倒ししました。逃げますよ! ザーエ馬車の準備をして!」
ゲルトが倒れた所で表に出て、先生達を倉庫へと呼び寄せます。
「国分、気付かれたって……」
「古館先生が大根すぎたって事です。さぁ、早く乗って。 小田先生、御者台に座って、ザーエを操ってる振りをして下さい。他の先生は、見られないように幌の中に隠れていて下さい」
昼間の街中を走るのでザーエが目立ってしまうのは仕方無いとして、操っている人が居ればテイムされた魔物と思ってもらえるはずです。
馬車の準備をしている間に、フレッドが門を開けてくれました。
「ザーエ、道は分かるよね?」
「心配無用ですぞ、王よ」
「じゃあ、駐屯地まで先生達を連れて来て。僕は先に戻って同級生達を誘導するから」
「心得ました」
「フレッド、戻ろう!」
先生達をザーエに任せて、僕とフレッドは駐屯地へと戻りました。
アルト達が手分けして騎士達に眠り薬を投与していますが、駐屯地の中は大混乱になっていました。
「おい、どうなってるんだ、何でこいつら寝てんだ?」
「おい、お前ら何をして……うっ……なんだ……」
「うわっ、こいつもだ……おい、ヤバいんじゃねぇの?」
「逃げた方が良くねぇか?」
「バカ、逃げるって、どこに逃げるんだよ……」
もう、こうなれば、順番とかに拘っていられません。
表に出て、大声で呼び掛けました。
「みんな、訓練場にクラス別に集合して、急いで!」
「おまっ、国分、生きてたのかよ!」
「てか、何処から出て来た、幽霊か?」
「幽霊なんかじゃないよ、最初の5人も、後の50人も全員生きてるからね。みんな急いで集合して!」
「おい……えぇぇ、消えた……」
みんなに集合を呼び掛けた後は診察室へと移動しました。
まだ起きていたエルナに眠り薬を投与して崩れ落ちるのを受け止め、委員長に呼び掛けました。
「唯香、予定変更、行くよ!」
「健人! 健人、健人!」
委員長は治療中のおばあさんを放置して、抱き付いて来ました。
「状況が変わったから、これから行くよ」
「分かった、いつでも良いよ!」
『ケント様……表の騎士は眠らせた……』
フレッドの知らせを聞いて、委員長の手を握って、診察室から飛び出して訓練場へと走ります。
「あぁ、聖女様が……」
「どういう事じゃ……一体なにが……」
委員長を頼りにしている街の人達には悪いけど返してもらうからね、委員長は僕の委員長だからね。
訓練場には、続々と同級生たちが集まり始めていました。
そこへ、倉庫の方角から馬車を引き出したツーオ達が近付いて来ます。
「おわぁ、魔物だ! 魔物がいるぞ!」
「ヤベぇぞ、術士、魔術が使える奴、撃てよ」
「待ってーっ! そのリザードマンは味方だから撃っちゃ駄目―っ!」
僕の声を聞いたツーオ達も、足を止めて騎士の敬礼をして見せたので、かろうじてパニックにはならずに済みました。
「このリザードマン達と黒いコボルト、それとメタリックなスケルトンは、僕の眷属だから大丈夫、味方だから心配しないで!」
これまで生きて来た中で一番と思える大声で叫んで、みんなに知らせます。
「馬車を6台用意するから、スムーズに乗れるように、クラスごとに固まって!」
訓練場のあちこちには騎士が倒れて眠り込み、同級生達はまだ状況を把握しきれずに混乱した状況です。
そこへ、駐屯地の入口からザーエの曳く馬車が走りこんで来ました。
「先生、急いでください、これ各クラスで残ってる生徒のリストとペンです、突き合せをして、確認が取れたら出発して下さい」
先生達にリストを渡して、取り残される者が出ないようにチェックを頼みました。
『ケント様、跳ね橋の確保、完了しました。 いつでも大丈夫です』
『ありがとう、バステン、次は馬車をお願い』
「わふぅ、ケント様、巡回している騎士は残らず眠らせたよ」
「ありがとう、アルト、引き続き騎士の残りが居ないか周囲を警戒していて」
当初予定していた形とは大幅に変わってしまったけど、眷族のみんなが頑張ってくれているおかげで、ここまでは順調に進んでいる気がします。
でも、ずっと不安が圧し掛かって来ていて背中が汗でビッショリですし、胃がキリキリしっぱなしです。
「国分、3組は全員揃ったぞ」
「2組も揃ったわ」
「揃ったクラスから出発して下さい。とりあえず跳ね橋を渡って、森の入口まで移動して下さい」
「分かった、先に行くぞ」
1台、また1台と馬車が動き始めて、中からは歓声が湧き上がってきます。
「うぉぉぉ……自由だ、自由だぞ!」
「やったよ、死なないで済みそうだよ!」
「うぎゃぁぁぁ! やったぁぁぁぁぁ!」
橋までは目と鼻の先なんですが、診察室に来ていた街の人達が不安げな表情で見守っていて、出来れば静かにしてもらえると助かるんだけど……それは無理な話だよね。
みんなの嬉しそうな声を聞いていると、自分が頑張ってきた成果が形になっていく気がして、僕も叫び出したい気分です。
そんな状況に油断があった事は否定できませんが、突然背中から襲ってきた衝撃に全く反応出来ませんでした。
「えっ……?」
お腹から血に染まった剣が生えています。
それが剣だと認識し、刺されたと分かった途端に焼け付くような痛みが脳天に突き抜け、傷口から溢れた血が腹から左の太腿へと流れて落ちていきます。
「あがぁぁぁぁ……」
「手前が首謀者だろう。ざまあみろ、リーゼンブルグを舐めるなよ」
振り向くと、眠り込んだと思っていた騎士が上体を起こし、僕の背中に剣を突き立てていました。
その顔には見覚えがあります、船山を木の棒でボコボコにしていたパウルです。
「この俺様が、突然寝込んで寝小便を洩らすなんて有り得ねぇからな……きっと裏があると思ってただんだよ。だから気付けの薬を持ち歩くようにしてたら、思った通りさ……」
術士の訓練場で、女子が殴られそうになっていたのを止めるために眠り薬を盛ったのですが、ここまで頭の回る奴とは思っていませんでした。
「いぎぃぃぃ……がふっ、げふっ、げふっ……」
ズルズルとパウルが剣が引き抜いていくと、喉を生暖かいものが逆流して来ました。
咽るように咳込むと、真っ赤な飛沫が飛び散ります。
初心忘れるべからずとは言うけれど、ゴブリンに食われた痛みなんか思い出したくなかったよ。
立っていられず膝から崩れ落ちました。
『貴様、許さんぞ!』
怒号と共にラインハルトが愛剣グラムを振上げるのが視界に映りました。
「駄目! がはっ……殺しちゃ駄目ぇ! ごふっ、ごぶぅ……」
『ぐぅぅぅぅ……』
ラインハルトは奥歯が砕けるかと思うほどに、歯を食いしばって耐えてくれました。
漆黒の大剣を顔面スレスレまで振り降ろされたパウルは、風圧だけで尻餅を付いて失禁しています。
「フレッド……縛り上げて、ごほっ……何処かに閉じ込めておいて……」
「手前、何のつもりだ、情けを掛けたつもりか? ふざけるな、殺せ! さっさと殺しやが……」
喚き散らすパウルにフレッドが当身を入れて失神させ、手早く縛り上げると倉庫の方へと運んで行きました。
背中とお腹の傷口に手を当てて自己治癒を掛けたので、直ぐに血は止まったのですがゴッソリと体力を奪われた感じです。
『ラインハルト……手を貸して……起こして……』
ラインハルトは、無言で僕を抱き起こしてくれました。
幸い、同級生達は馬車に乗り込む事に夢中で、こちらの騒動には気付かなかったようです。
6台目の馬車が動き出したのを見届けると、意識が混濁し始めました。
混濁し始めた意識の中で、半べそを掻きながら走って来る彩子先生の姿を見た時には、このまま天国に旅立ってしまうかと思うくらい力が抜けましたよ。
マルト達に彩子先生を手近な馬車まで運ぶように指示して、僕は意識を手放しました。
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