第61話 アナモグリン

 歩くこと十分。今の所何も起きていない。というか、モンスターに遭遇していない。

 この森から漂う雰囲気を察するならば、出てきてもおかしくないのだが……おかしい。


「エリック様。大丈夫なのでしょうか?」


 後方にいるシエナから心配そうな声が聞こえてくる。

 まあ、無理もない。彼女はまだ冒険者になって日が浅いし、こういう息が詰まるような場面には遭遇してこなかったしな。

 俺は周囲の警戒のために目線は前方を向けたまま、『心配するな。何か起きても守ってやる』と言って彼女を安心させる。まあ、こんなので不安なんか吹き飛ぶ訳ないのだが……健気なシエナは『はい!』と気丈にも返事をしてきた。

 ……みんなで無傷で帰ってこないとな。


 それからさらに十分後。俺達はこの森に潜んでいるであろう強力なモンスターの手がかりを発見した。


「…………」


 モンスターの手がかりを見て、シエナとメリッサが絶句する。それもそうだろう。木があちこちなぎ倒されて、大量のモンスターの死骸が辺り一面に散らばっていたのだ。そこから少し離れたところでは、とてつもなく大きな穴がポッカリと開いており、件のモンスターの大きさが伺える。

 (地中を移動するタイプか……)

 おそらく、地中に穴を掘りながらあちこちと移動していくモンスターなのだろう。ドラゴンではなさそうである。そうと分かれば、危険を犯してまでこいつを追っていても意味はないな。

 というわけで、俺は未だに絶句しているシエナたちに声をかけようとしたのだが……突然、地面が揺れだした。

 何だなんだと思っていると、左からガサガサガサという音が聞こえてきて……二人の冒険者が飛び出してくる。


「うぉぁ!」

「おぁ!?」

「うきゃぁ!」


 場所とタイミングが悪く、飛び出してきた冒険者達と俺がぶつかってしまう。

 衝突した衝撃で一瞬目を回していた俺だったが、飛び出してきた冒険者の張り詰めた声で元に戻る。


「こんなところで何をしているんだ! アナモグリンがすぐ側まで来ているんだぞ! 今すぐ逃げろ!」


 血相を変えて俺に忠告してきた冒険者は見た目からして騎士だろう。かなりランクは高そうである。そんな彼がここまで焦って言っているということは……やはり、かなりの強さなのかもしれない。


「シエナ! メリッサ! 陣形を立て直してすぐにここから離脱するぞ!」


 急いで立ち上がりながら彼女たちに駆け寄り、なんとか逃げようとしたのだが……運の悪いことに地面の揺れが先程よりも激しくなり、立っていられなくなってしまう。


「まずい……もう俺達のかなり近くまで来ているらしい……おい、そこの冒険者! アナモグリンが地面から飛び出してきたら魔術で吹きとばしてくれ! 魔術師だろ!? その後は俺が討伐する!」


 男冒険者から出会って一分もしないうちに共闘を持ちかけられる。まあ、冒険者界隈では珍しくないことだ。

 俺は『分かった』と返事をし、魔術を起動する準備を始める。

 男冒険者の後ろには、弓兵らしき若い女性が涙目をしながら尻もちをついているのだが……あの様子だと使い物にならないから俺に話を振ってきたんだろうな。

 アナモグリンというモンスターの名前を聞いたことも見たこともない俺は、その個体をドラゴンの大きさと強さであるという想定をし、かなり強めの魔術を使うことにする。

 で、具体的な魔術だが……シエナとメリッサが俺のすぐ傍にいるため、周りに被害が及ぶものは駄目だ。出来れば指向性を持った魔術が好ましい。

 で、何処から出てくるのかわからないので、一瞬で放つことができなければいけないだろう。

 となると……あー、そんな便利なものはないわ。すぐに起動できてもあれだと爆発系統の魔術だから絶対に自分たちも巻き込まれるし、指向性があっても起動に時間がかかる。

 一瞬のうちにあれやこれやと考えたが、結局何も思いつかず、最終的には脳筋でいくことにした。

 で、何処から出てくるのかと身構えながらある二つ魔術を重ねがけしていると……突然目の前の地面がひび割れはじめて……轟音と土煙をあげながらアナモグリンと思わしきモンスターの顔が見える。

 そのタイミングで、重ねがけしておいた『クイック』と『パワー』を使って……人間ではありえない速度でアナモグリンに接近し、普通の人間では到達できない攻撃力を秘めた拳を、これまた人間ではありえない速度でそのモンスターの顔にぶつける。

 つまりは、速度と攻撃力のあわせ技で凄いパンチを繰り出したということだ!

 顔だけを出して地表に出ようとしていたアナモグリンは、俺の攻撃を受けて地面からすぽっと体が抜け、面白いくらいに吹っ飛び……まずは初手を決めることが出来た。

(てか、でっか! 今まで見てきたモンスターの中でも五本の指に入るくらいにはでかいぞ、こいつ!)

 パンチを繰り出した後にあまりの大きさに驚いたが、やることはやった俺は地面に伏していた彼ら彼女たちのところまで戻ると……男の冒険者――名前がわからないから彼の職業から騎士としておこうーーも同じように驚いていた。


「手練っぽい騎士でも驚くことがあるんだな。まあ、アナモグリンがかなりデカかったしな。俺も驚きだ」

「……いや、あんたの今の攻撃に驚いていたんだが……まあいい。それはあとからだ。協力に感謝する。あとは俺が仕留めてこよう」


 後ろで未だに尻もちをついて泣きべそをかいている若い女性を放置して、騎士は吹っ飛んだモンスターを追いかけていった。

(……え? 彼女ってパーティーメンバーじゃなかったの?)

 まあ、そんなことを思いながらもまずはシエナとメリッサに声をかける。


「大丈夫か? 怪我はしていないか? あぁ……せっかく綺麗な服が土で汚れて……ほら、いま叩いてあげるから……」


 怪我はしていないが、汚れてしまったシエナとメリッサの服をパンパンと手で綺麗にしてあげる。

 ……よし! これで大丈夫だな。

 ついでに、彼女たちが着ている服に付与されている『ダメージ無効化』が今の衝撃で消滅していないかニーニャに教わった魔術で確認したが……消えていなさそうなので、それも一安心だ。

 一人で安堵していると……ずっとされるがままになっていたシエナとメリッサがようやく口を開いてきた。


「す、すごかったです……エリック様が突然消えて、気がついたらモンスターが吹き飛んでいて……訳が分かりませんでした……」

「あれを魔術というのはどうかと思うけれども……確かに凄かったですわね。私が同じようなことをしてもあんな大きなモンスターを吹っ飛ばせませんわ……」


 ……まあ、俺もちょっとそれは思った。いくらなんでも吹っ飛び過ぎだわ。数百メートルは飛んでいったし。いくら重ねがけをしたからと言って、普通はあんな威力は出せない。これもキャロラインがくれたローラのおかげだろう。帰ったらお礼を言わなきゃな。

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