第56話 モンスターがいない……

 進路上の障害物である蔦をナイフなどで切って前へと進む。

 ……なんというか、冒険って感じがするなぁ……そんなウキウキ出来るようなクエスト内容ではないが……


 蔦を切って進み……木の枝を折って進み……急な斜面を登り……辺りが見渡せて開けている場所に出る。


「特に何も無いですわね……」


 メリッサがキョロキョロと周りを見る。

 ……確かに、何もないな。

 崖になっているところから下を見下ろしても……ドラゴンがいそうな気配はない。

 というか、モンスターが一匹もいないな……なんでだろう?

 疑問に思っていると、シエナが『ご主人様! こちらへ来て下さい!』と呼んできたので……彼女の元へと向かう。


「ご主人様! これはもしかして……」


 シエナの傍へと行くと……湯気が出ているおおきな水たまりが目に入ってきた。

 これは……


「温泉……だな」


 シエナもうなずく。

 温泉といえば、アルメルドの街の近くにある秘湯が思い出される。

 あそこは、モンスターがなぜか近寄らない温泉だったが……もしかして……


「エリック! こちらにも温泉がありますわ!」


 俺達と少し離れた場所からメリッサが報告をしてくる。

 なるほど。これは確かめてみる必要がありそうだ。

 俺は持ってきていた荷物袋から指でつまめるほど小さい瓶を取り出す。


「それはなんですか?」


 シエナが興味津々というような顔で聞いてくる。


「これは、特殊な薬品でな。これを数滴温泉に垂らすと……モンスターが近寄らない温泉かどうかを見分けることが出来るらしい。理屈は良くわからないが、ミラさんがそう言っていた」

「便利ですね……」


 感心したような顔をする。

 俺も彼女の意見に首肯しながら、瓶の蓋を開けて……ポトポトと中に入っている透明な液体を垂らす。

 して、結果は……垂らした液体が温泉のお湯と交わるなり赤色に変化した。


「これはどういう意味ですか?」

「……分からん」


 ドキドキとしたような顔で聞いてきたシエナだったが、俺の言葉を聞いてずっこけそうになっていた。

 ……そうなるわな。


「まあ、安心しろ。えーっと、あったあった」


 荷物からこの薬品の取扱説明書を取り出す。

 で、いつの間にか俺達のところへ来ていたメリッサとシエナと一緒に見てみる。


「なになに……赤色に変化した場合、その温泉は、モンスターは近寄らないが体力回復効果はない。青色に変化した場合、モンスターは近寄らず、かつ体力回復効果のある温泉である……なるほど」


 ということは、今回は赤色に変化したので、シエナと二人で入った秘湯の体力回復効果を抜いたような温泉というわけだな。 


「モンスターがいない理由が分かった。この温泉が原因だ。おそらく、ここ周辺にはメリッサも近くで見つけたように、こういうような温泉がいくつもあって、モンスターが近寄れないんだろう。つまりは、俺達にとっての安全地帯というわけだ」


 よいしょっと荷物を背負ながら彼女たちに俺の見解を述べる。


「なるほど……それでは……その……エリック様。ここで、あのときのように一緒に温泉に入りませんか? 先程、街でお風呂に入るとおっしゃって下さいましたが……この温泉ならただで入られますし、開けている場所で景色も素晴らしいですし……」


 少し顔を赤くしながらナイスな提案をしてくる。

 ドラゴンがここ一帯の何処かにいる気配はないし、モンスターも一匹もいない。危険性は限りなくゼロに近いし……よし! ここでお風呂に入っちゃうか!

 俺はうんうん、と思いながら彼女の提案に――


「ちょ、ちょっと! こんな誰かが見ているかもしれないところで裸になってお風呂に入るんですの!? わ、わたくしの裸体を誰かにみ、見られるなんて……」


 メリッサが一瞬で顔を真っ赤にしながら俺に突っかかってくる。

 ……変なところで恥じらうんだな。


「気にしすぎだろ。というか、お前。ワイアットの店の前で俺の指を舐めてきたりとかしてきたじゃないか。そっちのほうが人に見られる可能性は高かったと思うぞ? それに、こんなところに人なんているわけ無いだろ?」


 彼女の両肩に手を置いて、顔を見ながら安心させるように言葉をかける。


「で、でも……わたしく……け、毛の処理とか……出来てないですの……」


 ……毛の処理?


「髪の毛なら、このクエストに出発する前にちゃんと街の散髪屋さんに綺麗にしてもらったじゃないか。毛の処理は大丈夫だろ?」


 そう、俺達は全員街の散髪屋さんに寄って、髪の毛を整えてもらっている。毛の処理はきちんとしているはずだ。

 しかし、メリッサは長い耳まで真っ赤にしてプルプルと震えだした。

 ……一体どうしたんだ? あー、もしかしてアレを我慢してるのか?


「……メリッサ。待っておいてやるから、そこらへんでシてきていいぞ? 我慢は膀胱に悪いからな。大丈夫。今までもそういうところは目を背けていたし、耳も塞いでいただろ? 今更恥ずかしがることでも――」

「――ち、違いますわ! というか、そんな優しい目で見ないでくださいまし! そうではなくて! そうではなくて……」


 いきなり大声を出したかと思えば、またシュルシュルと小さな声になっていき……モジモジとするだけになってしまった。

 首をかしげていると……シエナがくいくい、と俺の服の袖を引っ張ってきた。

 彼女の方を見ると、小さな声で『耳を貸して下さい』を言ってきたので……彼女の口元に耳を近づける。


(エリック様。毛の処理というのは、脇や腕、足、そして……下の毛の事を言っているのだと思います)


 彼女が該当する部位を示しながら説明をしてくる。

 ……あぁ……そういうことだったのか……


(でも、俺は別にそんなことは気にしないぞ?)

(エリック様は気になさらないとしても、気にするものなのです。大好きなエリック様に裸を見られるのですから、それ相応の準備はしておきたいものなのです)


 ……そういうものなのか。女性って大変だなぁ……

 一つ気になったことがあるので、ついでにシエナにそれを聞いてみることにした。


(ちなみに、シエナは毛の処理をしているのか?)

(もちろんしています。いつでも抱いていただいても良いように、毎日欠かさずきれいにしていますよ?)


 またもや妖艶な顔をしながら答えてくる。

 ……そ、そうか……


 シエナに『教えてくれてありがとう』と言って、未だに耳まで赤くしてモジモジしながらチラチラと俺を見てきているメリッサに声をかける。


「……悪かった。俺の知識不足だった。だから……メリッサはシエナと一緒に温泉に入ってこい。俺は最悪、街の方で体を綺麗にできたらそれでいいから」


 彼女の肩に手をポンポンとする。

 出来れば、俺も一緒に入りたかったが……彼女がここまで恥ずかしがっているのだ。それは諦めるべきだろう。それに、こういう機会はまたやってくるだろうし。

 少し気を落としていた俺だったが……メリッサが『待ってくださいまし!』と言ってくる。


「エリックが……め、目隠しをしてくれるなら……一緒に入っても宜しくてよ?」


 ……目隠しか……いいね、それ。なんか楽しそう!

 俺は力強く首肯し、『よし、じゃあそれでいこう!』と言う。

 して、俺は目隠しをするという条件のもと、シエナとメリッサと一緒に温泉に入ることになった。

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