第34話 酒に酔ったミラさん その2

「いいですか? 俺が手を離してから三十秒ですよ? まだですよ? まだですからね? はい、今から開始で――ぉえ゛!」


 ミラさんが手を離した瞬間に先程よりも強い腹パンをかましてきた。

 ……いや、容赦ないなこの人。酒が入っているから力加減がおかしくなってるし。


 ガンガンガン、とかなりのハイペースで俺の腹を痛めつけてくる。

 俺は腹筋に力を入れて内臓へのダメージを減らし、耐え続けた。


 十秒後。突然ミラさんの手が止まる。

 どうしたのかと思っていると……殴ったあたりをナデナデとし始めた。

 ……これは……?

 ミラさんの顔を見ると、彼女は俺の表情を観察しているようだった。

 ……ああ、なるほど。俺が言ったとおり感情を読み取っているのか。


「ねえ……痛かった?」


 三十秒経った後。ミラさんはあいも変わらず優しくお腹をナデナデしながら聞いてくる。

 俺も時間に関しては特に何も言わずにされるがままに返事をする。


「まあ、ある程度痛かったですが。モンスターに腹を蹴られたときのほうが痛かったですよ」

「……私のこと、嫌いになった……?」

「嫌いになっていたらお腹なんて触らせませんよ」

「じゃあ、私のこと……好き……?」


 酒と照れでミラさんが顔から火が出るんじゃないかというくらい赤くする。

 ……おや……?

 ミラさんのヒステリックモードは解除できたっぽいが、おかしな流れに入っているような気がするぞ……?

 待て。この『好き』というのは恋愛要素がないという意味での『好き』の可能性が高い。ここは慌てず、しっかりとした受け答えをするべきだ。


「ええ、好きですよ。何度も言っていますが、ミラさんは俺の恩人ですし。まあ、尊敬する気持ちのほうが強いですが」


 どうだこの完璧な対応は。これなら甘えん坊モードから激甘えん坊モードに移行すること間違いなしだろ……う?

 しかし、俺の予想とは反してミラさんは何の感情も見せずお酒をグビグビ飲むだけだ。

 ふむ。照れ隠しで必死に感情を隠している可能性が無きにしもあらず。

 俺も酔い覚ましのお水を飲んで反応を待つ。



 二分が経過した。

 ミラさんは俺がコップに注いだお酒を全て飲み干して……頭をゆらゆらとさせ始める。

 ……おそらくかなりアルコールが体に回っているのだろう。これは、もうじきぶっ倒れるぞ……

 彼女が倒れてしまう前にある程度の片付けをしようと腰を少し浮かべた瞬間、ミラさんがまたしても俺の腕を掴んできた。ただし、今度は力が殆ど入っていないが。


「……さっきの続きぃ。私のことぉ、好きぃ?」


 ミラさんが俺の目を見ながら同じことを聞いてくる。

 ……さっき反応が無かったのは俺の話を聞いていなかったからなのか? 全く、仕方ないな……


「ええ、好きですよ。何度も言っていますが、ミラさんは俺の恩人――」

「ちょっとぉ! さっきと言っていることが同じじゃないぃ!」


 ……ああ、聞いた上でもう一度同じことを聞いてきていたのね。

 やばいな。今の俺の受け答えのせいでミラさんがほっぺを大きく膨らませてしまった。不機嫌になった証拠だ。

 ……うーん。しかし、これ以上良い答えなんて俺にはーー


「私はぁ……エリックの事好きぃ。大好きぃ。色々残念なところもあるけどぉ……それもひっくるめてぇ……好きぃ。でぇ、エリックはぁ……私のことぉ、好きぃ……?」


 ミラさんがろれつを危うくしながらもう一度同じことを聞いてくる。

 ……彼女の言っている『好き』の意味がイマイチ分からない。

 愛している、という意味での好きなのか、そうではないのか判断がつかないのだ。

 いや、普通こういう場面に出くわしたら明らか前者の意味なのだろうが……酒でおかしくなっているしなぁ……

 というか、俺自身も今日は結構お酒を飲んで判断が鈍っているし、ここはやはり濁しておくのがいいだろう。明日以降気まずくなったら困るし。

 方向性が決まって口を開こうとした時、ミラさんが完全に酔いつぶれて机に突っ伏してしまった。

 ……ナイスタイミング。いや、この言い方だとものすごいクズみたいな発言だな。

 変に言葉をかけずに済んで良かった、という意味で言ったのだ。

 俺は誰に言うわけでもなく言い訳をした後、ミラさんを自分の部屋につれていき……ソフィア、シエナと一緒に彼女を寝かせる。

 俺のベッドはキングサイズよりも一回り大きいから三人で寝ても大して苦しくないのだ。

 まあ、朝三人が起きた時に俺が少し説明を加えないとややこしいことになるかもしれないけど……おそらく大丈夫だろう。


 俺は扉の前で『おやすみなさい』と言ってからダイニングに戻り、一通り後片付けをしてから……適当なところの床で眠りについた。



 翌朝。

 俺はシエナの悲鳴と自分の体の揺れで強制的に目覚めた。

 なんだと思って目を開けると、涙目で俺を揺さぶっていたシエナの顔と、呆れ顔のミラさんとソフィアが視界に入ってくる。


「……ん……? どうかし――」

「エリック様! 大丈夫ですか!? 床で倒れているところを見つけて死んでしまったのかと……」

「シエナさん、落ち着きなさい。エリックは寝ていただけだわ。まあ、床で寝ているのは訳が分からないけど」

「ですです!」


 寝起きから賑やかなものだな。

 何故か泣いているシエナの頭を撫でて落ち着かせる。


「何がどうなっているのかよく分からんが、ミラさんの言ったとおり俺は寝ていただけだ。というか、俺がここで寝ていたのは寝る場所が無かったからだ。ソフィアが勝手に俺のベッドを使ってだな……その煽りでシエナもミラさんも――」

「まだ隙間はあったので、エリックさんもそこで寝ればよかったじゃないですか。私はそのつもりでいたのですが」


 ソフィアがトンデモナイことを言ってくる。こいつ、シラフでも危なっかしいな。


「ふざけるな。そんなことをしたら――」

「ちょっとエリック! ふざけるなとはどういうことよ! 私達と一緒に寝ることがそんなに嫌なの!?」

「いや、そういうことではなくて――」

「ミラ様。さっき取り乱していた私が言うのもあれなのですが、少し落ち着いて下さい」


 ……カオスだ。朝イチからこれは中々のカオスですよ。

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