第10話 お気に入りのお店へ! その2

 ワイアットの後に続き、ダイニングのある部屋に入る。

 部屋の中は、ごくごく一般的な家庭と対して変わらないものだった。自然の優しさを感じる木でできたテーブルや椅子、部屋にある大きな窓から差し込む暖かい光。

 一般的な家庭、というのは少し過小評価し過ぎではあるが……これで店っていうのはおかしくないか? と思うようなものだ。

 前に一回『店としては家庭的すぎるというか、椅子の数からして四人までしか同時に入れないじゃん』と、ワイアットに言ったことがあるのだが、返ってきたのは『俺はこういう誰かの家でご飯を御馳走になる、みたいなコンセプトのお店をやりたかったんだよ』というものだった。そういう方針だったら仕方ない。

 というか、俺はこういう雰囲気を悪くないと思っている。まあ、人が入らなさすぎていつか潰れるんじゃないかとは思っているが。


 俺とシエナは椅子に座り、ワイアットに料理の注文をする。といっても、メニュー表があるわけではなく、こちらが食べたいものをアバウトに言って、それに従って彼が気分でそれに近いものを作る、という感じだが。


「今日は……そうだな。野菜の盛り合わせと……腹は膨れるが、夕食時には腹が空くような量の肉を頼もうかな。味付けは……シンプルな塩コショウで。シエナはどうする? 分からなかったら俺と一緒の物を頼むか?」

「そうですね。私もエリック様と同じものをお願いします」


 シエナはどんな料理が運ばれてくるのかワクワクしているような顔をしている。

 ……可愛い……


「了解。というか、相変わらずのアバウトだな。肉の種類も言ってこないし」


 シエナを眺めていると、注文を受けて料理を作り始めたワイアットから小言を言われる。


「俺にそういう知識はないからな。それに、ワイアット、お前がいつもいい肉を選んでくれるしな」

「そうかい」


 嬉しそうな顔をしながらもぶっきらぼうな返事を返してくる。どうやら照れているらしい。





 待っている間、暇なのとずっとシエナを見ているのも変かな? と思ったのでワイアットの調理しているところを眺める。

 このお店では、ダイニングとキッチンがかなり近い位置にあり、椅子に座っている状態でも料理風景が見えるのだ。これが中々に面白い。

 正直言ってこれだけで金が取れると思うくらいの彼の腕前には見ごたえがあると思う。路上で料理をしたら儲かるんじゃないか?


「おい、ジロジロ見るな。というか、手持ち無沙汰なんだったらシエナさんと話でもしたらどうだ?」


 いつもならそんなこと言わないのに……ああ、気を使っているのか。

 彼の気遣いを無駄にしないためにも、シエナの方を向き話を振ることにする。


「…………」


 が。話が思い浮かばない。

 クエストの話をするとすれば、どうしても彼女が発情した話に繋がりそうだし、彼女の奴隷になるまでの話、奴隷になった経緯についてはここでするようなものではないだろうし……

 黙りこくっていると、シエナの方から話を振ってきた。


「エリック様は、どうして冒険者になろうと思ったのですか?」


 ……どうして冒険者になったか……

 うーん、これまた難しい質問だな……


「理由とかそういうのは……無かったかな……でも……強いて言うのであれば……お金が欲しかったから、とかかな。冒険者は儲かるって話を昔、風のうわさで聞いたし」


 なんとも言えない返答になってしまった。

 なんで冒険者になったのか、とか今まで考えたこともなかったし、たいして意識もしていなかったけど……うん、やっぱりお金だろうな。

 冒険者としてはまだルーキーだったころ、将来はお金持ちになってモテまくるんだ! なんて思っていたし。


「なるほど……でもお金は大切ですから……」


 気まずい雰囲気になる。

 まあこんな理由だったらそりゃこんな雰囲気にもなるわ。

 この空気を変えるために違う話を振ることにした。


「そ、そういえば! 昼食を食べ終わったら温泉に入ろうかと思っているんだけどさ! そこは秘湯でな? 俺とミラさんしか知らないところなんだよ。眺めは……別にって感じなんだけど、入ったらもう肌がつるつるのモチモチになってさ!」


 テンション高めに、身振り手振りをオーバーにしながらシエナに話をする。

 彼女も、そんな俺を見てすっかり温泉の話に夢中になってくれた。


「私、温泉というものに入ったことがないのですが、お風呂みたいなものなのでしょうか?」

「そうだな。ただ、後から行く予定の温泉はちょっとお湯の温度はお風呂のものよりはぬるいかなって感じだけどね」

「そうなんですね……楽しみです!」


 シエナは目をキラキラさせながら温泉に思いを馳せている。

 よしよし!



 温泉についてもう少し詳しく話をしていると、ワイアットが料理を運んできた。


「これが野菜の盛り合わせ、で、こっちが鶏肉をハーブで香り付けして、味付けはエリックの注文通り塩コショウだ」


 鶏肉のいい匂いがプンプンと漂ってくる。ん〜、いい匂い!

 シエナも『美味しそうです……』と頬を緩ませながら呟いていた。

 ……盛り付け方も飾ってはいないがおしゃれって感じだし、料理のセンスはあるよなー。


「で、料理名は?」


 ワイアットに、今日のメニューの名前を尋ねる。


「たくさんの野菜と、いい匂いのする鶏肉だ」


 彼は自信満々、という感じでメニュー名を言ってくる。

 ワイアットは料理の腕はいい。盛り付けの仕方もこの街一番かもしれない。が、ネーミングセンスが壊滅的だった。


「たくさんの野菜って……今朝取れた新鮮な野菜の盛り合わせ、とかいい感じなのがあるだろ? あと、いい匂いのする鶏肉、とかじゃなくて、鶏の……どこの部位を使っているんだ?」

「胸肉だ」

「じゃあ、鶏の胸肉のハーブ焼きとか、せめてそういう名前にしたらどうだ? ワイアットの料理名だったらなんというか食欲が無くなると言うか……」

「いいからさっさと食え。シエナさんが待ちきれないっていう顔をしているだろ?」

「あ! いえ! そんなことは……」


 もう少し料理名について話がしたかったのだが……シエナをこれ以上待たせるのも申し訳ないな。


「じゃあ、早速いただきます!」

「いただきます」


 俺に続いてシエナも食事に感謝をしてから料理に手を付ける。

 まずは、鶏の胸肉を……

 ……うん、やっぱり美味しいなぁ……高級な料理店というような感じの味ではないんだけど、この店のコンセプトである家庭的な、落ち着くような感じの味だ。


「流石、ワイアットだな。今日も美味いよ」

「そうですね……物凄く美味しいです」


 シエナも俺と同感のようだ。

 お上品に食べてはいるが、今日の朝食を食べていたときよりもペースが速くなっている気がするし。ここにシエナを連れてきて正解だったな。


「シエナさん……ありがとうな……」


 ワイアットの目から流れた涙がキラリと光る。

 泣くほど嬉しいのか……

 俺については言及なしだったが、まあ、ここで水を差すのもアレだから、今日のところは勘弁してやろう。



『ごちそうさまでした』

「おう! 二人共いい食いっぷりだったぞ」


 あまりにも美味しすぎて昼食なのにおかわりまでしてしまって、結局はガッツリと食べてしまった。

 まあ……温泉に入って、服を探したりしていたら腹も自然と空くだろう。


 席を立ち、ワイアットにこそこそと金貨一枚を渡す。


「黙ってこれを受け取って欲しい。何かあるなら小声で質問をしてくれ」

「……どういうことだ? 諸々合わせてもこんな大金にはならないぞ? 一体何を企んでいるんだ?」


 彼は、今日の食事代としては高額過ぎる金額を渡されて訝しんでいる。

 まあ、たしかにいつも通りであれば、お気持ち代をかなり入れたとしても銀貨一枚程度だろう。

 ちなみに銅貨一枚で街にある温泉を数回利用でき、銀貨一枚だと少しリッチな宿を一日借りることが出来る。金貨一枚だと……一ヶ月暮らせるほどの金額になる。

 彼が何か裏があるんじゃないかと勘ぐるのも仕方ない。


 俺は、シエナに聞こえないように小声でワイアットに大金を渡した理由を話す。


「シエナが美味しいと言っていたからな。今後もここを利用するから、その前金だ。とびきり美味いものを頼むぞ? それと、ここが潰れてもらっては困るからな。少ないが資金提供だ」

「任せろ。一番良いものを仕入れておく。あと、悪いな……恩に着る。だが……小声で話す必要はないんじゃないか? これをシエナさんが聞いたらお前のことをもっと尊敬とか好きになってくれるかも知れないのに」


 ……正直、初めは俺もそう思っていたのだが……なんかそういうことって目立ってすることではないような気がするのだ。

 まあ、シエナがどう思うのかは分からないが……俺は堂々とお金を渡して『資金提供だ』なんてしているところを見ると……なんだかなぁ……と思ってしまうのだ。


「こっちも色々考えているんだよ。まあ、これはただの俺の考えだ」

「……そうか。まあ、困ったことがあったら何時でも言ってくれ。力を貸す」

「……じゃあ、女性冒険者の――」

「――それ以外だったら力を貸す」


 ……なにも俺の言葉を遮ってまで言わなくてもいいじゃん。

 まあ、冗談だったしいいけどさ。


 話が終わったので、『また近いうちに来る』とワイアットに言ってからシエナの方へと向き直り、


「よし! じゃあ、温泉に行くか!」

「はい!」


 二人一緒に秘湯へと向かった。

 別れ際、シエナがワイアットに『すごく美味しかったです! また来ることがあれば、次は……その……料理を教えてもらってもいいですか?』と聞いて、彼が『いいぞ! 約束しよう!』と張り切って返事をしていた。

 ……料理をするシエナか……うん、すごく良い! 百点だな!

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