第4章 これでこの少女が〇〇でなければ最高なんだが

最終話 演説

 生徒会選挙の立会演説会の日がやってきた。


 翠は立候補を取り下げなかった。

 春香も生徒会長に立候補していて、郁斗が応援演説をすることになっている。


 郁斗はこの全校生徒が集まっている場所で、翠のやった事に関しては全て自分の責任で、周囲の目のある所で翠といちゃいちゃして不平を買ったことを皆に詫び、翠に対してだけは態度を改めて欲しいと頼みこむつもりだった。


 自分は責任を取ってこの学園を年度途中で去る。

 その代わり、翠に対してだけは侮蔑的な態度をしないでほしい。そう生徒たちにお願いするつもりだった。


 春香には申し訳ないが、春香に対する応援演説の場面でそれをみんなに宣言する。

 考え抜いた末の決断だ。


 講堂。


 生徒たちが中央に並んだに椅子に座っていて、生徒会長候補とその応援演説者たちがその横に列を成している。


 翠の前の候補の応援演説者が演説を終えた。

 翠が立ち上がる。


 舞台の脇の階段から上に上がる。

 しっかりした足取り。

 落ち着いた面持ち。


 翠が演台の前に立つ。

 滑らかな声音で演説を始めた。


「この度、次期生徒会長に立候補させていただいた高瀬翠です」


 堂々とした姿だ。


「まず始めに」


翠は語り出した。


「私に対して立候補を取り下げる様な要求も複数ありましたが、私は立候補を取り下げませんでした。皆さんに伝えたいことがあったからです」


 翠が真っ直ぐな瞳で生徒達を檀上から見つめる。


「皆さんも知っての通りですが、私はエロい女です。この学園で色々エロい事をしてきましたし、如月郁斗さんとも皆さんの前でいちゃいちゃしてきました。ですが……」


 次々と言葉が流れ出てくる。


「私にはそれがどうしても悪いことだとは思えないのです。私は変態ですが、それは悪いことなのでしょうか? 非難されるべき事柄なのでしょうか?」


 物腰も柔らかで丁寧。


「私は自分が犯した過ち、すなわち盗難、盗撮に関しては既に行っておりません。学園上層部にも相談し、適切な対応もしております」


 郁斗から見ても、応援演説者のいない翠だったが、素晴らしく立派な様態だった。


 だが――


 生徒たちは去年と違って、その美貌溢れる美しい演説者に心奪われている様子は全くなかった。


 ある者は隣と何かをしゃべりながら。

 ある者は翠を指さして笑いながら。

 がやがやと講堂は落ち着かず。


「いいから脱げっ!」


 不意に聴衆からヤジが飛んだ。

 翠が少しだけ演説を止める。

 ややあって、


「私は、容姿成績等の外見ではない本当の自分を皆さんに見て欲しくて……」


 また流麗な声を響かせ始めたが――


「AVデビューまだー」

「俺の初めてになってくれっ!」


 からかい声が飛んでくるようになった。


 翠が演説を止める。

 罵りが止むのを待っているのだろう。

 が、ヤジは一向に止まず、クスクスとした笑い声があちこちで上がるようになっていた。


「好きだー」

「愛してるぞー」

「カラミまだー」


 皆げらげらと笑いながら翠に嘲笑を浴びせていた。


 郁斗は激しい怒りを感じていた。

 確かに翠のやってきたことは非難と侮蔑と嘲笑を買っても仕方がないことだ。

 だがこの仕打ちは一人の少女に対する行為を超えていると感じる。


 翠の肩が震え出す。

 翠の表情が歪む。


「私は……私自身を皆さんに……見て欲しくて……」


 雑音の中、翠が途切れ途切れに声を絞り出す。

 が、その表情は辛さが滲んでいた。


 翠の表情が崩れてゆく。


 言葉が止まった。

 俯いて。

 嗚咽を漏らし始めた。

 聴衆がどっと笑いだす。


「あーあ。泣いちゃったよ」

「お前のせいだろ」

「俺悪いの?」


 わらわらと声が上がる中、翠はダムが決壊したように生徒全員の前で泣きじゃくり始めた。


 郁斗が見つめる前で、翠はまなこに両手を当てる。

 弱々しく、親にはぐれた子供の様にぼろぼろと涙をこぼす。


 前にあるマイクから鳴き声が響き渡り――

 郁斗の脳裏に、翠と一緒にラブホテルに行った時の泣き顔が思い浮かんだ。


 翠が散乱した自室で黙って震えている姿を想像する。

 沙耶の、『こんなことならホテルでしておけばよかった……』という翠の呟きが聞こえた。


 もう我慢の限界だった。

 郁斗は立ち上がる。

 檀上に駆け上がった。


「お前らいい加減にしろっ!」


 気付くと叫んでいた。


「翠がそんなに悪いことをしたかっ! 翠がお前たちにそんなに迷惑かけたかっ!」


 言葉を生徒たちにぶつけていた。


「年頃のちょっとエロい少女だろっ! 生徒会の仕事だってちゃんと立派にこなしてきたっ! お前たちとどこが違うっ! どこも違わないっ!」


 言葉は後から後から湧き出してきた。


「俺も最初は戸惑った。でも付き合ってみて、強い所も弱い所もある普通の女の子だってわかった。外見だけで判断してんじゃねーよっ! 翠ってすげー人間っぽいんだよっ!」

 泣いている翠の隣で、郁斗も涙を流しながら大声を張り上げていた。


「区別すんじゃねーよっ! 寄ってたかって女の子一人虐めるのが人のすることかよっ! こいつは弱虫で独りぼっちで俺と何も変わらないただの女の子なんだよっ! 俺の事、虐めるなよっ!」


 講堂に郁斗の声が響く。

 生徒たちは静まり返っていた。

 中――


「まっとうそうな事いってっけど……」


 一人が郁斗に向かってきた。


「それはお前がそいつの男だからだろ。俺にはそいつの事が嫌いなんだよ」


「それで結構」


 郁斗は言い返した。


「そんなに簡単に分かり合えるもんじゃない。むしろわからない方が普通だ。俺はこいつの事がわかったと思える。だから俺はこいつの味方をする」


 郁斗はその生徒を睨みつけた。


「お前が翠の事を嫌おうが無視しようが勝手だ。だが翠を傷つけるのは許さない。いいとか悪いとか言ったけどな。もうそんなこともどうでもいい」


 郁斗は宣言した。


「俺はこいつが好きだっ! 大好きだっ! 変態でエロエロの痴女で俺の事を好いてくれているこいつが大好きだっ! だから俺はこいつの味方をする。謝って別れるつもりだったがもう絶対別れねーぞ。文句があるやつはかかってこいっ! 全員でも相手になってやるっ!!」


 今度は本当に場面が静まり返った。

 誰も何も言わない。

 誰も何も動かない。


 と――


 聴衆の一人が立ち上がって――


 ぱちぱちと手を叩き始めた。


 よく見るとその生徒には見覚えがある。

 彩雲学園高等部の制服を着た、高瀬沙耶だった。


 まばらな手拍子がぽつぽつと始まる。

 やがて講堂に拍手が少しずつ広がり始める。


 徐々に音が大きくなってゆき――


「ありがとう」


 隣から気持ちが滲んでいる声が聞こえた。


 見る。

 泣き止んだ翠が笑っていた。


「私の事分かったって言ってくれて」


 翠が顔を上げた。

 生徒全体を睥睨する。


「私は生徒会長を辞めないわ」


 大きな声を出した。


「私は今、この学園を互いに分かり合えるような私好みの学校に作り替えようと決意しました。その第一歩として……」


 一泊置いて。


「私に投票してくれた男子は全員愛人にしてあげる。初めての人も経験者も、全員お相手オッケーよ。女子も大歓迎。こう見えても私、女子もかなりいけるの」


 水を打った様な静寂の後、講堂に大歓声が上がった。





 投票は即日開票された。

 翠は過半数の支持を集めて再選された。

 男子の多くと、驚いたことに女子のかなりの人数が翠に投票していたことが後でわかった。





 さらに数日して。


 学園中の掲示板に、『これが学園の二番手アイドル吉野春香の正体だ!』という張り紙が張り出された。

 ご丁寧に学校裏サイトのURLまで書いてあって、ある事無いこと書き散らされてあった。

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