第1章 俺はこの始まりに納得しない

第1話 学園

 六時間目の授業が終わった。

 生徒たちが一斉に動き出す。

 と、郁斗はいきなり腕をひっつかまれる。


「きて」


 短く冷えた言葉でそれだけを告げた高瀬翠に引きずられる。

 教室中の注目を浴びて廊下に出た。


 三時間目の男子更衣室の一件以来、翠の事は常時念頭にあった。

 あれが郁斗の見間違い、幻覚でなければいったいどういう事態なのか。

 ただ翠はあれから格別な態度を見せてこず、こちらから翠にちょっかいを出すのも躊躇われて放置しておいたのだが。

 翠は学校が終わるとすぐに行動に出たようだ。


 おいちょっと待ってくれという郁斗の言葉を聞く様子もなく、学園のある丘から降るスロープを下りる。

 中央公園内を通過して、高級な一軒家が立ち並ぶ住宅地区に入る。

 その中の立派な洋風の戸建ての玄関をくぐって階段を上がり、部屋に郁斗を連れ込んだ所で翠は動きを止めた。


「私の部屋よ」


 翠の言葉に従って見回してみる。

 白いベッドにピンクのカーテン。

 机とパソコンとタンスにクローゼットがある小奇麗で清潔感のある部屋。

 翠の外見にはお似合いにも思える。


「なんで俺を連れてきたんだ。っていうか、男子更衣室のアレはいったい何だったのか興味はあるんだが」


 もはや翠に対して外見を取り繕う必要もないと感じて、聞いてみる。


「こうするつもりだったのよ」


 翠は言い捨てると、クローゼットを『がーっ』と両手で開いた。

 女性物の瀟洒な服が並んで吊り下げられている。

 翠はその下に並んでいる段ボールの一つを抱えると、中身をベッドにぶちまけた。


 ミドリやアオや蛍光色のごてごてといかつい……なんというか、大人のおもちゃが真っ白なシーツの上にバラまかれる。

 唖然茫然としている郁斗の前で、翠は続けてタンスからブラジャーやショーツなどの下着を引っ張り出すと、今バラまいたバイブやローターの周囲にまき散らす。

 あっと言う間に上下の制服を脱いで下着姿になり、それを少しだけずらして、


「来なさい」


 郁斗を掴んで自分が下に来るようにベッドに雪崩れ込んだ。


「ちょ、ちょっと待て」


 言った郁斗が丁度翠を押し倒している様な恰好になっている。

 翠の柔らかい身体の肉感がある。

 郁斗の顔の下に翠の端正な面立ちが接近して、息の甘い匂いを感じる。

 郁斗は一瞬その感覚に我を忘れそうになったが……


「沙耶」


 翠の言葉に正気に戻った。

 カシャ、カシャ、という写真をとったという音が聞こえる。

 そちらを見ると、部屋の出入り口に、セミロングヘアの中学生程の少女がスマートフォンを持って立っていた。


「今度の休み。一緒にシティガーデンに買い物。約束よ、お姉ちゃん」


「わかってる。私、沙耶との約束破った事ないでしょ」


 言った後、翠は平然とした様子でベッドから起き上がり、下着の位置を直してあっと言う間に制服を身に着ける。


「私のことバラしたら、乱暴されたって言って写真ばらまくから」


「え?」


 郁斗は翠の言っていることがわからない。


「だから私が男子パンツの匂い嗅いでたってバラしたら、ばらまくから」


 郁斗はやっと状況を理解する。


「脅しかよっ!」


「脅しよっ! 悪いっ! 男子更衣室に侵入して狼藉働いていたって学校で言いふらされたら私的にまずいのっ!」


「お姉ちゃん、変質者だから」


 一言割って入ってきた沙耶が部屋を去ってゆく。


「俺が何を言っても誰も信じねーよっ!」


 郁斗が抵抗すると、


「火のない所にはって言うし、噂になるだけで色々まずいのよっ!」


 翠がぴしゃりと言い切ってきた。


「あと、郁斗のこと見張るから」


「既に呼び捨てかよっ!」


「郁斗のこと、見張るから」


「人の言うこと、聞けよっ!」


「いやよっ!」


 翠が『ぷいっ』と、拗ねた様な顔つきで明後日の方角を向く。

 ドン引きだった。


 学園で品行方正で成績優秀な美少女生徒会長アイドルはこんなだった。なんかエロビデオにありそうなタイトルでアレな感じだ。

 だが、ベッドに乱れた姿の翠を押し倒し、周囲にまずい感じのブツが散乱している写真を撮られてしまったことも事実で。


 あれだけを見て判断されたら、状況は芳しくない。

 ましてや相手は外面だけはとてもいい、皆に信頼されている優等生だ。

 郁斗の抗弁は聞いてもらえないだろう。

 想像して、郁斗はこれからどうなってしまうのだろうかと途方に暮れるばかりだった。




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