第48話 帰還

 クラン戦――行われるかどうかはギフターズ次第らしいが、まさかジョニーが受けるとも思えない。いや……確信を持って言えるほどではないが。


「難しい顔をしてどうしたんですか? フドーさん」


「いや……二人にどう説明したものかと思ってな。クラン戦自体やらないとは思うが、話はしておくべきだろ?」


「そのまま、ありのままを話せばいいにゃ」


 そして――話した。


「クラン戦か……行われるかどうかはさて置き、そうなった時は手前も力を貸そう」


「ステはそういうのに慣れていますけど、でも、何かあれば許しません」


 そもそも戦い向きではないステラに戦わせることは無いが、白堕故に理不尽なことには慣れている、か。どの世界も似たようなものだ。


「まぁ、何も無いことを願いつつ――準備ができたら地上へ戻るとするか」


 地下三十階に長く留まるつもりもない。この場所の居心地の良さというか、ギルドからの支援を考えれば、地上に戻る理由も無いのかもしれない。だが、俺も含めたこの場の五人で無限回廊の底に辿り着けるのかと問われれば……なんとも言えない。


 地上に戻って新しい仲間を見つける、というわけではないが、態勢を立て直して再び無限回廊に挑戦するのが面倒だと考える程度では、底に辿り着くなど到底不可能だ――と思う。レベルが上がる世界でない以上は、敵の強さは変わらず苦労も変わらない。あるのが経験の差ならば、戦いを繰り返す以外に無いんだ。


 準備を終えて、地上へと戻る転移陣の下へ向かう。


「意外なほどに誰とも会いませんでしたね」


「喧嘩を売られている状況で、会わないに越したことは無いけどな」


 そういえば転移陣を使うのは初めてな気がする。この世界に来た時は使ったというより巻き込まれただけだし、有限回廊からは飛び降りただけだった。どういう感覚になるのか、楽しみだな。


「地上に帰ったらフドーに能力の特訓付き合ってもらうにゃん」


「いや、俺じゃあ能力発動しないんだから特訓にならないだろ」


「にゃっはっは、そうにゃらにゃいかもしれにゃいから試すにゃん」


 猫語攻め久し振りだな。


「まぁ、やるだけやるのは――」


 向かってくる気配に――振り返りながら抜いた一刀が大剣を防ぎ、二刀目を首元に突き付けた。


「ほう? これを防ぐか。噂以上だな」


「……どういうつもりだ? 皇帝」


「殺意無き剣でそれを問うか。なに、もしクラン戦が為されるのであれば我らは仲間同士となる。強さを知っておきたいと思うのは当然だろう?」


 その言葉に呆れつつ刀を引けば、向こうも大剣を背中に納めた。


「なら、もう満足だろ?」


「貴様に関しては、な。他は、どうだ? 構えてすらいない」


「敵意も殺意も無い相手に、構える意味など無いからな」


「ボクは戦ってみたいけどにゃ~」


 その言葉に、ヨミがネイルの脚を蹴った。代わりにありがとう。


「ふっ――はははっ! なるほど〝特異点〟か。あの二人が興味を持った男がどんなものかと思っていたが、なかなかどうして……まぁ、別のところかもしれぬがな」


「よくわからないが、もう行ってもいいのか?」


「ああ、呼び止めてすまなかったな。フドー・クロード」


 いや、呼び止められてはいないが。


「いや、こんなのはいつものことだ。皇帝」


「ノウンと呼んでくれていい。フドー、また会おう」


 差し出された手を握り返すくらいは、構わない。


「ああ。また、いずれな。ノウン」


 握手を交わし去っていくノウンを見送って、俺たちは転移陣の中へと足を踏み入れた。


「さて……地上は久しいな」


 グランの呟きに、それはそうだろうと思う他に無い。


「にゃははっ、今も昔も中央都市は中央都市にゃん」


「だろうな」


「転移陣はそのまま立っているだけでいいのか?」


「はい。陣の上に三十秒立っていれば発動します」


「じゃあ、そろそろ――」


 足元から何かが浮き上がってくるような感覚で、ゆっくりと視界が白んでいく。


 そして、瞬きを一つ――気が付けば、そこは無限回廊入り口横の建物の中だった。もっと不思議な感覚を味わえるかと期待していたが……思いの外に大したことなかったな。


「おかえりなさい。『ウーンデキム』の皆様。無限回廊内で入手した素材などがあればこちらで買い取り可能ですが如何なさいますか?」


 目の前にはギルドのお姉さんが待ち構えていた。無限回廊内のことはギルドに筒抜け、か。


「どうしますか? フドーさん」


「いや、俺に聞かれてもって感じだがステラはどうだ?」


「ステはいつでも出せますよ」


「なら、先に済ませちまおうか。それが終わったらグランのこともあるしクランに戻らないとな」


「では、こちらへどうぞ」


「ボクお腹空いたにゃ~」


「クランに帰るまでの我慢です」


 お姉さんの後に付いてギルドへ向かいながら――足を止めた。


「ん? どうした、フドー」


「いや……先に行っててくれ」


「そうか」


 ギルドの奥に案内される四人を見送って一人で外に出れば、壁を背に立つドロレスがいた。


「終わるまで待つつもりでしたが……お帰りなさいませ」


「ああ、ただいま。待ってるって雰囲気でも無かったから、俺だけでも先にと思ってな。何かあったのか?」


「何か、とは――随分と他人事ですね」


 呆れているようなドロレスの口調に、なんのことを言っているのか気が付いた。


「ああ、クラン戦か。耳が早いな」


「というか、今はその話で持ち切りです」


「個人情報とか……まぁ、別にいいけどさ。そもそもクラン戦をやるかどうかはギフターズ次第のようだし、ジョニーが――」ドロレスがここにいる理由とその表情に、嫌な予感がした。「……まさか、だよな?」


「そのまさか、ですよ。ジョニー様はクラン戦の申し出を受けました。詳細はクランに戻ってから話しますが、個人的なことを言わせていただければ――よくもまぁ、こう何度も厄介事を引き起こしますね」


「別に好きで厄介事に巻き込まれてるわけじゃねぇよ。今回だってエレスやボーンが――あとノウンか。が勝手に話を進めただけで、迷惑を被っているのはこっちだからな」


「だとしても、そうなる原因を作っているのはフドーさん自身、ですよね?」


「……否定しにくいのが、またなんともな」


 今回の件に関してはウォルフとのことを利用された形だから俺のせいじゃないと断言できるが、そんなことは関係ないのだろう。


「まぁ、少なからずジョニー様は楽しんでいらっしゃいますが」


「だろうな。文句は直接会ってから言うとして……ここで待ってる必要もないだろ。一緒に来るか?」


「いえ、私はここに」


 来たくない理由でもありそうだが、この場にいるだけでもそこそこ注目を集めているし、俺もこれ以上は目立ちたくないから突っ込むのやめておこう。


「じゃあ、俺は中で素材がどれくらいで売れたのか確認してくるよ」


「あ、フドーさん」呼び止められ振り返れば、ドロレスの視線を腰の刀に向いていた。「二十五階を、越えたんですね」


「一応はな。無理だと思っていたか?」


「いえ、あなた方は全員が先に進めたのであまり深く考えていないかもしれませんが、地下二十五階で頭打ちの冒険者は多くいます。そのことをお忘れなきよう――と、言ったところで、ですかね」


「十分理解しているつもりだよ。たぶん、あいつ等もな」


「そうですか。であれば、これ以上に私から申し上げることはございません」


「いや、色々と言ってもらえるのはそれはそれで助かるよ。じゃあ、またあとで」


 頭を下げるドロレスに手を挙げて、ギルド内へ入れば待っていたお姉さんに奥へと案内された。


「んにゃ、やっと来たにゃん」


「遅れて悪い。どんな状況だ?」


「一先ず無限回廊内で入手した素材はすべて鑑定していただきました。細かく何を買い取ってもらうかはフドーさんに訊いたほうがいいと思いまして」


「別に俺の意見を聞く必要はないと思うが……まぁ、防具に加工できそうな素材があれば手元に残していいんじゃないか?」


 そう言うと、四人は顔を見合わせて笑みを溢した。


「にゃははっ、ステラの言った通りにゃ」


「フドーさんなら、そう言うと思っていました」


 まぁ、さすがに四六時中一緒にいれば考えていることくらいわかるか。お互いに。


「では、すべてこちらで買い取りでよろしいですか?」


「はい。お願いします」


 やはり、こういうやり取りはヨミに任せたほうがスムーズに進む。


 防具用に使える素材が無いのならば売らない理由は無いし、基本的に戦いは能力頼りのこの世界で新しい武器を作る意味も無い。特にこのチームでは。


「そんじゃあ、クランに帰るとするか。ドロレスも待ってるし――ジョニーに文句も言いたいからな」


「え、それって……」


 ヨミは気が付いた顔をしたが、それ以上に言葉は続けなかった。


「酔いどれジョニーか。会うのが楽しみだ」


「ドロレスさん、来てるんですね」


「さぁ――帰るにゃ!」


 久し振りの地上だ。色々と考えなければいけないことも多いが、今は――ジョニーに文句を言ってから――時間の許す限りのんびりするとしよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る