第38話 異変

 無限回廊は無限に広がる――当然と言えば当然だが、それはどこまでも階層が続いている、というわけではなく。なぜクランに所属している冒険者が許可なく地下三階までを修行の場にできるのかと言えば、それより下に降りると階層が分かれるから、と十階で聞いた。


 つまり、階層ごとにいくつもの空間が存在していて、チームごとに入る階が変わる、と。故にこれまで一度も他のチームと遭遇することは無かった。だが、稀に一つの階に長居していると他の冒険者と鉢合わせることもあるようで十五階では警戒をしていたが、出くわさずに済んだ。


 そして現在――地下十八階。十七階と変わらぬ菌糸類の森で、巨大なキノコの上でキャンプを張っている。


「手前等は運が良い。十五階でも十八階でも、傷付いた後に休息の場がある」


「そもそも大甲虫や大蟷螂、それに岩竜の群れなんかを引き当てた時点で運が悪いだろ」


「だが、生きているではないか。故に、運が良い」


 少なくとも恵まれている状況だというのは間違いない。俺以外の誰一人欠けても、ここまでは来られなかった。


「そろそろ戻るか」


「そうだな。この階もモンスターはいないようだし、ネイルも目を覚ましているやもしれん」


 グランとステラは、十七階と十八階がモンスターのいない安全な階層だと思っているが――そんなはずはない。単純に先行した俺とヨミが大して強くもないモンスターを掃討したというだけの話だ。植物型のモンスターだったから、ヨミの力で燃やすか凍らすかをして、あとは壊せばいいだけ。他愛ないものだ。


「ヨミ、ステラ、ネイルの様子は――」声を掛けながらテントの中に入れば、岩竜の肉を頬張るネイルがいた。「……元気そうだな」


「んにゃっ、さっき目が覚めたにゃん」


「飯を食うだけの元気があるのは何よりだが、その肉、生でも大丈夫なのか?」


「《空白の目録》にはドラゴンの肉は生食できると書いてあったので、大丈夫だと思います」


 もはや戦い方やら能力とは関係ない食べ方まで書いてあるのか。便利というか何というのか。


「ステたちもご飯にしますか?」


「そうだな。この先の話もあるし、飯にしよう」


 ドラゴンの生肉……食べてみれば、歯切れもいいし口溶けもいい。感覚的には表面に火を入れたマグロって感じだな。味はなんとも表現しにくいけど、これがドラゴンの味なんだろう。改めて考えると凄いな。ドラゴン食ってるって。


「それで、フドーよ。この先の話とは?」


「ん? ああ……ここが十八階で、次が十九階の階層ボス戦だが、情報が確かなら地下九階のケルベロス以外の階層ボスは一度でも倒されると復活することは無い、らしい。とはいえ、警戒するには変わりはないし――今の状況なら三十階を目指すのも有りだと思うが、どうする?」


「行くにゃ!」


「そうですね。せっかくここまで来られたのなら、行けるところまでは行きたいです」


 ネイルとヨミに関しては訊かなくてもわかっている。


「二人は?」


「ステは皆さんにお任せします」


「手前は未だ雇われということに変わりはない。行くというのなら付き合おう」


 二対二――に見せ掛けて誰も反対していない以上は決を取る意味が無かったな。


「じゃあ、目標を三十階に変更して先に進むとしよう。そういえば、現在の最高到達階層は何階なんだ?」


「知る限りだと『ドゥオ』の女帝のチームが六十七階層まで到達したのが最高だと思います」


「六十七階か……思ったほどには進んでいないな」


「そう、ですか? 下に行くに連れてモンスターの強さも上がっていきますし、一概にはなんとも……」


「いや、もっと百階よりも先に進んでいると思っていただけなんだが……『ドゥオ』なんだな。皇帝のいる『ウーヌス』じゃなくて」


「主に新階層到達を目指しているのがその二つで、交互に競い合っている感じですね。帝王のいる『オクト』はその後を追っている印象が強いですが、虎視眈々と狙っていると捉えるほうが正しいかもしれません」


 おそらく俺たちがそれほど苦労を感じていないのは地図を持っているからだろう。裏を返せば、他のクランと協力することが出来れば底に辿り着くことも夢では無くなると思うのだが――それは地上に戻ってから考えるとしよう。


「まぁ、俺たちに地図がある。最短で最速――とはいかなくとも、怪我なく安全に三十階まで辿り着くことを目標にしておこう。ネイル、体の調子は?」


「戦いたくてうずうずしてるにゃん!」


「なら、準備が整い次第出発するとしよう」


 そして、地下十九階へ。相も変わらず巨大なキノコが至る所に生えているが、階層ボスが居そうな気配は無い。


「ここから先の階層ボスがすでに倒されている場合、その場所に別のモンスターがいる可能性もあるので注意してください」


 厄介なのは、各九階は階層ボスがいる道を確実に通らなければならないようになっているから、他のモンスターがそこに居れば戦いは避けられないということ。


 ネイルと俺が先頭で広い場所へと出て、次いで盾を構えたグランは安心したように肩を落とした。


「……何もいないようだな」


「んにゃ、そうでもにゃいにゃん。にゃ? フドー」


「ああ、気配は弱く小さいが……複数ある。あのキノコの上だな。グランたちはそこで待っていてくれ」


 階段のように生えているキノコを上がっていき、一際大きなキノコに乗った時――目の前の光景に目を疑った。


「卵にゃん?」


「卵、だな。何かのモンスターの巣なんだろうが……」


 大きさはダチョウの卵くらいで、叩けば硬い。持てば重い。


「どうするかにゃ?」


「まぁ、放置でいいと思うが……なんの卵かくらいは確認しておくか。ヨミ、本にこれを」


 卵を投げれば、宙に浮く本の口が丸呑みにした。


「これは……岩竜の卵、ですね。孵化にはまだ時間が掛かるようですが」


 ドラゴンの卵か。翼の生えた巨大なトカゲ――爬虫類だと考えれば、卵を産むというのも納得がいく。というか……これで合点がいった。


「なるほど。十六階の岩竜の群れはそういうことか。本来であればその場に似つかわしくないレベルのモンスター――どこから来たのかはわからないがここに巣を作って、手狭になったからか餌の問題かで、上の階に移動していたってところだろう」


「でも、九階なら未だしも……どうしてステたちの入った階層にいたのでしょう?」


「考えるまでもない。偶然、という言葉以外の答えは無いのだろうな」


 グランの言う通り、俺たちが岩竜と遭遇したのは偶然だろう。数百分の一――下手をすれば数千分の一の確立を引き当てたわけだが、外れクジを引くのは実に俺たちらしい。


「とりあえず二十階に向かいましょうか。この場に留まれば、別の階に行っていた岩竜が戻ってくる可能性もありますし」


「そうだな。刺激して孵化されても困る。行こう」


 振動すらも与えないようにキノコの上を進んでいく。


 そして、戦闘も無いまま十九階を抜けて――地下二十階へと足を踏み入れた。


「……フドーさん、ネイル……これを感じているのは私だけですか? 人の気配が――」


「何もにゃいにゃ」


 切りの良い階層だからモンスターがいないのは当然として、人の気配すら感じない。十階で聞いた話が確かなら少なからず誰かが住んでいて然るべきだと思うのだが……十六階の岩竜といい、十九階の卵といい、無限回廊に何かが起きている?


 とはいえ、あらゆる話を聞いた限りでは何が起きても可笑しくないのが無限回廊だ。


「この階にモンスターはいないだろうから手分けして人がいた形跡――もしくは隠れているかもしれない冒険者を探すとしよう。ネイルはヨミと、グランはステラと一緒に行ってくれ」


「ん? 手分けするのに二人組なのか?」


「モンスターはいない。だが、冒険者が隠れている可能性はある。その冒険者が友好的かわからない以上は一人で行動すべきじゃないだろ」


「フドーさんは一人で大丈夫なんですか?」


 まぁ、大蟷螂相手に腹に風穴を開けたんだ。ステラの心配もわかる。


「モンスターなら未だしも、相手が人なら問題ない。じゃあ、行こう」


 ネイルとヨミは右へ。グランとステラは左へ。消去法で俺は真ん中を。


 おそらく、この中で最も対人戦闘の経験が豊富なのは俺だ。剣道の試合だけでなく、むしろじいちゃんとの本気の稽古のほうがヤバかった。気配を読む、視線を感じる、殺気を受ける――どれも稽古で身に付いたわけだが……もしかしなくとも、俺はモンスターよりも人と戦うほうがやり易い。


「……いや」


 それは当然か。戦いというのは思考の読み合い。特に不動流は後の線を取る剣術だ。戦い易さは言うまでもない。まぁ、戦いたいかどうかはまた別の話だが。

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